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【ダンジョン潜り:追補編】 ~術について、及び火神グ・ロウルの物語~

 術、または魔法、とは神々と交信しその力(権能)の一部を借りる行為である。
 術を使いこなすには深い学習と個々の神とのつながりが求められるため、メイジ、魔法使い、召霊師などと呼ばれる専門の熟練者のみの特権となっている。
 また神官や巫女といった特定の神に奉仕する僧職者は、その神に認められ初歩的な術の権能や加護が与えられていることが多い。

 古典的で正統なスタイルにおいて、術は呪文の詠唱、または祈りという形で行使される。詠唱や祈りは神のもとに届き、神の判断により願いの内容に見合った権能が付与される。

 神への呪文は様々な言語のものがあるが、それは神によって各々違う。特定の言語(たとえば、創造の古語、天のことば、その神にゆかりのある地方語など)を指定する神もいれば、複数の言語での詠唱を許す神もいる。
 また、詠唱時に定められた動作や手ぶりがあったり、聖地の方向に向かってひれ伏すことを求めたり、魔法円などを用いた陣地構築を要求する神もいる。
 まれに獣のような絶叫による祈りを求めたり、詠唱自体を省略させる神もいるが、その多くは "外の神々" であり、言葉による意思疎通こそ理性と叡智の象徴であると考えるアーマバの子らからすればそのスタイルはあまり受け入れられるものではない。

 以上のような理由からメイジは、術を学ぶ際にどの神とのつながりを深めるかを選ぶことになる。
 お互いに対立する神々の術を同時に学ぶことは基本的にできず、また専ら自分だけに師事することしか許さない神もいるなど、複数の神々の術を学ぼうとすることには絶妙な配慮が求められる。
 また特定の種族や性別の者だけに権能を授ける、あるいは単なる気まぐれによって呪文に答えたり答えなかったり、いたずらを仕掛けるなど、交友の難しい癖のある神も存在する。

 術の行使には途方もなく大きな霊力が用いられるため、術者は「術具」と呼ばれる物品を傾向するのが常である。特別に大きな霊力を備える"神に近い地"においてでもなければ、術具を用いずに十分に術を使うことはほぼ不可能だ。
 術具は衣服や装飾品、武具、日用品など様々な形を取り、特定の神との交信を助けるものである。術者はそれを手に入れるため多大の労力を費やすことが多い。
 神官や巫女は一般的に、修行の過程で何らかの術具を下賜される。

火神グ・ロウル

 その神々の中で「魔法使いの母」「ちから与える者」などと呼ばれ慕われているのが、火神グ・ロウルである。
 グ・ロウルは求める者に分け隔てなく"火"の権能を与え、またその呪文も簡便であるため、多くのメイジが初歩の火術を習得していると言われる。彼女がそのように寛大に力を分け与えるのには理由がある。そしてそれはひとつの悲しい物語でもあった。

グ・ロウルの物語

 火神グ・ロウルはもともと竜である。彼女の母は"大いなる火"と敬われた竜神グ・レヴアルであり、神々の中でも際立って力あるものであった。

 常闇の神エンシが反旗を翻した「暗闇の大戦(おおいくさ)」において、グ・レヴアルは奮戦し、その大爪とすさまじい火で暗闇の軍勢を踏みにじった。彼女は総大将たるエンシに肉薄し傷を負わせたが、自身も深手を受けた。エンシの猛毒をもらい死を悟ったグ・レヴアルは、自らの溶岩の心臓で鎧を、火の肺で槍を造り、それを竜である娘たちに託し、倒れた。
 エンシは竜神に受けた傷が決して浅くないこと、そして自らの軍勢が敗退しつつあるのを見、ひとつの狭間の地「常闇の地」を創り、そこに逃れた。

 グ・レヴアルの娘たち、ロウル(のちのグ・ロウル)とゼウルは母の体から作られた武具をとり、常闇の地への門をくぐった。
 狭間の地は断絶された世界であるため、神々は大地に負った義務を放棄して遠征することができず、光の勇士に率いられた連合軍(人間、光のエルフ、ゴブリン、ナガ、その他の種族による)、ロウルとゼウルを含む竜たち、そしてズマ・レイト神によって送り込まれた奇妙な大蛇が常闇の地に赴いた。

