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『STAR WARS: 遂げられた指令』 第1部 7章 空中戦

七 空中戦

「全部隊に告ぐ!手配中の宇宙船が発見された!」
 指令クルーザーからの通信に、すでに帰還後のことを考えていたテジュンは体をこわばらせ、危うく誤操作をしそうになった。
「全部隊に告ぐ!我々のプローブ・ドロイドが手配中の貨物船を発見した!飛行隊は戦闘準備!」

 皆の間に緊張が走った。中隊長以下四機のTIEファイターが編隊を組んだまま、プローブ・ドロイドが信号を発する地点に急行する。指定地点では、当該の船と思われる貨物船が小型クレーンをなぎ倒しながらドッキング・ベイから姿を現した。船は急加速しつつ上昇し、どんどん地表から離れていく。
「貨物船に告ぐ!離陸は禁止されている!速やかに停船せよ!」

 警告を受け、四機のTIEファイターが猛追してくるのを認めると、コレリア製の古い貨物船──帝国の捜査の手を逃れるため船体を塗りなおしたと見える──は逃走を諦めたらしく一気にスピードを落とした。しかしTIEファイターが追い付いた瞬間、貨物船の船体上部から格納式のレーザー砲塔がぬっと顔を出し、破壊的なビームを連射し始めた。一発がBF-2のソーラーパネルを直撃した。制御不能になった戦闘機はパイロットを射出した後でたらめ・・・・に回転しながら落下し、海の中に消えた。
 残り三機のTIEファイターの反撃を受け、貨物船はポッド・レーサー顔負けのアクロバティックな回避飛行を披露しながら上昇をつづける。貨物船のパイロットはそのまま逃げ切れると望みを抱いたかもしれない。しかしそう易くはいかなかった。赤く燃える破壊の雨が上空から降り注いだのだ。帝国クルーザーからの砲撃だった。貨物船のすぐそばを通りすぎたレーザーが次々に海面を蒸発させ、踊るように水柱が上がった。
 瞬時に状況を飲み込んだ貨物船のパイロットは、複数のサブ・スラスターを同時に起動し、無茶な方向転換をやってのけた。ここは大気圏内で、しかも機敏な戦闘機ではなく旧型の貨物船だ。たちまち虐げられた船体が苦悶の悲鳴をあげる。操縦士はそれも意に介さず、過熱したエンジンをさらに鞭打つと、港町に一直線に舞い戻った。貨物船は追いすがるTIEファイターから離れるどころか、標的をロックしたミサイルのように敵機めがけて真正面から突っ込んでいく。

 中隊長は黒いヘルメットの奥で呪いの言葉をつぶやいた。敵は一筋縄ではいかないやつだ。一見追い詰められやけ・・になったようにも見えるが、もしあの貨物船と華奢なTIEファイターが追突すればより大きな被害が出るのは後者だ。しかも乱戦になればクルーザーは艦砲射撃を控えざるを得なくなる。敵はそれらをしたたかに計算しているのだ。
 いつの間にか貨物船からの射撃がぴたりとやんでいた。すべてのエネルギーをエンジンと前部防御シールドに集中していると思われる。
「来るぞ!回避!」
 三機のTIEファイターは貨物船を避けて散開した。

 貨物船を狙った帝国指令クルーザーからの砲撃はすべて的を外れ、海面を空しく打った。とはいえレーザーの矢は周囲に何の影響も与えていないわけではなかった。
 海中で、そのもの・・は、痛みに呻いていた。そして激怒した。自分の身を焼き、殻を砕き、触手を切り裂いた何者かを許すわけにはいかない。そのもの・・は、食べかけの獲物を吐き捨て、自らの青い血が混ざった水をかき回しながら、海面を目指して浮上し始めた。

 敵が再び港町の上空に戻ったことで、司令クルーザーは艦砲射撃を諦めた。とはいえ、貨物船の進行方向には今やテジュン率いる四機のTIEファイターが駆けつけてきており、中隊長のグループとで挟み撃ちのかたちになっていた。上空ではBF-9率いる四機が旋回し、敵の上昇を阻止している。さらに、キャリアーからは爆撃隊が発進しはじめた。包囲は完成しつつあった。

