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邪念走 第1~10回【気まぐれ~駆け出し編】

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40代ライター 吉見マサノヴがランニング中に湧き出てくる邪念と煩悩について語る現在進行形ランニングエッセイ。 走ろうと思い立った日からランニングビギナーになるまでの過程。しかし湧… もっと読む
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【邪念走】第10回 心に珍妙なものを取り入れる。

ランニング中、目の前を走る初老の男性が乗る自転車。私と同じ方向、同じ速度で走っているので距離が離れるわけでも縮むわけでもない。かれこれ1キロ以上、目の前を走行している。くせえ。風に乗って運ばれてくる強烈な煙草の臭いに顔をしかめる。 いっそのこと追い抜けばいいのだが、ランニングというものはゴールまでの残体力を予測、換算し、それを逆算しながら走らなければならないため、自転車の人が煙草臭いという理由のみでピッチを上げると体力を必要以上に消耗するため危険である。 仮に追い抜いたと

【邪念走】第9回 愛の思念を投げる。

ランニング中、若い女性とよく目が合う。近年のランニングブームに少なからず関心があるのだろう。それとも中年男性がちょっと無理したスポーティーな格好で走っていることが奇異に映るのか。目が合うのは一瞬だが、明らかに見られている。いずれにせよ悪い気はしない。 同じ室内ですらあまり目が合わない妻に、ランニング中に若い女性とたびたび目が合うので、男としての魅力が増したのかもしらんと話したところ、「あなたが凝視してるだけでしょ」と一蹴。そう言われてみるとなるほど思い当たる節しかなく、私の

【邪念走】第8回 突き放され方が病みつきになる。

ランニングを始めて約一月。3日に1回程度、夜のランニングが日課になりつつある。ではなく、夜しか走る時間がないということに気付く。 私には妻と3人の娘がいる。私の妻からみると、夫は「常に勝手な行動をしている生き物」だそうで、自分の都合で残業し、自分の都合で会社の飲み会が決まり、自分の都合で家事をする。こういうものは自分の都合というわけではなく、おおむね不可抗力なのだが、それはただの自己正当化だと妻は言う。 なぜなら、妻が仕事の都合で保育園の迎えに行けない日は私が代わりに行く

【邪念走】第7回 迷わずTカードを差し出す。

アウトレット価格で購入した新しいシューズで数回、3キロほど走ってみたが、足首にわずかな痛みを感じる。「シューズ買ったばかりなんだけど、なんか足首に違和感あるんだよね」と、ランニングが趣味の友人に相談したのが失敗であった。彼は私とそんなに年齢は変わらないが、ランニング歴10年以上の玄人ランナーである。 「え、え⁉ それ慣らした⁉」 まずビックリされる。買ったばかりのランニングシューズは全体的に硬くて足にフィットしておらず、更に私がランニング初心者であるため、まずはウォーキン

【邪念走】第6回 惑わずに幸福へ向かう。

ランニングシューズ購入の唯一の判断基準を「ヒールとクッション性が高い」に絞った私は、ランニングシューズコーナーに向かう前に、『サイズが合えばお買い得! 残り1足アウトレットコーナー』に直行。運良く同じサイズのランニングシューズを発見し、そのまま購入。ヒールとクッション性の高さはわからないが3800円であった。ジャストプライスであった。 何がジャストプライスかというと、この商品にこれ以上の値段は出せないという自分の中の物価基準というものがあって、靴下は3足セットで880円、勤

【邪念走】第5回 流通センターで挑戦する。

さて、どこでランニングシューズを買おう。東京に存在する数多の選択肢の中から私が選んだのは、スポーツ店でもランニング専門店でもメーカー直営店でもなく流通センター。そう、良質な靴を紳士靴、婦人靴、子供靴からスニーカーまで、地域に密着した品揃えをリーズナブルな価格で提供する大型靴店、東京靴流通センターである。 事前の適当なリサーチでは、とにかくヒールとクッション性が高いランニングシューズを選べばいいということはわかった。それだけがわかればいい。これ以上の情報が入ってくると購入の意

【邪念走】第4回 中級者以上のシューズを選ぶ。

ひとまず初めての「なんとなくそれらしい」ランニングを終えた。初めてにしては結構長距離走ったな。思えば遠くに来たもんだ。意外と素質あるのかもな、と自己の眠れる才能の片鱗に触れたかったのだが走行距離わずか2キロ。思わず近くにいたもんだ。まあ初めてだし、シューズが悪いんだろうな。と、自己の不甲斐なさを外的要因に求め、足首と太股と自身の心をマッサージしながらランニングシューズの購入を検討する。 まずはアマゾンでランニングシューズを検索。当然だが何万件も出てくる。選択基準がひとつもわ

【邪念走】第3回 限りなく成功に近いスルーをする。

防寒タイツにハーフパンツにパーカー姿は、休日にランニングという高尚な趣味を持つグッドダンディーエクセレントランニングマンを演出しつつ、「俺はまだ本気は出していない」と、しんどさによってはいつでも撤退できるという心の準備を共存させている。退路を確保しながら格好良く前進しているのだ。俺はイケてる趣味を楽しんでいる。そして全然本気出していない。 「俺はまだ本気出していない」という気持ちは精神衛生上、とても重要である。例えば「自己愛性パーソナリティ障害」の診断基準の一つに「誇大な自

【邪念走】第2回 大志を抱き退路を確保する。

私は防寒タイツにハーフパンツを履いただけで「なんとなくそれらしさ」を体感することができた。 しかし世の中には「なんとなくそれらしさ」を全力で求める人がいる。打ちっぱなしの段階でゴルフクラブをフルセットを購入したり、初めてのスノボで派手なウェアを揃えてしまう人たちである。 過剰な自意識はこだわりを生み、更にそのこだわりを成就させる資産があり、行動力を伴う退屈が加われば、「なんとなくそれらしさ」から「それらしさ」にレベルアップするのだ。 こだわり×資産+退屈=それらしさクオリ

【邪念走】第1回 なんとなくそれらしく始める。

休日の午後、退屈に埋もれていた。全力でリビングに身を投げ出して脱力し、録画したバラエティ番組を眺めながら眠気に襲われるたびに体勢を変える。雪山ではないが寝るとおしまいだ。寝ると休日が死ぬ。これまでも数えきれないほどの休日を「敗北の午睡」で殺してきた。午後3時。休日の生死を分ける時間だ。眠気がくる、体勢を変える。この休日、ほぼリビングでの体位変換に徹している。今日も敗北が濃厚となってきた。   「なんかいいことないかなあ」と呟く。退屈になると「なんかいいこと」の訪れを望む。寝転