 光の勇士達とその軍は暗闇の軍勢を制圧し、竜たちは死闘の末エンシを追い詰めた。ロウルがエンシを圧倒すると、ゼウルはすかさず母の槍を仇の胸に突き刺し、ついにエンシは倒れた。

 エンシはその体を失いおぞましい闇の塊になったが、彼自身が常闇の地に定めた呪いのために、その地にある者は決して衰え死ぬことがなく、誰もこれにとどめを刺すことができなかった。
 その時、戦場の後ろにじっと控えていたズマ・レイトの大蛇が口を開け、その体内から無数の毒虫が這い出た。毒虫が不定形の塊と化したエンシの全身にとりつきはじめると、つづいて大蛇の体はみるみるうちに巨大な鎖となり、エンシを縛った。こうしてエンシは強固な魔法の鎖に縛られ、常闇の地の掟に従い決して死ぬことのない無数の毒虫に責めさいなまれたまま最奥部に幽閉された。

 エンシとその眷属を下し、この地の闇は裁かれた。

 手柄をあげたロウルとゼウルは神々によって彼らの一員に引き上げられることと決まった。
 しかしゼウルはこれを辞退し、一匹の竜として生きることを選んだ。神々はそれを許し、その代わりに竜の長として最も強い力を与えた。
 対してロウルは名誉を受け、神グ・ロウルとして母の跡を継ぎ、"山の光"である火を司ることとなった。

 太陽、月とともに闇を振り払う光である火は、この地の民にとっても大きな意味を持っていた。ゼウルは、民が闇を振り払い、身体をあたため、食べ物を焼き、様々に使えるように、"竜の種火" をすすんで分け与えた。民は感謝し、竜の長を敬い愛するようになった。また、彼女が常闇の王に火の槍を突き立てた武勇は詩人の歌の題になり、人々に語り継がれた。

 しかしグ・ロウルはこのことが気に入らなかった。神となった自分よりも信仰と敬愛を集めているように見えた妹への妬みがあり、また火を軽々しく民に分け与えるべきではないと彼女は考えていた。次第に彼女の目にはゼウルが自分を侮っているように見えた。
 ある時、姉妹は口論になった。ゼウルは勇敢ではあったが穏やかな性格であり、尊敬する姉の誤解を解こうとしたが、気性の激しいグ・ロウルは爆発した激情のままに妹を打ちすえた。
 しまいにはグ・ロウルは神の権能を使い、ゼウルの両目から光を奪い、言葉を奪い、理知を奪った。ゼウルは獣同然になった。
 こうして無知な巨獣と成り果てた竜の長は、盲目の闇への恐怖により三日三晩にわたり咆哮し、猛火を吐き、かつて彼女があれほど愛した民を踏みつぶし、町々を焼いた。

 グ・ロウルが自らの愚行の浅はかさを痛感するのに時間はかからなかった。彼女は妹にしてしまった仕打ちを悔やんだ。
 そして、破壊と暴虐の末にゼウルが逃げ込んだ火山の洞窟を訪ねた彼女は、自分を侮っていると思い込んでいたゼウルが無知な獣となった今、盲目の闇の中で悲しげに吠えたける声を聞いたのだ。
 それは言葉を奪われたはずのゼウルが唯一、いまだ覚えていた単語であった。竜の長がすがるように唸る「ロウル、ロウル」という声が洞窟に響いていた。

 火神グ・ロウルは激しい慟哭をもって泣き、この地からすべての火が失せた。神々と人々は狼狽えた。エンシとその眷属は未だ完全に滅んだわけではなく、"山の光"が消えれば闇の残党に付け入る隙を与えることにもなる。
 全ての事情を知った神々は、グ・ロウルを許し、その代わりずっとゼウルの面倒を見るように、また決して火を絶やさぬようにと厳しく言い渡した。
 またグ・ロウルは叡智在りし日のゼウルの遺志を継ぎ、火を民に広く分け与えたいと申し出、神々は承諾した。火は人々に与えられ、人々は祈りによらずとも火を起こせることとなり、火は人々の暮らしを助けた。

 以後、グ・ロウルは妹ゼウルとともにさびしい火山の奥におり、そこからすべての呪文と祈りを日々聞いているのである。
 彼女に謁見するためスパウの火の山を訪れる術者は、盲目の巨竜とともに立つ一人の少女の姿を目にすることだろう。

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金くれ