 敵は随分と暴れているがそれも時間の問題だ。テジュンは味方の布陣を確認しながら、貨物船と慎重に距離を取った。囲って退路を断ち、動きが鈍ったところを狙い撃ちするか、さもなければ爆撃機の震盪ミサイルで仕留める。抵抗も、そこで終わりだ。

 前後から、また上方からも制圧射撃を受け、貨物船はじりじりと追い詰められていた。はじめこそ不意打ちをかけることができたが、帝国軍はすぐに状況に対応してすっかり落ち着き払っている。慎重に距離を取って囲い込み、消耗を待っているのだ。さらに悪いことに、四機の爆撃機まで加勢してこちらに狙いを定めようとしている。大勢に無勢、そしてあの軽クルーザーが睨みをきかせている以上、上空に脱する道もふさがれた。パイロットは抵抗の終わりを悟った。これ以上は虚しい足搔きだろう。だが、彼は希望を捨てなかった。残るは無茶な手だけだが、やれるところまでやってみるとしよう。

「往生際の悪いやつだ!」明らかに動きの鈍っていた貨物船が、突破口を見つけたかのように再び急加速を始めたのを見て、中隊長が毒づいた。
 貨物船は、レーザーを浴びて損傷した一基のスラスターの根本から黒煙の尾をたなびかせながら、ひたすらに北西に向かっていく。まるでその目指す先に、自分を救ってくれる神が現れたとでもいうように。
 しかし、貨物船がいくら全速力で逃げたとてTIEファイターを振りきれるわけでもなく、間合いを詰めて乱戦に持ち込む方がまだ勝機があるはずだ。とはいえ中隊長は、敵の無謀な体当たりや自殺攻撃でさらに損害が出ることを懸念していたから、ひとまず安堵のため息の一つでもつきたい気分だった。だが敵の不可解な動きはそれを許さなかった。

 貨物船はエンジンを焼き切らんばかりに全速でなおも飛びつづけ、巨大な建造物に接近していった。
 途方もなく巨大なアリ塚、あるいは灰色の土と岩からなる山のようにも見えるそれは、大規模な貨物センターだった。長年に渡る数えきれないほどの増築によって野放図に膨張したその"山"には、全方位の側面をびっしり覆うように間口の広い"洞穴"が空いていた。それらはすべて宇宙船やリパルサー・クラフトのドッキング・ベイになっており、それぞれの周りを誘導灯や表示パネル、各ベイを所有する会社のエンブレムなどが色とりどりに飾りつけていた。山の中心部は円柱状にくりぬかれた吹き抜け構造で、宇宙船を乗せたまま稼働できるエレベーターが吹き抜けを絶えず行き来し、ドッキング・ベイと、はるか下方の地中に根を広げる採掘場とを結んでいる。貨物センターのドッキング・ベイから入った貨物船はそのままエレベーターで地下深くまで降り、採掘場で直接積み込みを行うと、再びエレベーターで地上の貨物センターに戻り、各々の目的地に飛び立つのだ。さらに貨物センターの東側は港湾に繋がっており、海洋船舶との荷物のやり取りもできるようになっていた。

 不審な貨物船は、どうやら貨物センターのドッキング・ベイのひとつに進入しようとしているらしい。中隊長はそれに気づいて阻止しようとした。BF中隊の各機が次々にレーザーを発射するが、敵とはあえて距離をとっていたためすでに狙うには遠すぎて、一、二発が船体をかすめるにとどまった。貨物船は貨物センターからの警告を無視して建物に接近し、荒っぽく急減速しながら、比較的最近に改装されたと見える小綺麗なドッキング・ベイに突入した。

