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【ダンジョン潜り】 (18) ~ファイアボール~

~つづかれる~

 「あァッ、クソ...!」
 キザシが悪態をつきながらよろめいた。

 天井から降り落ち、彼の背にとりついているそれは、イモムシであった。そこいらの土を掘り返せば出てくるようなイモムシだがその大きさがまたしても尋常ではない。

 巨大なイモムシは白い太った体に茶色の針を持っており、全体がぬめぬめした粘液に覆われている。
 キザシはどうやらその針にやられたらしく、歯を食いしばり苦悶の表情のうちに倒れた。

 数匹のイモムシがキザシの体を離れて私たち五人の方に向かってきた。同じように針で刺してから次々と捕食するつもりであろう。

 「毒針だ!」
 ガイオは怒鳴ると、剣を素早く振り下ろして地を這うイモムシを打った。潰れたイモムシは青い汁をまき散らしながら痙攣する。
 ジョセフィンとリドレイも毒針をよけながらイモムシを一匹ずつ潰していく。
 テレトハがキザシの体にまとわりついたイモムシを杖で払いのけ、私は彼をかついで後ろに下がらせた。キザシは脂汗を浮かべて口からよだれを垂らしている。毒だ。

 「これを彼に浴びせろ!」
 ガイオが私に小さな瓶を投げてよこした。澄んだ緑の液体が入ってる。私は栓を開け、言われる通りキザシに液体を浴びせかけた。彼の体を濡らしたその液体はほのかに光っていた。

 さて私が皆の方に顔を上げると、すでにイモムシの群れは全滅させられており、嫌な臭いがあたりに漂っていた。

 ガイオたちはまだ焦った様子で周囲に目を凝らしている。
 マジックライトで徐々に照らされていく廊下の天井はかなり高く、ちょうど切り石造りから天然の岩肌に切り替わる場所であった。
 そしてよく見ればその部分に大きな裂け目がぽっかりと口を開けており、そこには蠢く白いものが見えた。
 「離れろ...!」
 蠢くイモムシの大軍は、裂け目から押し出されるようにぼとぼとと床に落ちてきた。

 不快な音と共に粘液をまき散らし、人の腕ほどの巨大イモムシの群れはのたうちながら突進してくる。
 テレトハの雄たけびのような詠唱が響き、稲妻が走った。ひと塊のイモムシが破裂する。
 だがさらなるイモムシ群が岩の天井からドサッと落ちてきた。怖ろしい数だ。

 リドレイはキザシをかついで後退し、ガイオとジョセフィンもイモムシを間引きながら少しずつ下がっていく。
 彼らの武器は大量の虫を始末するのには向かない。

 テレトハはサンダーボルトを放ち続けていたが、さすがにいつまでもというわけにはいかないだろう。
 「ファイアボールを撃って!」
 彼女が叫ぶ。
 「本当は陣を敷いてあげたかったけどしょうがない!」

 私は強いて心を落ち着け、ゆっくりと詠唱をはじめた。
 イモムシの群れはじりじりと距離を詰めてくる。

 私たちの背後、昇降台側の廊下の奥から乾いた物音が聞こえた。
 骸骨の鳴る音だ。振り返ると、仲間たちは私に目配せした。私は頷き、詠唱への集中を強めた。
 前衛の三人がスケルトンを迎え撃つために走り去る足音。
 サンダーボルトの鋭い音。

 私の意識が神々の階層とつながる。
 私は慎重に詠唱を終えた。

 ファイアボール。
 ひと塊のイモムシと粘液が焼け、悪臭が通路に充満する。
炎に包まれながらもいまだ転がり回る数匹の巨大イモムシをじっと見据え、私はもう一度詠唱した。

 ファイアボール。
 イモムシ群は焦げ死んだ。
 テレトハが私を見て笑った。

 成功したのも束の間、次弾は当て損ねたが、あきらめず淡々と詠唱を続けた。
 私は徐々に感覚をつかみ、テレトハと共に片っ端からイモムシを焼いていった。

 しばらくファイアボールを撃ちつづけると、奇妙に力の抜ける感覚が私を襲った。恐らくマナというやつだろう。
 なんとか限界まで術を使い、大量のイモムシはほぼ一掃された。

 同じくマナの尽きたと思われるテレトハが、黒い杖を振り回して仕留め損ねた虫を潰してまわっている。
 しかし私は安堵と疲れからめまいを覚え、思わずその場に座り込んだ。

 かすむ目でおぞましい死骸の海を眺めていると、私の左肩にべちゃっと何かが乗った。

 私は悲鳴を上げ、ほとんど絶望的な気持ちで自分の肩を見返した。

 そこには虫の粘液だらけの人間の右手が乗っており、視線を上にやると、すっかり薄汚れた盗賊がおどけた笑みを浮かべながら私の顔を見ていた。

 「えらい」
 キザシは言った。

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 ガイオ    戦士     ○
 ジョセフィン 戦士     ○
 リドレイ   プリースト  ○
 ぼるぞい   魔法戦士   ○
 キザシ    盗賊     ○
 テレトハ   メイジ    ○

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~つづく~

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金くれ