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ストレンジャー・ザン・ストレンジ・パラダイス : 02

※※※ 01 慈悲の座 ※※※
https://note.com/443_722/n/n4aefcf422651

※※※ 02 ガンガ・ディン ※※※

──おうマチルダ、GT400(ヨンヒャク)で迎えに来てくれ。
──何?ダイナモでも拾った?
──いや、女子高生を拾った。
──あんまり死体に同情しちゃダメ。日本人?
──せや、ちゃうねん。生きとる。
──ほんとに?私が着くまで生きてる?
──こないだのアラブの兄ちゃんの話すな泣いてまう。腹に弾食ろてるわけでも膝から下がのうなっとるわけでもない。
──なら歩ける。“酔い”覚ましにもいいよ。
──おいおい鬼か、“イド”に喰われかけたガキやぞ。
──私よりはきっと上よ。
──お前は『ヒット・ガール』みたいなもんやん……日本の治安の良さなめんな。
──よかったね。
──?
──生きた“ストレンジャー”はアメシマくんが最後だった。
──結果な。まあ、落ち込んでもしゃあない。
──行くわ。“鼻くそ(ボギー)”に気を付けて。
──ありがとう、大丈夫。まだ弾ある。

 片耳に当てていたヘッドホンを耳から離して、卓上のマイクを脇にやると、マチルダはタバコに火を付けた。座っている長椅子の背に体を寄せ、下唇を突き出して煙を吐くと、光の透ける前髪が揺れて繊細な肩が上下した。いかにも拾ってきた然としたグリルの無い集音部の剥き出しのマイクと同じ様に、裸のマチルダの鎖骨の辺りに灰が降って、それを親指で拭うとタバコを置いて、思い出したように太股の上で丸まったバスタオルを頭から被った。
 カウンター・テーブルの上には、吸い殻で一杯のアルミの灰皿、数冊の擦り切れたペーパー・バック(湖中の女、ニューロマンサー、地下街の人びと、わたしを離さないで、ダンマパダ、光あるうちに光の中を歩め……)やNewton、磁器化学や量子力学の学術書。人差し指ほどの大きさのナイフが口の開いた瓶の中で束になっていて、赤とクリーム色のポータブルのレコード・プレイヤー、に乗ったEcho & The Bunnymenの1stは波打っている。色の付いた液体の入った幾つかの細口の瓶が色のついた影を落として、それを反射した薬莢、火薬壺。エレキ・ギターの配線にピックアップ、裸のスピーカー・コーンや、半田ごて、基盤の露出した何かの機械や、針のメモリの窓やつまみが幾つも付いた鉄の箱(の上に同じような鉄の箱が幾つも積まれている)が散らかっていて、それは毛髪のようにテーブルの外にまで大量に垂れ下がったコード類で床の上にまではみ出た機械類を経由してテーブルの上に戻り、黒地に緑の線で波形や数字を浮かばせたブラウン管のモニターに繋がれている──本来の用途は隠されているが、手前に並んだ(形はバラバラだが)7脚の長椅子がバー・カウンターの名残を見せている。テーブルを挟んだ奥の壁も酒瓶以外の物が目立ち、ボトル・ラックとしての印象は薄い──ディックの短編のような、荒廃の後の雑貨屋のウォール・シェルフのよう。
 立ち上がって着る物を探しながら湿り気の残った髪を拭いているマチルダの、色素も厚みも薄い胸元からのラインが産毛を思わせる下腹部の金の毛で柔らかくなるのを、顔に伏せたハットの隙間から目でなぞる。
──“開いた”先はニッポンか?カズマのニッポン語は訛りが酷いんだな。窓際にあるカウチから体を起こしながらその視線の主が言って、ハットを被り直す。マチルダは頓着なさそうにウェールズ訛りに近いのかも(受信したままのラジオが中古車を高く買う寸劇のコマーシャルをがなっている。親子劇で、よく調べずに車を売った父役を、もっと高く売れる方法があるのにと息子役が非難している)とショーツに脚を通しながら言って、その姿を指で作った画角に納めながら、ニッポン語は奴のしか聞いたことがなかったが、と視線の主。オレの故郷(ステイツ)ではテキサス訛りに近い気がする、崩れてて大げさだ。
 聞いてる通り、マチルダがテーブルの隅に無造作に積まれたスピーカーを目で指しながら、迎えに行くからしばらく空けるよ。……“葬儀屋”も大変だな、“慈悲の座(マーシー・シート)”が開く度に墓が増える。さながら“向こう”から漏れるFMは天使のラッパ(アポカリプティック・サウンド)だな。指で折ったブラインドの隙間から、窓の外の十字架の列を眺めながら男が言って、それだけじゃないよ、と差し込んだ陽に目を細めながらマチルダが答える──DJが何か言って、スネア・ドラムが2発と閉じたハイハットの音。

目覚めない したくない
疲れることにも疲れはてちまって
報われずに死んだ クソ、どうにか
あなたの魂が無駄にならぬよう
カプセルを飲む 歌を歌う
それも無駄に終わることを気付いている
眠りたい おお “ガンガ・ディン”

あの場所まで ベッドの上で眺めていた
なじられ打たれ 血を吐いた
あなたが立つ

目覚めた クソみたいに
つり上がった目玉と目が合い吐く
悪魔が 鏡の中
だらだらグズグズ悪口を言う
光が見たい 歌を歌う
外れた調子にフロアが冷えていく
もうやめちまえ 悪いのはお前
チキショウメ 悪魔が笑いやがる

あの場所までステージの上で眺めていた
なじられ打たれ 血を吐いた
あなたが立つ

報われずの魂よ ベットから抜け出せず
悪口と夜になる
そして朝が来てまた夜になる

あの場所までベッドの上で眺めていた
なじられ打たれ 血を吐いた あなたが立つ
ラ・ラ・ラ……
墓石に花を添える少女 濡れた目で

何をしてやがるクソ野郎
今すぐベッドを降りろ

 マチルダがはしゃいだ様子で、ハミングをしながら襟を切ったErykah Baduのシャツから頭を出すと、ストロボの光とシャッターを切る音。ニッポンのラジオでも英国の曲を流すもんなんだなと男が言って、興を削がれたマチルダが、A.T今日はもう終わりにしてよ、と少し膨れて言った。カメラをしまいながら、Pete Dohertyの声だな、Carlもいる。“向こう”では再結成の未来が訪れているのかね……夢のような話だ。詳しいのね、とマチルダが意外そうに言って、ジャズ以外も聴くさ、オールド・スタイルのフィルム・メイカーでもね、と口髭をなぞりながらのA.Tのキザな台詞。Peteは相変わらずモチーフがお賢いね、ジャンキーが自身の境遇とガンガ・ディンの逸話を重ねるとは……。
 報われずの魂よ、か。君もカズマも延々と墓を建て続ける生活にウンザリしてるんじゃないかね……オールド・マンも若い身空に酷な仕事を任したもんだ。左足の膝頭が擦れ右足の殆ど露出したジーンズを履きながら、アメシマくんウジウジうるさいときもあるけど、ひび割れた鋲ジャンを羽織りながら言って、開けたドア越しに少し振り返る。逃げないのよね。

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