 コンテナを連結した貨物船をエレベーターで下層に降ろし終え、吹き抜けに通じるシャッターを閉めたブハース=ドッケン星間運輸会社の作業員たちは、次の仕事に向けてひとときの休憩をはさむためにドッキング・ベイの片隅に集まった。工具箱や折り畳みスツールなどにそれぞれ腰掛け、ハーブで香りをつけた安物のカフをカップについでいく。先日カンティーナで仕入れた下世話な噂話を披露しようと班長が口を開けた瞬間、雷鳴のような爆音が轟き、ドッキング・ベイが揺れた。全員が驚きの声を上げながら外を確認しようとするが、立て続けに起こる爆発が外壁を打っているらしく、それどころではなかった。とにかく身の安全を確保するため四肢を必死にばたつかせて逃げると、内壁に張り付いたり床に這いつくばったりした。それが皆の命を救った。
 次の瞬間、ドッキング・ベイ内に宇宙船が滑り込んできた。船は着陸脚も出さず、火花を散らして船腹を削りながら無理やり着床したが、パイロットは不時着に慣れているのか、あるいはよほど運が良いものか、シャッターの手前で無事に止まった。もしもシャッターを突き破っていたら、そのまま吹き抜けを落下してスクラップになっていただろう。作業員たちが呆気に取られて見上げているその船はコレリア製の貨物船で、船体のところどころが溶け焦げ、外板が剥がれ、エンジンからは煙が上がっている。
 またしても爆音が外壁を舐め、ドッキング・ベイに衝撃が走った。つまりこのふざけた状況は、さっきから帝国軍がうろうろしていることと関係があるはずだ。班長は皆に指示を出そうとしたが腰が抜けて動けず、カフの水たまりの中で不格好にもがくのがせいいっぱいだった。そして息つく間もなく、ボロボロの船体の上部から格納式のレーザー砲が姿を現し、空中の何者かに向かって熱線を連射し始めた。班長は身を縮こまらせ、星々と今日を呪った。

「BF-6、射線に入るな!」
 テジュンの警告は間に合わなかった。ドッキング・ベイの中を覗き込もうとしたBF-6はレーザーの直撃を受けて粉々に吹き飛んだ。
 敵はドッキング・ベイの奥に陣取ってレーザー砲を入口に向け、正面に現れたものを全て叩き落すつもりだ。もはや逃走は諦めたのかもしれないが、あくまで抵抗をやめるつもりはないらしい。BF中隊は素性のわからぬ貨物船相手にすでに二機を失っている。これ以上の損害は避けなければならない。
 敵の斜線に入らぬようにしてドッキング・ベイの様子を伺うと、七、八人の作業員が隅の方で縮こまり、身を寄せ合っているのが見えた。
「BFリーダー、中に民間人がいます。ひとまず交戦を控えるべきです!」テジュンは叫んだが、中隊長の答えを待たずクルーザーの司令官からの通信が割り込んだ。
「全機、反乱者の船を必ず仕留めろ。ドッキング・ベイごと破壊してかまわん。爆撃隊は震盪ミサイルの発射準備。」
 司令官の指示は明快で、その口調には微塵の躊躇も表れていなかった。テジュンはめまいを感じながら、僚機にとともに再び目標に近づいた。僚機の放つレーザーがドッキング・ベイの開口部を激しく打ち、身を寄せ合う作業員たちに爆風と塵が降り注ぐ。若い人間の男と、トワイレックの女がこちらをじっと見ている。その顔は恐怖と絶望に歪んでいた。彼らはその目に、死神を見ているのだ。彼らと目が合った。テジュンはどうしても引き金を引くことができなかった。
 BF-5は発砲せず、そのまま再び旋回した。
 テジュンは荒い息をつきながら、なんとかその場をやり過ごそうとしたが、どうしても耐えることができなかった。彼を取り囲むあらゆる虚飾が剥がれる音が、耳の奥でしたように思えた。
「民間の作業員が残っている!彼らはどうなります!?」テジュンは怒鳴った。
 言ってしまってから、彼は悔やみ、恐れた。こんなときに司令官の命令に楯つくとは。しかもテジュンはまだ、アカデミーを卒業したばかりの若造だ。

 だが司令官は意外にも、無礼な質問に怒らなかった。新兵の抱きがちな苦悩や葛藤などすべて手に取るように理解しているといった余裕のある態度で、そして青年の目の前で正しい道筋を照らそうとする年長者特有の穏やかな声で、彼は言った。
「彼らは帝国の英雄だよ。」

 テジュンの周りで世界が無音になり、整列した爆撃機の発射管にミサイルが装填される音だけが静かに響いたように思えた。

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金くれ