インダストリアル/EBMからArca〜FKA Twigs、そしてBillie Eilish:マシーン・ミュージックとエモーション


Twitterで相互フォローさせて頂いてる李氏さんの上記ツイートを見て思った事の雑記。話題のBillie Eilishを引き合いに出しつつ、どっちかというとFKA Twigsの話かな。

初のフルアルバムから先日のCoachellaでのパフォーマンスも話題になった新鋭Billie Eilish。彼女の背景に李氏さんの挙げるAndy StottやBen Frostら10年台初頭からジワジワと注目度を上げてきたアンダーグラウンドなインダストリアル・テクノやEBMの潮流がある事、これはその辺りのシーンを追ってきた人の共通認識でしょう。あまりその辺りに詳しくない人には、Kanye West『Yeezus』やDanny Brown『Atrocity Exhibition』への参加やSiaのリミックス等でヒップホップ/R&Bやポップシーンまで至る橋渡しも担っているEvian Christ、Alva NotoのRaster-Noton(現Noton)所属でゼロ年代エレクトロニカから10年代シーンを繋ぐ存在Kangding Rayら重要人物が名を連ねるBen Frostのリミックス盤『V A R I A N T』から聴き始めるのが良いと思う。

そしてそこから更にBillie Eilishという現在へ至るまでへのキーパーソンがArcaそしてFKA Twigsである事、これも間違いない。そしてこの両名を語るに”ポスト・ヒューマン”的なキーワードが使われた事、これも確か。特にArcaの盟友Jesse Kandaによるヴィジュアルイメージはまさにその形容が相応しい。ただことBillie Eilishへ結びつけるにおいてはそのキーワードが適切かと言うと俺の認識はちょっと違って、Arcaの時点でBen Frost等がやってきた事が人間的なエモーションに結び付いたなという感じがあったんだよな。『&&&&&』や前述Evian Christと共に参加したKanye『Yeezus』参加曲ではあまり感情を見せないドライな音響実験という感じがあったけど、初フル作『Xen』は歌詞もヴォーカルも無いのにエモーションの塊のように感じられた。これは高評価を与えたPitchforkのPhilip Sherburneレビューにおいて"sensual”という表現が、点数的には煮え切らない評価のResident AdvisorのAndrew Ryceレビューにおいても"自己表現の物語”というワードが用いられ、更にMikikiの小野田雄レビューではそのものずばりな”喜怒哀楽の感情”という言葉も使われていた事から、俺の極私的な感想に留まるものでは無いと言っていいと思う。

で、FKA Twigsだ。Arcaによるプロデュースであるその出世曲「Water Me」、これはJesse KandaによるTwigsの顔を左右対称にして人間味を消した不気味なMVとは裏腹に、歌詞のテーマはセックスレスなんですよね。そして初のフルアルバム『LP1』を経てのEP『M3LL155X』MVでのダッチワイフ化はTwigsの表現の象徴にして究極と言える形で、ヴィジュアル的なインパクトが先行する上に自分は文字通り人間では無くなってる訳だけど、「I’m Your Doll」の歌詞は"モノ扱いしてもいいから他の女の事見ないで"っていうある意味凄く下卑たでも切実な、どれだけ幅広いと言える層にまで共感を集めるのかわからないけど、俺なんか正直わかる部分もあっちゃったりするタイプで、J-POPで言うと西野カナとかさめざめみたいな、俗っぽいとされるシンガーにも近い所あると思うんですね。

そう言う意味でexcessiveなサウンドと共感喚起型の感情発露の同居という点でBillie EilishはFKA Twigsの敷いたレールの上を歩いてる部分すらあると思っていて。ただ、別にビリーが二番煎じだの何だの言いたい訳では無く、兄の作るサウンドにせよ本人の歌詞にせよ、それから曲調のバリエーションの広さやインスタ等におけるファッションアイコンとしてのキャラの押し出し方は確実に絶妙なバランスで過去に類を見ないもの。更にキャラ立ちが個性的というのみならずサウンド面にも作詞面にも、Twigsの現時点最新作である前述の『M3LL155X』以降4年間のあらゆる動きも反映されたコンテンポラリーでカッティングエッジなものでもある。具体的に言えばFrancis And The LightsやBon Iverによって広められたプリズマイザー(的なサウンド:実際にはこの名称を持つエフェクターの実機はエンジニアの手売りのみとされていて、兄との共作による家内工業的なビリーのプロダクションではiZotopeのVocalSynth等の似た効果を持つ別のエフェクトが用いられている可能性が高いのでは?)の導入だとか、歌詞の面では声高では無いものの日進月歩で移り変わるフェミニズムやリベラリズムといった価値観多様化のフロントラインに立つ思想の変化が確実に反映されてると言えるでしょう。というか、Twigsが「Water Me」を発表した時に若い女性がセックスレスを赤裸々に歌うというトピックだけである程度騒がれた事がなんか遠い昔のようにすら思えるの、冷静に考えると凄い。裏を返せば女性のビリオネアも多数排出して、60年代からの反戦メッセージなどなんとなくリベラルな顔をしていたポップ・ミュージック界もその実価値観的にはいかに男性的なものが支配的だったかという事でもあるんだけど、Beyonceのようなベテランの域に入ってきたアーティストからビリーのような10代の若手まで、それを吹き飛ばさんとする近年話題を巻き起こす女性アーティストのエネルギーは本当に凄い。

こう書くとTwigsの表現が少し古びてしまってるようにも思えるけども、しかしもう一度Twigs側に寄せればそもそも、近年ポップミュージシャンのアルバム発表スパンが再び短くなっている中音楽作品においては長過ぎる4年という沈黙がある訳ですね。その点この間に30も越えた彼女にビリーみたいな小娘にエッジーなサウンドのフロントラインもエモいディーバ的立ち位置も奪われてたまるかというライバル心が燃え上がってる事も、それを作品にしてビリーのお株を奪う勢いのものを出してくれる事も大いに期待したい所で、何を言いたいかと言えばTwigs早く新作出せや、今が絶好のタイミングだぞ、という。先達と言えるBjorkが『Utopia』というここに来て最高傑作を更新するような作品を出し、ビリーが全世界のティーンを虜にする中で、その間の世代に位置するTwigsが再び過激なエレクトロニック・サウンドと内省的エモーションという代名詞を自らの手に取り戻す強烈な作品を出してくれる事を、本当に、本当に待ち望んでいる。

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