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『STAR WARS: 遂げられた指令』 第1部 5章 ムソック提督

五 ムソック提督

 カフが体を温めるにつれて、会話も盛り上がってきた。
 テジュンも、ダイアディーマも、キラゼリム滞在中にそれぞれが経験した出来事についての話に集中していたから、調達チームのクルーたちが食事を終えて立ち去ったのにも、新たな三人組が食堂に入ってきたのにも気がつかなかった。
 即座にスリープモードから復帰した給仕ドロイドがミサイルのごとく"侵入者"に突撃するのを見て、ふたりはハンガー側の入口に目をやった。すると、ちょうど三人組が大きなテーブルの周りに着席するところだった。
「何かお持ちしましょうか?」ドロイドが滑るようにそのテーブルに近づいた。
 襟が高く、ゆったりとした白いフィールドジャケットを着た爬虫類種族の男が、テーブルに置いた保存容器をあさりはじめた。彼はかちかちに凍った大きな鳥の肉を両手で抱えるようにして取り出すと、それをドロイドに手渡した。
「これを料理できるかね? シンプルな調理法で構わないが。」
「少々お待ちいただければ、こんがりと焼き目のついた極上のステーキをご用意できますよ。ガタレンタ風のフルーツソースで仕上げましょう。いかがですか?」やっと自分の腕を存分に振るうチャンスが舞い込んだドロイドは、まるで自分が肉汁のしたたるガタレンタ風ステーキを食べたことがあるかのように自信たっぷりだった。
 了承を得ると、ドロイドは肉を抱えて飛ぶように調理器に向かった。

 テジュンは、爬虫類種族の男がフィンディアンで、まさにこの戦隊を指揮しているムソック提督であることに気づいた。テジュンがダイアと共にこの戦隊に配属され、調達任務でキラゼリムに到着してからすでに二標準月が経過していたが、二人とも提督に直に会ったことはなかった。クルーたちが停泊したクルーザー内やドリヴォーズ・デンの作業場で活動している間も、提督は別の仕事に忙しいらしく、コマンダー・ギーメイヴに指揮を任せて姿を見せなかったからだ。
 テジュンが彼に挨拶しようと立ち上がるが早いか、ムソック提督は手を振りながら二人に話しかけてきた。
「やあ、君たち。こっちに来て、水鳥のステーキを一緒にどうだ? これもボンガーザ・ザ・ハットの贈り物だ。」
「ムソック提督。」テジュンとダイアディーマが挨拶し、提督たちのテーブルに歩み寄る。ムソックは鷹揚な態度で二人に席を示し、自らもくたびれた椅子に体を沈めた。

 ムソック提督はテジュンより少し背の低い小柄なフィンディアンで、頭頂部の尖った頭蓋骨の表面にぴんと張り付けたような硬質の皮膚は砂色に光っていた。黄色い目にはいかにも爬虫類らしい鋭さがあり、つぶれた鼻と大きな口の造作は常に不敵な笑みを浮かべているようにも見える。長い腕を胸の前で組み、指を絡み合わせている仕草はある種の優雅さをも伴っていたが、左の側頭部から首元にかけて頬を彩る紫がかった傷跡は、彼が確かに戦士であり、その人生において危険や戦いをくぐり抜けてきたことを証ししていた。
 テジュンはフィンディアンに会うこと自体初めてだった。彼らはもともと数の多い種族ではないし、多くの星系に入植地があるわけでもないからだ。テジュンが知っているフィンディアンと言えば、広域ホロネットニュースで取り上げられた犯罪者が数人と、高性能吸水体の開発で財を成したある企業家くらいのものだった。

