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Day by Day 2023-11-04 渋滞解消:ヴァン・モリソン、スティーヴ・ミラー、ジャン・ジャク・ペリー

ルース・ウェルカムだの、フィーリクス・スラトキンだの、タク・シンドー教授だのと、Internet Archiveで貰ったLPリップのノイズ掃除とフロント・カヴァー修復に寧日なく、ほかのものを聴く暇がまったくないのだが、積読の山高きがゆえに尊からず、少しは山を低くする努力をしてみた。


Tak Shindo - Brass and Bamboo シンドー先生は教授になる以前、レコーディング・アーティストとして数枚のエキゾティカ・ジャポネ盤を残している。ビッグバンド・ジャズと邦楽の融合、なんていうと、キワモノに思えるだろうが、けっこう面白いアルバムである。いや、マジでw

◎なんだかよくわからないままに聴きつづけるスティーヴ・ミラーの旧作回顧の新作

ことしは何よりもグレイトフル・デッドの代表作であるWake of the Floodの50周年記念だったのだが、その裏でスティーヴ・ミラーのThe Jokerも50周年を迎えたとか、The Evolution of the Jokerという、The Jokerが生まれるまでの過程を振り返るというセットをリリースした。

大ヒット曲なのはたしかだが、50周年などと喧伝するほどかなあと首を傾げつつ、でもまあ、なんだかんだと半世紀以上の長きにわたって聴きつづけてきた人なので、最後のご奉公、これで聴き納めの気分で聴いた。いつもそうなのだが、そんなにすごくないのだ。そこはかとなく魅力がある、という昔のスティーヴ・ミラーそのまま!



まあ、The Jokerだけは、ラジオから流れてきた瞬間、おお、と思ったほどで、チャート・トッパーも当然の曲だ。F-Bb-Cの3コードを行ったり来たりするだけのシンプルな構成だが、それゆえに明快ですぐ覚えられるし、コーラス・パートの歌詞の音韻(♪I'm a joker, I'm a smoker, I'm a midnight talker)と彼自身が重ねた2パート・ハーモニーが魅力的で、そのあたりがヒット要因だと思う。だがしかし、この曲が生まれるまでの過程なんてものは、それほど面白いものではなく、やっぱりな、であった。

ただ、スティーヴ・ミラー自身がところどころに、これがひとつのきっかけになった曲だ、そのデモとライヴ・ヴァージョンを聴いてくれ、てな調子で、音声による自作自註を入れているのは、ウェブ・ヴァージョンにはライナーが付属しないことへの苦肉の策なのだろうが、悪くないアイディアだと思う。これからはこういうものが増えていくかもしれない。

◎ジャン・ジャク・ペリー:チープ・スペース・サウンド

リアルタイムで聴いたわけではなく、後年なにかの編集盤で聴いて、これはあれだな、トーネイドーズのTelstarの流れだわ、と思ったPassport to the Futureという、ジャン・ジャク・ペリーの曲がある。


The Tornados - Telstar LPではなく、EPのスリーヴらしい。昔、シンセでコピーしようとしたのだが、イントロとアウトロのスペース・サウンドがすごくて真似できず、ジョー・ミークが凝りに凝ってつくったことを肌で理解した。

Down into Deep Nowhere: A Space Music Collectionなる宇宙サウンド・コレクションを自家醸造した時、いってみれば、あまりにもありふれているTelstarの代替品としてPassport to the Futureを入れた。浅い造りなのだが、そこがいかにもスペース・エイジ・バチェラー・パッド時代の残像という感じで、他の曲との関係で味の出る曲なのだ。


Jean Jaques Perry - Moog Indigo, 1970 いうまでもないが、このタイトルはデューク・エリントンのMood Indigoのもじり。

しかし、ジャン・ジャク・ペリーのほかの曲は持っていなかったので、Passport to the Futureが収録されたアルバムを聴いてみたくなった。結果は、やっぱりキワモノの人ね、であった。アルバム全体を通してもやはり造りが甘く、あまり頭を使っていない。

でもまあ、それが持ち味なのだから、しようがない。50年代のスペース・エイジ・バチェラー・パッドだって、キワモノだったわけで、量が多かったために、結果的に、いま聴いても面白いアルバムが残されたに過ぎない。偶然なのだ。


Russ Garcia - Fantastica, 1958 50年代終わりのラウンジ、エキゾティカのブームでは、スペース・ミュージックがいろいろつくられたが(東洋や南洋やアフリカと同じような意味で宇宙を「エキゾティックな場所」と捉えてしまうアナーキズム!)、その代表的な一枚。ラス・ガルシアの盤は実験音楽的な味があって、好ましい人である。たった2枚しか聴いていないが!

