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【ダンジョン潜り】 (1) ~到着~

 

ブチブチという不快な音と共に粘液をまき散らし、人の腕ほどの巨大イモムシの群れがのたうちながら突進してくる。
さらにもう一塊のイモムシ群が岩の天井からドサッと落ちてきた。
仲間たちが私に目配せする。
私は頷き、一呼吸おいてゆっくりと詠唱した。

ファイアボール。
イモムシと粘液が焼け、悪臭が通路に充満する。
炎に包まれながらもいまだ転がり回る数匹の巨大イモムシをじっと見据え、私はもう一度詠唱した。

ファイアボール。
イモムシ群は焦げ死んだ。
仲間たちが私を囲んで笑い、肩を叩いたり頭をなでてきた。
子供扱いでもされたような気がしてすこし仏頂面になったのは認めざるを得ない。しかしながら、まさしくこれが私の初めての魔物狩りであった。



 私がスパウデルモーン伯領に入ったのは初秋、涼風が頬を撫でる気持ちの良い朝であった。

 目的地であるリイン山地のもやがかった稜線がはるか西に眺望され、大川の支流が南の海へと続いている。我ら一行は川沿いに進み、あたたかい日のもとで簡便な昼食をすませるとまた先を急いだ。

 大川に差し掛かった私たちは運の悪いことに橋が落ちていることに気づいた。すでに十人ばかりの人夫が修繕のために準備をしていたが、修繕の終わるまで待っているわけにもいかぬので仕様がなくしばらく北上して、さらに上流の橋を使った。

 この思わぬ事故のためリインの町に着いたのは翌日で、すでに夕の日が我々の長い影を荒野に黒く刻んでいた。

 リインの町全体はぶ厚い城壁でがっちりと囲まれ、城壁の四隅は重厚な見張り塔で固められていた。それぞれの塔のてっぺんには攻城兵器のような巨大な仕掛け弓が天に向かって据え付けられており、一種異様な雰囲気がある。

 南門に差し掛かると門衛が我々を見てすぐに鉄門を開けた。この隊商はよくリインに出入りしている顔馴染みだからだ。隊商の長が私のことを門衛に取り次いでくれた。
 長は道中の私の働きを褒め、なんと親切にも宿代を持たせてくれた。そして、ダンジョン潜りをするならせいぜい頑張って金目のものを掘り起こせと肩を叩いて激励してくれ、私は皆に手を振って別れた。

 門衛は私を番小屋へ連れて行った。番小屋にも幾人か衛兵が詰めていたがいかにも私に興味のなさそうな風で、軽く挨拶をした。
 私は他国の者であるのでてっきり色々の詮議を受けるものと覚悟していたが、呆れるほど簡単なものだった。名前を聞かれ、町に滞在する目的を聞かれた。
 私は一応の身の上を説明し、兵士であり二度の戦に参加した身だがささいな争いから上官を傷つけ、それでも事情を斟酌し名誉ある除隊としてもらったこと、その後行く当てもないためダンジョン潜りでもしようと隊商の案内でスパウデルモーン伯領にこうして着いたこと、などを述べた。衛兵は興味を示すどころかさもどうでもいいという風に手を振り、私の話を遮った。ただしその態度は横柄ではなくむしろ友好的ですらあり、宿屋の場所や、ダンジョン潜りをするなら酒場を訪れるがよいといった幾つかの点を教え、すぐに送り出してくれた。

 衛兵ののんきな態度にはやや面食らったが、しかしそうして考えてみると、神々の古戦場の遺る辺境の地として私が想像をたくましくしていた殺伐とした町の雰囲気はここに無く、活気と友好が都市全体を支配しているようにすら思えた。
 衛兵たちの鋭い目も人間の敵意に対し向けられたそれではなく、そこには明らかに私が過去交際した軍人たちとは違う面差しがあった。

 未だなお影に潜む魔物たちと、その遺構。神々の乱世の名残から湧き出る狩りと財宝の町。領主はこの穢れた地を治める代わりに王侯たちの間である種の畏怖を伴った不可侵の名を得ていた。人の世から隔絶されており、人の世から隔絶された者たちが集う呪いの地である。

~つづく~

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金くれ