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『STAR WARS: 遂げられた指令』 第1部 9章 ブラック・ワスプ

九 ブラック・ワスプ

 大気圏内で出来うる限りの速度でTIEファイターを飛ばし、機体の激しい振動に胃を掻きむしられるような感覚を覚えながら、テジュンは焦りを感じていた。衝動的におそろしい反逆行為をやってのけたが、その先の計画はもちろん何もない。統率が戻った僚機は彼のTIEファイターと距離を置き始め、僚機からのレーザー砲も牽制のため散発的に発射されるだけになった。あてのない暴風のような混戦よりも、彼にとってより厄介な状況であるのは確かだ。
 そして……「ああ、くそッ!」レーダーに新たに映し出されたマーカーを確認し、テジュンは叫んだ。ダイアのインターセプターだ。ブラック・ワスプはBF-5の背後から、まっすぐに追いすがってくる。
 歴戦のパイロット顔負けの操縦技術をもつダイアが駆るインターセプターは、BF中隊の切り札として随行していた。その死のカードが自分に向けて切られることになるとは。
 テジュンはブラック・ワスプを振り切ろうとしてぐっと機首を下げ、左に急旋回した。しかし数機のTIEファイターがレーザーの弾幕を張って牽制し、彼の遁走を許さなかった。BF-5はレーザーを回避するかたちで、本来のコースに押し戻された。ブラック・ワスプがさらに距離を詰める。
 警告音が鳴り響いた。ついにブラック・ワスプにロックされたのだ。「BF-5、裏切り者め。そのまま動くな。」通信が入り、何の感情も読み取れない氷のようなダイアの声が響いた。これで終わりだ。テジュンは眠るように目をつぶった。

 反逆者ミン・テジュンの駆るTIEファイターをロックしたまま、ダイアディーマ・ネルソンは機体をさらに加速させた。そっと引き金に指を添える。BF-5の姿が真正面で大きくなってゆく。引き金を引き、砲身が死の矢を吐き出すその瞬間、彼女は機体をほんの少しだけ傾けた。続けざまに放たれたレーザーは過たずBF-5のソーラーパネルの間を通り抜け、その前を封鎖していたTIEファイターを砕いた。一機、二機。ブラック・ワスプはそのまま急旋回すると後方に向かってレーザーを連射した。三機。通信機ごしに中隊長の叫びが漏れたが、それもすぐに消えた。四機。

 BF-5による最初の反逆は混乱を生んだが、ブラック・ワスプによる二度目の反逆は絶望を生み出した。残った三機のTIEファイターと二機の爆撃機は、もはや寄る辺を失い、酔漢がふらつくように頼りなく飛んでいる。

「裏切り者があぶり出された!」司令クルーザーから司令官の通信が飛んだ。「BF中隊は敵をクルーザーの射程内に追い込め!爆撃隊はありったけの弾を叩きつけろ!なんとしても反逆者どもを仕留めるのだ!」
 力強い司令官の命令に、パイロットたちは勇気を取り戻した。ブラック・ワスプを相手取っているとはいえ、敵は二機。対してこちらは五機に、強力なクルーザーと、キャリアーも健在だ。多くを失ったとはいえこのまま済ますわけにはいかない。彼らは決死の覚悟で操縦桿を握った。

「船を降下させ、反逆者どもを追い込め。トラクター・ビーム発射用意。射程に入り次第必ず捕まえろ。」司令官の命令に応え、クルーザーが動き始めた。

 ブラック・ワスプはBF-5をエスコートするように並んで飛んだ。反逆した二人のパイロットはお互いに通信こそしなかったが、それでわかり合えた。すぐに、彼らをめがけて何機ものミサイルが尾を引きながら迫ってきた。爆撃機が総攻撃を開始したのだ。ブラック・ワスプとBF-5は二手に分かれ、ミサイルも同じように分かれてそれぞれを追尾してくる。

 ダイアディーマはまず、ミサイルを引き連れたまま、司令クルーザーに接近しようとした。クルーザーに肉薄し、相手の船体にミサイルを押し付ける古典的な戦法だ。だがクルーザーは当然トラクター・ビームで反逆者たちを捕まえる準備をしているだろう。接近は危険だ。
 BF-5もブラック・ワスプも、ミサイルに追われたまま回避飛行を試みていたが、相手はもちろんミサイルだけではない。TIEファイターと爆撃機とが、ここが正念場とばかりにレーザーを発射し、牽制する。二機はどんどん抑え込まれるかたちで上昇を阻止され、海面近くまで追いやられた。
 二機は再び合流し、ほとんど海面の上を滑るようにして並んで飛んだ。ミサイルがなおも追いすがり、彼らに手を伸ばして吹き飛ばそうとしたその直前、突如、海面がこんもりと盛り上がった。轟音とともに水が滝と流れ、巨大な樹木が一瞬で生長するかのように、何本もの太い"枝"が飛び出した。ブラック・ワスプ、つづいてBF-5がその真っ赤な"枝"の間をすんでのところですり抜けた。だがミサイルは"枝"に次々とぶつかり、爆発した。その"枝"──まさに巨大な海洋生物ののたうつ何本もの触手──は爆ぜ飛び、火のように赤い肉の破片と青い血液をまき散らした。

 港町に、大型宇宙船のハイパードライブが爆発四散したかと思われるほどの轟音が響いた。レッド・クラーケンの咆哮だ。クラーケンは怒っていた。これ以上ないほど激怒していた。痛みに苦悶しながら、触手で海面を叩きつけた。大波が巻き起こり、渦をつくった。
 レッド・クラーケンはすさまじいパワーのジェット推進で海面すれすれを移動しながら、港町に向かっている。でたらめに振り回された触手が爆撃機の一機を捕らえ、有無を言わさず海中に引きずり込んだ。

 彼らの旗艦である軽クルーザーをすら引き倒せそうなほどの、あまりにも巨大な海洋生物の体を実際に見た帝国軍将兵たちは皆息を飲んだ。
 だがコルラグ・サフィラスの住民たちにしてみれば、これはこの星の尋常な生態系の一部にすぎず、長きに渡って彼らの先祖たちが蓄積してきた知識と英知をもってやり合ってきた相手にすぎない。彼らはレッド・クラーケンを決して根絶やしにせず、適度に痛めつけて抑え込む術を熟知していた。
 コルラグ・サフィラスの港湾関係者たちは、帝国による臨検が終わるまで全ての防衛兵器を停止するよう厳しく言い渡されていたが、いざ緊急時となればそんなことは言っていられない。
 海の荒くれ者たちは帝国の了解も待たずに、競うようにレーザー砲台やスタン・ハープーン・ランチャーに押し寄せ、レッド・クラーケンに狙いを定めた。帝国兵たちは彼らをとどめようとしたものの、聞く耳を持つ者はいなかった。

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金くれ