見出し画像

58年目のビーチボーイズ大棚卸 1. 裸にされたDarlin'

六月の終わりから一と月ほど、バイト数にして約100GB、ファイル数約7000(画像ファイルも多数含まれるので、曲数としては6000あたりか)におよぶビーチボーイズ・フォルダーの棚卸をしていた。


もちろん、フォルダーのプロパティーをとって数値を確認したww

順番を決めると義務感が生まれて頓挫するので、思いついたものをつまみ食いするスタイルでやったが、それを杞憂と云ふ、やってみたら、まだまだ発見もあり、長いあいだ聴かなかったせいで、懐かしくなったものもあり、ひとつだけだが、「えええ、知らなかった、そうだったのかよ、まったくブライアンときたらもー、どうなってんだよー」と天を仰いだものまであって、おおいに楽しめた。

ビーチボーイズのCD化は、他のものと同じように、80年代のものは酷かった。東芝のPast Mastersシリーズというものがあった。あれは日本にあったアナログ・マスターを無考えにそのままディジタル・トランスファーしたのか(ヴェンチャーズ・ボックスはこのパターンで、こんなもので高い金をとりやがって、てえんで、あとで大憤慨し、オリジナル・マルチ・トラック・テープから新たにマスタリングした米盤を入手した。桁違いにいい音だった)、手元にある二枚を聴き直したが、わが語彙の底の底までこの状況で使えそうな褒め言葉を博捜しても、「凡庸な音」という表現しか見つからなかった。


Past Masters版Wild Honeyのたすき(部分)

1990年前後、オリジナル・マルチ・トラックからきちんとリマスターする、というスタイルがはじまり、状況は一変した。ビーチボーイズも、米キャピトルがリマスター2ファー・シリーズを出した。これがLPとおっつかっつの東芝盤が前世の出来事のように感じるほどの別世界サウンド。いや、この時代にそういうものがバタバタ発売され、ほかの盤もみな新世界へと変貌し、いまでは当たり前の音なのだが、その潮目が変わる時は、これは人類の夜明けだ(クーブリック『2001: A Space Oddyssey』冒頭のことよ。念押し)と思った。呵々。

五十代半ば、死に備えて蔵書蔵盤大爆縮を敢行し、一万冊の書籍と三千枚の盤を手放したはいいが、世に云いならわすとおり、当てごととなんとかは向こうから外れる(クリシェ失礼!)、待てど暮らせど(クリシェ失礼!)いっこうに死神はあらわれず、手持無沙汰のあまり、蔵書はともかく、蔵盤だけはディジタル・データとして復元しようと思い、以後、あの手この手でかつて持っていたもの、かつて買おうと思ったものを手あたり次第に掻き集めたが、本質的にこれは弥縫策、完璧にはいかない。いい音だなあ、と思ったビーチボーイズのキャピトル2ファーもそろわず、一部、畏友に助けも求め、なんとか必要なものを確保した。

クロノロジカル・オーダーを無視して、新たに(再)入手したもので最初に聴いたのは、昔、LPとCDで持っていながら、「蔵書蔵盤大爆縮」の際、わが手元を去って、ながのご無沙汰だったStack-o-Tracks、トラック・オンリー集だった。

何を積み上げているのかわからないかもしれないが、もちろん、録音テープの山。本物なのかどうか知りたいが、まあ、テキトーなテープを持ち出しただけだろう。LPヴァージョンには譜面が付属したが、CD化では略された。

そのオープナーはDarlin'、昔から大好きな曲だが、これが高低ともにクリアに聞こえるいいマスタリングで、やはりこれは手放すべきではなかった、と十数年前の早まった蔵書蔵盤大爆縮の惨禍を改めて確認した。

Darlin'、昔持っていたコンピレーションLPではあまりいい音ではなかったが、彼らの曲はわずか数十しか知らなかった当時、ビーチボーイズには不似合いとも思えるほどの濃厚なR&Bフィールに驚いた。


ありがたい時代になったもので、はるか昔に手放した盤でも、検索すれば盤影が見つかり、収録曲などもわかる。音はひどいし、選曲も意味不明、中袋すらなく、ジャケットに裸で盤が収まっているというとんでもない代物だったが、何しろ安かったので、文句は云えなかった。

なによりも、ドラムがすごくて、一聴、「これは俺のドラマー」と思い、日がな一日、高音部低音部ともに淀んだ駄目マスタリングのLPに針を載せては、スピーカーの前に陣取り、シャドウ・ドラミングで、このエイリアンなタイミングでフィルインを繰り出す、すぐれたタイムと技を兼ね備えたドラマーをコピーしようと必死になった。この半世紀前の時点ではわかっていなかったが、むろん、こんなドラマーはハル・ブレイン以外に考えられない。

いかん。友人に、二、三日うちには何か書くと約束したので、簡単に書けそうなビーチボーイズ棚卸のことでも、と安易に考えたが、またしても当てごととなんとかは向こうから外れ、ぜんぜん書き終わらないどころか、ハル・ブレインだの、半世紀前だのというものが登場しては千日手、リセット・ボタンを押して強制終了する。

生涯に一度のビーチボーイズ大棚卸のことはいったん棚上げし、つぎは読みにくいPDFで読んだ久生十蘭のことでも、って、十蘭も永遠に話が終わらなくなる恐れがあるのだが……。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?