見出し画像

少年-餓鬼

GW最終日、僕は彼女と潮干狩りに行った。
5月に入って汗ばむようになってきたが、その日は曇り気味で過ごしやすかった。

前の日に彼女の家に泊まって、その日は朝から車で海へ向かった。
行きしなにスタバのドライブスルーで僕はドリップコーヒーのアイス、彼女はダークモカチップフラペチーノを注文した。
休日の午前中にスタバに行くのは少しテンションが上がる。「帰りにワンモアコーヒーしなくちゃね」、なんて言いつつ僕は車を走らせた。

その日の干潮は昼過ぎごろの予定だった。そのまま潮干狩りスポットへ向かうには少し早かったので、目的地付近の神社に寄ったのち、近場でランチを先に済ませることにした。

その神社は僕の地元の近くだった。それなりに大きな神社だったので小さい頃から何度か行ったことがあった。彼女は初めて行くとのことだった。
小さい頃から見たことある場所だが、最近は世界遺産に登録された影響なのか社務所やらが小洒落た雰囲気になっていてなんともむず痒いような気分だった。まあ地元の田舎が発展するのはいいことではあるんだが。

神社で潮干狩りの大漁を願ったのち、僕たちはランチへ向かった。
目当てのお店は海が見えるイタリアン、地元ではわりと人気のあるお店だ。
ゴールデンウィークだし満席かも、と思い行く前に電話をかけた。
電話に出た女性は少し愛想がない感じではあったが、丁寧に対応してくれた。たまたまキャンセルが出たとのことで、予約を取ることができた、ラッキーだ。
少し道がわかりづらかったが、予約時間にはお店に到着することができた。
ログハウスのような2階建のお店に入ると小さめのホールのような場所だった。少し待ったが店員さんが気づいていないようだったので、「すいませーん、、」と言いつつ僕は奥を覗いた。
覗くとひとつのテーブル席があり、そこでは中学生くらいの少年が勉強をしていた。GWの宿題でもやっているのかな、などと考えていると店員さんが気づいてくれたようで、2階の客席へ案内してくれた。
どうやら基本的には2階が客席になっているようだ。窓が大きく海がよく見えた。テーブル席や海に向かったカウンター席などがあり、どこもお客さんで埋まっていた。
席につき、ふたりでメニューを眺めた。
メニューは何種類かあったが、1800円でサラダ、フォカッチャ、メイン、デザート、ドリンクがつくものを二人とも選んだ、いろいろついている割にリーズナブルだ。メイン、デザート、ドリンクは選べる形だったので、僕はイカと山菜のペペロンチーノ、パンナコッタ、エスプレッソ、彼女はサーモンと春野菜のクリームパスタ、ティラミス、アイスティーを注文した。
ペペロンチーノは正直あまり当たりとは言えない味だったが、海をボーっと眺めながらエスプレッソを飲んでいると、「イタリア人みたい。」と彼女が褒めてくれた(きっと褒め言葉に違いない)ので、まあ満足だ。

ランチを食べ終わり、潮干狩りスポットへ向かった。
干潮にはまだ少し早いかなと思ったが、到着するとぼちぼち人がいたので僕たちも始めることにした。
僕は家から潮干狩りに使える鎌みたいな道具を持って行った。彼女は百均で買った恐竜のミニスコップを持ってきていた。とても可愛らしいなと思った。でも、なかなかに掘りづらそうだった。笑

GW最終日で混むかなと思っていたけど、前日まで雨予報だったこともあってか思っていたほど人は多くなかった。
潮はそれなりに引いていて、先客たちはまばらに散らばって思い思いに貝を掘っていた。
僕らも掘り始めたがなかなかお目当てのアサリは見つからない。
彼女はたくさん獲れるに違いないと思っているようだったが、近年はアサリが減ってきているというようなニュースも見たことがあったので、内心本当に獲れるのかと不安をいだきつつ僕は掘り進めた。