「ミン・テジュン、それにダイアディーマ・ネルソンだな。元帝国宇宙軍のパイロット。そして今や我らのエースたちだ。歓迎するよ。ずっと君たちに声をかけられなかったことを詫びたい。」ムソックは妙にゆったりした独特のアクセントのベーシックでふたりの名を呼び、それから、常に行動を共にしている側近たちを紹介した。「こちらが哨戒艇〈レモラ〉の艦長、シスバ。私が知る限り銀河一のパイロットにして戦士だ。そして、彼がこの〈インヴォーカー〉を指揮するTI-134だ。私たちはT1ティーワンと呼んでいる。」
 シスバはトランドーシャンの女性で、つややかなオレンジ色に光る鱗状の皮膚と、火のように真っ赤な目を持っていた。革製のチュニックの上に、マー=ソン製ブラスター・ライフルとパルス・グレネードを吊ったストラップをかけ、腰のベルトのホルスターにはスラグスロワー・ピストル、短剣に加えて、金属製の警棒らしき武器を納めていた。一分の隙もなく武装し、口元に鋭い牙を覗かせるこのハンターをもし敵に回すことがあればどのような結末が待っているかは、ウォンプラットほどの知能さえあれば十分に理解することができるだろう。
「船がトカゲ臭くて申し訳ないね。よろしく。」シスバはトランドーシャン特有のしわがれ声で悪趣味なジョークを放つと、鋼管のような手を差し出して二人と握手をした。
「安心したまえ。」シスバの握力の強さにテジュンが片眉を吊り上げたのを見逃さなかったムソックが、芝居がかった優しい声で微笑みかけた。「キャプテン・シスバは非常に教養の高い品格ある人物だから、君たちのような頑健な若者を縛り上げてマーケットに流したらいくらの値が付くか、などは微塵も考えていないとも。おそらくな。」
 多くのトランドーシャンが古くから、残忍な"人狩り"や奴隷売買に関わっていること、またそのせいで銀河市民が彼らの種族全体に対して抱いているネガティブな偏見は周知の事実だったから、この辛辣なジョークはとても素直に笑えるようなものではなかったが、当のシスバはうがいに似た耳障りな笑い声を立てておかしそうにテーブルを叩いていた。
「失礼しました。少し驚かれたかもしれませんね。」テジュンたちが返答に困っていると、TI-134が遮るように手をかざした。「ムソック提督とその側近の方々は、ときおり極めて低俗な内容や不適切な表現の含まれたジョークを披露する特性をお持ちでして。お控えになるよう、私もしばしば注意を促しているのです……。この度はどうぞご容赦ください。」
 TI-134は背の高い人間型ドロイドで、角ばった胴体と細長い手足は黒色と灰色に塗り分けられている。音声合成機から発せられる穏やかなベーシックは、コルサントの上層部で高価な衣服をまとった人々をもてなす仕事も出来そうなほど滑らかなものの、極めて抑揚のない奇妙な話し方だった。周囲をバイザーで囲われた光受容器フォトレセプターや、発声するたびに先端が点滅する突き出た"口唇部"などを含む頭部の造形は、どことなく知能の高いサルを連想させるところがあった。
「肉を待つあいだ、スパイスティーでも飲むかね?」TI-134の苦言を全く無視して、ムソックは再び保存容器をあさり、大きなパックを取り出した。中には、乾燥した葉と粉末を固めたキューブが詰まっている。「これもボンガーザにもらったものだ。酩酊成分は入ってない。地元の労働者が眠気覚ましに飲んでいるものと同じだが、等級ははるかに高い。ティーワン、みんなにカップを用意してくれ。」

 熱湯に沈んだキューブが溶けて茶葉が広がると同時に立ち込める、甘く刺激的な香りを楽しみながら、四人は話をつづけた。ムソック提督の求めに応じて、テジュンとダイアディーマは自分たちが帝国軍を離れて反乱に加わるようになったきっかけを簡潔に説明した。
「『銀河帝国への余命宣告』の著者であるドクター・ディモクラティアというのは、実際には誰なんですか? 反乱同盟の指導者ですか?」うっすらとではあるが気にかかっていた点をテジュンが質問すると、ムソックは何度も瞬きをして、意味ありげに首を傾げた。
「そうだな。聞いたことはあるが、あくまで噂の範疇だ。その人物が変名を使ったのは、身の安全のためだけでなく、偏見なく公正に文書の内容を判断してほしかったからだろう。まあ、噂では確かに我々の指導者のひとりだ。君にもいずれわかるかもしれん。だが重要なのは、あの文書に導かれて君たちが今ここにいるという事実だ。」ムソックはそう言ってスパイスティーをゆっくりすすると、テジュンたちに話の続きを促した。「さて、では君たちがついに帝国軍と決別した瞬間について聞かせてくれるかな。」

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金くれ