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星の流れる夜・明るい月夜・NO36

余呉はとっても田舎。一日学校の外を眺めていてもあまり人を見かけない。ましてや、夜ときたら、街灯も少ないし、多くの高齢者の家庭は、早く電気が消えてしまう。

そんな中で不夜城と化しているのがうちの施設の学校。それでもテラスに出ると真っ暗で、本当に静かな地域です。

いろんなストレスを抱えた子どもたちが羽を休め、また、この静かな空間の中で羽を繕い、元気に羽ばたいていくところとしては、申し分のない所です。

どの子も、夜になってお風呂に入ってホッとするひと時、その子の本音がちらほら出てきます。昼間には見られない顔が見えるのも夜です。だから夜はとても大事な時間です。

昼間は気を張っていろんなことをしていますが、人間いつまでも気を張り続けることは、とってもむつかしいのです。子どもはもちろんですが、私たちにとっても同じです。毎日顔を合わせ、同じものを食べ一緒に過ごす。そんな中で、お互い疲れないわけがありません。

ここに来る子どもは大人が本音で言ってるのか、どうかをすぐに読み取ります。だから私たちは、昼間いいかっこをしたり、めちゃくちゃ正しいことを言っても、嘘ならば、すぐにばれてしまうのです。

だから寄宿という形式が少ないのは、自分(大人や指導者自身の生き方・性格)を試されてしまうしんどいやり方なので、続かないのです。

夜の学校のテラスからの風景は、本当に素晴らしく、星が降ってくるようです。滋賀県自体、自然の豊かな土地ですが、余呉は一番奥になるため、山に囲まれて、都会の街並みの光は漏れてきません。

一つ一つの星がキラキラと瞬き、時には肉眼でもはっきりと天の川が見えます。天体の写真でしか見たことなかった天の川が望遠鏡なしで見えるのです。

私の仲間の中には、星をこよなく愛する人がいて、星を見るためだけに天井に穴をあけたバンに乗っている人がいました。その人は来ると、運動場の真ん中にブルーシートを引いて、寝ころび星を見ます。私たちもみんなその人が星を見始めると各々枕をもって運動場の真ん中に寝ころびに行きます。本当にきれいで、見とれてしまいます。都会でこんなことしていたら、不審者扱いをされてしまうでしょうが、もう6時以降は、誰も外には出てこないので、全然平気です。

また、月夜の晩になると空が青白く輝いて、運動場では、かげふみができます。

自称、私は月の人なので、時折、月の光を全身に浴びるために運動場にでます。子どもたちが、先生なにしてるの?と聞くので、「ごめん私は月から来た人なので、時々月の光を浴びないとエネルギーが足りなくなるから、月のエネルギーを補給してるの!といってあります。

子どもたちはみんな ほー!・・・仲間のみんなもフンフン!・・・さもありなん!といった感じなので、私が本当に月からきた人だと思い込んでいる子どももいます。大きくなってから、「ここから」にいたときは本当に先生は月から来たんだと思っていた・・と聞かされることもしばしばです。

でも、私は月のひかりを浴びていると、なんか本当にエネルギーがたまり、気分は落ち着いて、頭の中が整理され元気になる気がします。

時折、いろんなことで頭の中がいっぱいになって混乱するときは、夜のお散歩!と言って、運動場をぐるぐる歩き回って学校を眺めては、新しいアイデアや、頭の中の整理をします。そう月夜の晩が最適です。

だからいろんな意味で、私は夜が好き!月夜が大好き!

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