あれこれ考えつつ10分くらいか掘っていると手元から、ガリッ、と音がした。
子供の頃から何度も潮干狩りはしたことがあり、その感触には覚えがあった。アサリである。
ついにファーストアサリをゲットし、僕はすぐに彼女に見せ自慢をした。
彼女も恐竜を駆使して頑張っていたが、なかなかに苦戦しているようだった。そんな彼女を横目に僕は掘り続けた。どれもあまり大きくはないがさらに数匹のアサリをゲット。彼女ノーヒット。
彼女は場所を変えると言って離れたところへ向かった。
僕は数匹のアサリが獲れたその場所を黙々と掘り続けた。付近を結構掘りさらに何匹か見つかったので、僕も彼女のいる方へ向かうことにした。
彼女も何匹かゲットできたようで嬉しそうにしていた、僕も嬉しい気分になった。
そしてまた一緒に掘り続けた、彼女の見つけたゾーンは最初のところよりもたくさんアサリがいるようで、僕もそこでまた何匹もゲットした。そしてさらに掘り進めていると大きめの貝が出てきた、ハマグリである。僕はまた彼女へ見せびらかし、また掘り進めた。2時間くらいは掘っていただろう。僕のバケツには小さすぎてリリースするものも含めるとアサリ40匹程度とハマグリ3匹が入っていた。
さすがに結構な時間が経ったので僕はトイレに行きたくなった。彼女はまだ我慢できるとのことだったので、バケツを彼女に預け僕はトイレに向かった。
海浜公園なので近場に公衆トイレがあった。男子トイレへ入ると洗面が砂で詰まって水が溢れそうになっていた。洗面で砂を落とすなんてタチの悪いやつもいるもんだな、と思いつつ僕は用を足し、水が溢れないように手を洗って外へ出た。
スッキリした僕はまた掘り進めるべく彼女が掘っているところへ戻り始めた。
そして事件はおきた。

トイレと掘っていた場所までは5分弱くらいかかる。
僕はトイレを出て3分程度歩いた、彼女の掘っている姿が認識できるくらいの距離に来た。
彼女は黙々を掘っている。僕のバケツも彼女の背中から3メートルくらいの位置にあるのが見えた。
頑張ってるなと微笑ましく思っていると、彼女の近くを青い帽子を被った少年が通り過ぎた、おそらく小学校3、4年生くらいの背丈じゃなかろうか。
その子は彼女の横を通り過ぎると僕のバケツのところで立ち止まった、そして2秒くらいたったまま僕のバケツの中を覗き込んでいた。彼女は一生懸命掘っていて少年の存在に気づかない。少年は周りをキョロキョロと見回した。そして次の瞬間、しゃがんで僕のバケツに手を突っ込んだ。

まさかっ!!

と思ったが、声をかけるには遠すぎる。
僕の戻る足が早くなる。
少年はすぐにバケツのところから走り出し、10メートルくらい離れたところでまたしゃがみ込むと持っているアミの袋へ何かを入れているそぶりを見せた。
そしてまた足早に遠くへ歩いて行った。

こいつやりやがったな。。

僕は急いで彼女のいるところへ戻り、自分のバケツを覗き込んだ。
たくさんのアサリたちとハマグリが2匹いた。
『ハマグリが1匹いないっ!!!!!!!!!!』
やはり少年は僕のバケツから貝を盗んでいるようだった。
自分で管理していなかった僕や少年に気づかなかった彼女が悪いと思う人もいるかもしれない。が、そんなことはない。盗む奴が100悪い。

貝一個くらい見逃してやるかとも思ったが、なんだかそれでは良くない気がしたので、僕はまたバケツを彼女に預け、少年の後を追うことにした。
少年の方へ目を向けると、彼は家族と話をしているようだった、盗んだハマグリを見せて自慢でもしてるのか、などと思いつつスタスタと少年の方へ向かう。するとまた少年は一人歩きだし遠くへ向かう。僕はさらにスピードを上げて少年を追う。遠のく少年、追いかける僕。
少年は向こうを向いていて僕に気づいていないようだ。少年は立ち止まり、下から何か拾い上げて観察し始めた。
少年の背中が近づいてくる、そして僕は声をかけた。