◎ヴァン・モリソン:お年の人の定番をちょっとズラしたような

考えてみると、ヴァン・モリソンは、ヴェテランになると誰でもやるような、ロックンロール・クラシックスのカヴァー・アルバムやスタンダード・アルバムは出していない。


ひと目見て、ああ、ホップ・ソックね、とわかる絵なのだが、だとしたら、靴を脱いで、靴下裸足で踊る絵だろうと思う。まあ、そこまでやるのは厭味と判断したのだろう。


新しい盤は、タイトルがAccentuate The Positive(映画『LAコンフィデンシャル』冒頭に出てくる、あのジョニー・マーサーの曲)というくらいだから、ロックンロール・カヴァー集とは云いにくいのだが、かと云ってスタンダード・アルバムでもなく、その両者をまたぐノン・ジャンルのカヴァーというところ。

You Are My Sunshine
When Will I Be Loved?
Two Hound Dogs
Flip, Flop And Fly
I Want A Roof Over My Head
Problems
Hang Up My Rock And Roll Shoes
The Shape I'm In
Accentuate The Positive
Lonesome Train
A Shot Of Rhythm And Blues
Shakin' All Over
Bye Bye Johnny
Red Sails In The Sunset
Sea Of Heartbreak
Blueberry Hill
Bonaparte's Retreat
Lucille
Shake Rattle And Roll

へえ、と思ったのは、When Will I Be Loved?とProblemsと、エヴァリー・ブラザーズの曲をふたつカヴァーしていること。ヴァンがエヴァリーズ・ファンとは知らなかった。しかし、誰しも、プロになる時、自分の中にあるさまざまな側面の大部分を削ぎ落とし、まずひとつの面だけを見せるようにする。明快な「アーティスト・イメージ」をつくらなければ、生きていけないからだ。



ヴァン・モリソンの場合は、ブラック・ミュージック・ルーツを前面に立ててデビューし、アメリカに渡って、とくにバングを離れ、WBに移ってからは、多少、立体的なイメージをつくるようになっていくが、基本的には大きな路線変更なしに来たと感じる。

しかし、こっちも年を取ったからよくわかるのだが、そういうことはもうどうでもよくなるのが年寄りというもの。世間なんか知ったことか、好きな曲を好きなように唄うぜ、なのである。「ヴァンがこんな曲を唄うとは思わなかった、がっかりした」なんて云われたって、もう蛙の面にションベン、なんとでも云え、俺は好きなようにやる、というフェイズに辿り着いちゃっているのだ。よくわかるわ。

◎ブリティッシュ・ノスタルジア

A Shot of Rhythm And Blues、Shakin' All Over、並んで出てくるこの2曲には、ヴァンもブリティッシュ・ビートの時代にデビューしたんだものねえ、とニコニコした。後者はジョニー・キッド&ザ・パイレーツのヒットだが、わたしが知ったのはスウィンギング・ブルー・ジーンズのカヴァーでだった。ヴァンもゼムの時代に唄ったことがあるのかもしれない(盤はないようだが)。



A Shot of Rhythm And Bluesはカヴァーが汗牛充棟で、あの時代のブリティッシュ・ビート・グループの「共有財産」と云っていいほどだ。オリジナルはアーサー・アリグザンダーだが、英国ローカル盤の皮切りはジョニー・キッド&ザ・パイレーツらしい。しかし、いまではもっとも有名なのはビートルズのカヴァーだろう。



この2曲は、ヴァンがあの時代、1962、63年ぐらいのブリティッシュ・ビート・シーンが懐かしくなって選んだ曲に違いない。アメリカではヒットしなかった、きわめてイギリス的ヒットだ。

◎Sea Of Heartbreak、Lonesome Train、Bye Bye Johnny

Sea Of Heartbreakはドン・ギブソンのヒット曲だが、同じ時代を生きた人間として、ヴァンの頭にあったのはギブソンではなく、エヴァリーズ盤じゃないかと見た。いや、ひょっとすると、あの時代にイギリスではよく流れたであろう、サーチャーズのカヴァーを通じて知ったのかもしれない。サーチャーズも、ヴァンのバンド、ゼムとは似ても似つかないが、じつはああいうサウンドも好きだったのだとしても、べつに不思議はない。



