【ダンジョン潜り】 (7) ~授業~
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私が後ろを振り返ると、石を投げれば当たるほどの距離に一人の若い男が立っていた。厚手の服をまとい丈夫そうな毛皮の靴を履いて、右腕には短剣をしっかと握っている。
私をじっと見据える彼の眼は殺気立っており、無言でこちらににじり寄ってきた。
初対面のこの男が私とあたたかい友好関係を築く意図を持っていないことはすぐにわかったので、私は慎重に行動することにし、辺りを確認した。
短剣の男から注意をそらさないようにしつつ素早く背後に視線を走らせると、すでにもう一人の別の男がやや遠くで身構えていた。挟みうちだ。
「おい君、落ち着け。私に何の用かな」
私は出来るだけやわらかい調子で語りかけると同時に、あえて彼の方に一歩踏み出した。
男の顔がさっと緊張に曇り、一瞬たじろいだ。彼自身が暴力を恐れている。短剣の構えからしてさほど腕も達者ではあるまい。
「金を置いていけ」
男はそのすさんだ顔を更に険しくして低い声で唸った。そして短剣を振り回すようなそぶりを見せる。
ちらとまた後ろを見ると、もう一人はいまだに離れた場所に立っている。
私も争いごとに多少の心得があるから敗れはしないだろうが、相手は二人だ。それに恐怖にいきり立った人間は獣のように何をしでかすかわからない。
下手に刺激してはろくなことにならぬと私は用心し、無言で男にうなずいて、金袋をゆっくりと地面に置いた。
「よし!ゆっくり下がれ...」
私が抵抗のそぶりも見せず従ったので、男は安心したらしくその声に力がこもった。
私は文句も言わず後ろに下がった。
しかしここで私の中にちょっとしたいたずら心が起こった。
試しにファイアボールを発射してみようかと思いついたのだ。迷いながら、詠唱を頭の中で反芻する。
短剣の男は私の金袋をあらため、彼の苦労に見合っただけの硬貨が確かに入っていることを確認すると、だらしなくにやつきながらもう一人の男を手招きした。
後ろにいた男がこちらに駆け寄ってくる。先ほどは観察することができなかったが、ヒゲ面で小柄、金属片を打ち付けた棍棒をかついでいた。
男たちは二人してこちらをまた睨むと、警戒しつつこの場を去ろうとした。
私はただ二人をぼーっと見つめ、抵抗の意志がないことを示し続けていた。
もちろん金を大人しく渡す気など初めからなかったのでいずれかの好機で報復に出ようとは思っていた。
だがせっかくの機会なのでファイアボールを試したい。
私は小さな声で呪文の詠唱を始めた。神と火の味を思い描く。
しかし彼らの極度に緊張した聴覚は私の声をしっかりと捕らえたらしい。二人は凶悪な形相で同時に振り返って、私を怒鳴りつけた。
「おい、何をぶつくさ言ってやがる。黙れ!」
また二人がこちらに歩み寄ろうとしたので、私はすぐに口をつぐんで、目を伏せた。このまま詠唱を終えることは難しそうだ。
さりとて彼らに声が届かぬほど距離が開いては、私の未熟なファイアボールは果たして標的に喰らいつけるだろうか。
思えば術士というのは大したものだ。詠唱を完全に終え、術を成功させるためには心が乱れてはならない。
大術士モローグは "灰の大蜘蛛" と対峙した際、敵の毒腕で自らの左腕を切り落とされても眉一つ動かさず、堂々と詠唱を終え見事大敵を葬り去ったという。なんという神がかった境地か。
そんなことを考え惑っていると、野盗二人はどんどん遠ざかってゆく。彼らは私の抵抗はないと判断したらしく、足早にこの場を去ろうとしていた。
私はファイアボールをあきらめ、地面を見渡し手ごろな石を拾った。
足音を殺して少し彼らに近づき、勢いをつけて石を投げる。
石は棍棒の男の後頭部に当たった。男は悲鳴をあげ、よろけた。
私は全力で彼らのもとに駆け、短剣の男がこちらに構えると同時に足元の砂を蹴り上げた。男がひるんだところを捕まえ、腕を打って短剣を奪った。
棍棒の男がやっと立ち上がってきたので、彼の鼻を思い切り殴りつけた。彼はもんどりうって再び地に倒れる。
私は足元に転がる敵の棍棒を掴みできるだけ遠くに投げ捨てた。
一瞬の出来事にかれらは戦意をすっかり喪失し、すくみ上がっていた。
私は彼らから自分の金袋を取り返し、さらに授業料を徴収し、履き物を預かり、すぐに私の視界から消えるよう命じた。
野盗二人はすっかりしょぼくれて、ほとんど泣きそうになりながら駆け足で去って行った。
こうして術の訓練の時間はとんだ邪魔が入り終わった。
やはり一人で出歩くのは危険だと肝に銘じると同時に、ファイアボールを実践できなかったことに少々の不満を感じもした。
ダンジョン潜りの戦利品は公平に山分けするが、今回野盗から頂戴したそれなりの授業料は私一人の功績であるので、うまい酒にでも変えることとしすぐに町へ帰った。
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ぼるぞい 魔法戦士 ○
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金くれ