見出し画像

【ダンジョン潜り】 (9) ~肉と酒~

~つづかれる~

 手に入れた革外套を宿屋に置いて、私は酒場に向かった。

 大川の水を引き込んでいる水路などを見て回っていたので日も暮れ出し、町のあちこちで灯がともりはじめている。
 私は乾いた冷たい風を浴びながら酒場へ急いだ。

 酒場にはすでに客がちらほら入っており、早くも酔いが回った職人風の男が前衛的な姿勢で椅子にもたれながら上機嫌で歌っていた。
 ビールを一杯と、大皿で芋と肉をもらい、徒党の誰かはいないかと見まわすと術士のテレトハが一人で飲んでいた。

 私はテレトハの向かいにかけて、肉の大皿を差し出した。
 彼女は表情も変えずに私を見ると、肉を少しつまみ強い酒をあおった。

 テレトハはいつも眠りから覚めたばかりの動物のような顔をしており、口数も少ない。自然私の方が多く喋るようになる。
 私は今朝の初めてのダンジョン潜りに関しての適当な感想を述べ、武具屋の老婆に勧められて丈夫な革外套を買ったことなどを話した。

 「私たちは後衛で動くからそこまで重装をしなくても大丈夫だよ」
 そう言う彼女の鮮やかな深緑のクロークは、とても薄手だ。だがその事を尋ねるとどうやらこのクロークは魔法のかかった特別の品らしく、見た目よりもずっと強靭であるらしい。

 二人で酒と肉をやりながら、話が術の事に移った。
 テレトハの専門は天術とゆらぎであった。天術は雷電や風などに関連した分野であり、ゆらぎは人や物の浮遊や移動その他を司る。いずれも熟練が求められる術と聞いていたので、私は彼女に対する尊敬を新たにした。

 私はファイアボールが出るか出ないかといったところであるから全く恥ずかしい限りだと言うと、それも良いがせっかく剣闘の心得などがあるのだから己の体力や動きを強める術を研究しても良いのではないか、とテレトハは助言してくれた。その分野であれば、虎の戦神ネカワウーに師事するのが良いということだ。
 とにかくグ・ロウルの火術呪文書が手元にあるので少しずつ学ぶとして、このことも覚えておこうと思った。もっとも呪文書はそう簡単に手に入るものではなく、この町には図書館も無いようであったが。

 しばらく私たちは沈黙し酒を流し込んでいたが、私はテレトハがなぜダンジョン潜りをするようになったのか気になったので尋ねてみた。

「ある魔物をずっと追ってる。復讐というやつかな。もっとも、もう恨みもないんだけど」
 ということであったので、特にそれ以上は踏み込まずまた黙って二人して酒を飲みだした。

 私は肉と酒をまた注文して、二人で引き続き食べ、飲んだ。
 彼女も酒を追加し、また飲みつづけた。

 私たちはずっと黙っていた。

 そのうちすっかり外は暗くなった。

~つづく~

~目次~

金くれ