Lonesome Trainはバーネット兄弟を中心にした数人の共作、オリジナル録音もロックンロール・トリオ時代のジョニー・バーネットで、ヴァンはバーネットが好きで、子供の時によく唄った曲なのだろう。そういうintimateな雰囲気のあるカヴァーだ。



Bye Bye Johnnyはチャック・ベリーによる、かのJohnny B. Goodeの続篇。面白い曲を持ってきたなと思う。Johnny B. Goodeは誰でもカヴァーするが、Bye Bye Johnnyのカヴァーというのはすごくめずらしい。わが家にあるカヴァーは、ストーンズ、ロード・サッチ、ラウターズ、そしてサーチャーズというたったの4種のみ。ん? やっぱり、ヴァン・モリソンは隠れサーチャーズ・ファンだったのか!

◎I Want a Roof Over My Head、夕陽に赤い帆

3曲ばかり聴いたところで、このグルーヴは何を模したのだろうかと思ったが、たぶん、カヴァー絵に描かれたような、50年代の「ソック・ホップ」の再現を狙っているのだろうとみなした。どれもダンサブルなのだ。

しかし、ルイス・ジョーダンのI Want a Roof Over My Headが出てきたところで、ソック・ホップはソック・ホップとして、さらに時代を遡り、ジャンプ・ブルーズも狙ったのだと思えて来た。シャフル・ビートや、4ないしは8ビートとシャフルの中間的なスタイルで占められているのだ。


Louis Jordan - The Complete US Decca Recordings 1938-1954


純粋な8ビート・アレンジはLucilleぐらいではないだろうか。アール・パーマーは、8ビートはLucilleの録音の時に、リトル・リチャードのピアノに合わせているうちに出来上がったものだ、と云っているぐらいで、これは8ビートでやるしかない曲なのだ!


Backbeat: Earl Palmer Story アール・パーマー伝記。オーラル・ヒストリーとやらで、アール・パーマーの南部黒人的な話しぶりをそのまま書き移しているため、読みにくくて死にそうになった! しかし、原初のロックンロール、ノーリンズの1940~50年代、そして60年代のハリウッドを知るには格好の書物だった。


◎ポジティヴを強調せよ

昔の「知り合い」の新譜というのは、いつも「お付き合い」で、ほとんど何も期待せずに聴く。まあ、意外に面白いじゃん、ということはままあるのだが、すごい、ついに代表作ができたな、なんてことは断じて起こらない。老人になってからクリエイティヴ・ピークが来るのは落語家だけのこと、とくにミュージシャンは若いときにピークがあるもので、あとはその財産で食いつなぐだけなのだ。


ジョニー・マーサー キャピトル・レコードの共同創業者にしてシンガー、そして、20世紀アメリカを代表する大作詞家。

ヴァン・モリソンもピークは70年代、ひとによっては前半と見るだろうが、わたしはInto the Musicが彼のベストと考えているので、ピークは70年代終わりだったと見ている。あとは、昔馴染みの人がどう年を取っていくかを観察してきただけだ。

Accentuate The Positiveも、久しぶりの快作、なんてことはないのだが、しかし、古い曲を古いスタイルでやっているので、オールドタイマーには楽しめたし、ヴァン・モリソンの音楽にへのささやかな洞察も与えてくれた。


Van Morrison - Into the Mujsic オール・キラー、ノー・フィラーとはこのアルバムのこと。昔、厭ってほど聴いた。こんどのAccentuate The Positiveでは、Into the Musicと同じような雰囲気の女性コーラスが随所に配されていて、おおいに懐かしかった。

それにしても、これほど声が老齢に侵食されなかったシンガーはめずらしい。長くやった人はふつう、若いころのようには唄えなくなるもので、Joni Mitchellやアン・マレイのように女性は恐怖の大魔女に化けることが多く、新譜なんか気味が悪くて聴けたものではない。あの魔女声の大権化、エラ・フィツジェラルドですら、十代のころはすばらしくキュートな声をしていたし(ホントにホント!)、十代のフランク・シナトラも、なるほど、この声ならアイドルだわな、と納得がいく。

ヴァン・モリソンは、昔の声と感触がまったく変わらず、いつ爺様になるかと思っていたのだが、今年も昔の声で唄ってみせたのはお見事。でも、老いはいきなり来る。つぎはどうだろうか……。

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