「ねえ君」
「えっ」
振り返る少年
「貝、盗ったよね?」
「っ・・」
急に声をかけられ驚く少年
「貝、盗ったよね?」
「・・・盗ってないです。」
「さっき貝盗ったよね?ハマグリ」
「・・盗ってないです。」
「いや、見てたよ、さっきバケツから盗ってたよね?」
「盗ってないです。」
頬が赤らみ目が泳いでいる。こいつ盗ってないで乗り切るつもりらしい。
だが、持っているアミにはハマグリだけが入っている。やはりこいつやってやがる。。。
ハマグリだけがいきなり獲れるなんて確率的にまずないだろう。
「じゃあ、そのハマグリどうしたの?」
「掘った」
「どこで?」
「向こう」
向こうってどこだよ!
「嘘ついてるでしょ、盗ったよね?」
「盗ってない。」
少年の目が少し赤らんできた。
埒が開かない、親のところへ連れて行こうかとも思ったが、たかが貝1匹にそこまでするのはこっちがヤバイ奴みたいになるしな。
これ以上問い詰めて泣かせても面倒だしな、と思いハマグリは諦めることにした。
「盗ってない?絶対?」
「絶対。。」
はああ、嘘で乗り切る体験をさせるのも大人として良くない気もしたが、それ以上はめんどくさいので切り上げようとしたとき、少年が口を開いた。
「これなにかな?カキ?」
さっき拾い上げて観察していたのはカキだったようだ。
カキ?ってそれは見ればわかるだろ、と思ったが純粋な疑問なのかと思って
「カキだと思うよ。」と返した。
すると、少年は
「カキかな?生きてるのかなあ?」などと目を泳がせながらぶつぶつとまた喋り始めた。
その時、僕は気づいた。
このガキ自分に都合の悪い話を回避するためにカキの話にすり替えようとしてやがる、と。

頬や目を赤らめがらもカキの話をするそのとき少年の顔は僕の目にはひどく醜悪に見えた。

もうこれ以上は意味がないと思い
「さあね」と僕は返し、
「人のものを盗ったりするのは良くないから、もうしないように」とだけ最後言い残し、少年のもとを去った。

彼女の元へ戻り、ハマグリを取り返せなかったことを伝えた。
彼女に慰められつつ、「怒るの下手だもんね」と言われ、もう少しうまい言い方ができれば少年にも改心の機会を与えられたのかな、などと少しだけ自分の言い方を反省した。

まあ所詮は他人の子供だし、気にしてもしょうがない。
と思い、また少し掘り進めた。
どうやらハマグリの神は僕たちをまだ見放してはいなかったようで、それから彼女と合わせてさらに4匹のハマグリを見つけることができた。
アサリも結構な数獲れたので、ぼちぼち終了することにした。
最後に小さなアサリたちはリリースしたので、半分近く減ってしまった気もするが、二人で食べるのに十分な量はゲットすることができた。

海辺をあとにした僕たちは帰る前に近く温泉へ立ち寄った。汗や汚れとともにハマグリを盗まれた嫌な気分もスッキリと洗い流すことができた。うん、整った。
その後、お腹も空いていたのでうどん屋さんへ寄って晩ごはんを食べて帰路についた。

貝たちは2日間砂抜きして、彼女お手製のアサリカレーとバター酒蒸しでいただいた。
とてもとても美味かった、また食べたい。

そういえば、結局あの少年はハマグリを食べたのだろうか、僕としては罪の味としてしっかり味わったうえで反省してもらいたいところだ。

子どもは純粋とかよく言うけれど、それはいい意味ばかりではないと僕は思う。僕が小学生だったころの周りは、気に食わない先生をバカにしたり、人のおもちゃを奪ったり、共有のものを独占したりなんかする子どもが多かった気がする。自分の欲を自制できないまさに餓鬼のようなものだ。まあ大人が自制できているかというと、怪しい人ばかりだけど。
まあたかが潮干狩りなのかもしれないが、いろいろと考えさせられた、いい勉強になった。
将来もし自分に子どもができた時はそれなりに悪くはない教育をしたいと思えた。いい教育をしようってのは思い上がりすぎだと思うので、悪くない程度のものができるといいよね、と今は思う。

あのときの少年の行動には驚いたが、今となっては面白い出来事だったと思える。
まあなんやかんやあったがとても良い潮干狩りデートだった。貝料理も美味しかった、また数年後に掘りに行きたい。

ただもし一点だけ何か心残りを挙げるとすれば、帰りにワンモアコーヒーを、買い忘れたことかな。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?