社会人になってはみたけれど

社会人2年目になった。

私は大学時代2年くらいプーだったので年齢で言えばそんなにフレッシュな2年目ではない。
出版社に入った。編集部。文章を書くのが好きだった。夏休みの読書感想文は、本を読まずに8月31日の数時間で仕上げても佳作以上をとれた。審査員の大人たちは見る目がないなと思ったと同時に、これはコスパがいいぞと気づいた。

「小さな労力で大きな成果を生む」資本主義社会の神髄ではないか。日本は結果よりそれまでの過程の努力をあまりにも美化しすぎている。
私は結果が良ければすべてよし。だと思う。大人を馬鹿にしながら作文を書き続けた。最優秀賞をとって「私も主人公のようになりたいと思いました」とコメントする。大人は扱いやすい子どもが好きだ。

横浜でプー太郎を2年したあとに、いよいよ就活せなにゃらんと、この重い腰とケツを上げマイナビとリクナビを開いた。
そのころにはほとんど求人は始まっていて、さらに書類提出の締め切りは終わっていた。
仕方ない。私は頭が良くないので学力テストはナシ、さらに作文重視の会社を探した。
数社受けて、見事に弊社から内定が出た。というか弊社だけしか内定しなかった。持ち前の口から出まかせと、創作文章能力のおかげだ。

入社後は当たり前だが、人の文章を触りまくっている。
企画を立て、通ったら著者を口説き、さらに口説き落とせたら一緒に本を作っていく。

「好きだよ。世界で君が一番才能あると思うんだ。君だけの魅力に惚れたんだよ。だから一緒になろうよ」

と何人も何人も口説く。
そのうちほんとうに好きになってくる人もいれば(もちろん恋愛ではなく著者として)、残念ながら「イマイチ合わん」と思ってしまう人もいる。
それでも口説いたからには絶対に俺が幸せにしてみせる、と気合を入れて原稿を読み、考える。
どうしたらもっと面白くなるのか、ページ構成はこれでいいのか、章テーマは今のものでベストなのかどうなのか。


一生これをやっていくのか。ベルトコンベヤーのように、どんどんどんどんあがってきた原稿をチェックして、デザインを決めて、刊行して、著者から連絡が来て、返事して、原稿をチェックして、、、、

自分の好きなことを仕事にできたことは本当に幸せだと思うし、こんなバカ女を雇ってくれた弊社には感謝しかないがたとえば四十路になってもこの畑にいる私の姿は見えないのである。


もっとなんだろ、『5時から夢中!』に出演トカしたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?