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インド人が家族になった日。

インド人が、日本の「堀りごたつ」を初めて経験するとどんな反応をするか、想像したことがあるだろうか。

「インド人もびっくり!」
1964年の東京オリンピック開催の年に放送された、ヱスビー食品の「特製ヱスビーカレー」のCMで、芦屋雁之助さんがインド人に扮して言ったセリフ。
自分が生まれる前のCMのフレーズが浮かぶほど、栃木の実家で目にした異文化との対面の瞬間は、忘れがたい思い出だ。

「結婚するの。インド人と」

海外で働いていた妹から知らせを受けた時は、メールの文面を5度見した。南アフリカのスーダンで途上国支援の活動をしていて出会ったという。両親へ結婚の承諾を得るために日本に一時帰国して、婚約者を紹介したいからお姉ちゃんも一緒に来て欲しい。そういうお願いだった。

国際結婚に不安を感じるかもしれない両親に対し、少しでも味方を増やしておきたい狙いもあっただろう。もちろん姉として妹の幸せのため、全力で応援する。しかし、英語、スペイン語、インド現地のタミル語を話す彼に対し、日本語しか話せない私と両親。コミュニケーションに多少の不安はあったが、大丈夫。重要なのは熱意だ。


ドキドキの両親との初対面の日。せっかく海外から来てくれるわけだし、場が和むように会食の席を設けたほうがいいのではと考え、妹と相談しながらベジタリアンな彼のために

「カツオ出汁はダメだけど昆布出汁はOK」

という細かい要望にも応えてくれる地元の日本料理店を予約しておいた。

その作戦が功を奏し……

などと言うまでもなく、インド人の彼の挨拶の素晴らしさに胸を打たれ、父も母も結婚を快諾してくれた。妹に内緒で、英語で書いた両親への挨拶文を知人のバイリンガルな日本人に頼んで訳してもらい、準備していたのだ。日本語の発音もローマ字表記でルビをふり、いかに妹が素晴らしい女性で、彼女と共にいることがどれだけ幸せか、今日こうして愛する人の両親に会えることが本当に待ち遠しかったこと、心から彼女を幸せにするので、どうか結婚を認めて欲しい。そんな内容だった。

妹が目に涙をためながら笑顔で彼と見つめ合う姿に、私も嬉しさが込み上げてきた。

「はぁ〜、よかった、よかったぁ〜!」

ほっとした気持ちで、晴れて新しい家族になるインド人の彼を、会食の後に実家へ招いた。

掘りごたつを英語で何という?

秋も深まり、暖房なしでは肌寒さを感じる頃だった。実家のリビングには掘りごたつがある。子供の頃から家族みんなが集まる団らんの場所だ。スイッチをONにしてから、思った。
年間平均気温が20℃を超える南インドから来た彼は、当然ながら掘りごたつは初めてだろう。床に穴が空いた構造を知らずに座ると危ない。あらかじめ入り方を知らせなくては。

結婚の挨拶は完璧だったインド人の彼も、それ以外の日本語の日常会話はまだまだカタコトだったので、何をするにも妹が通訳していた。妹も久しぶりの実家でくつろぎたいだろうし、姉としても役立つところを見せたい。

よしっ!

まずは手招きするジェスチャーで(こちらへどうぞ、すら英語が出てこない)インド人の彼を掘りごたつの方へ誘導。

そこで困った。「掘りごたつ」は英語で何というのか? そもそも日本特有の掘りごたつに英訳などあるのか。

「This is ホリゴタツ、アンダー(下)、ホット(温)ホット(温)」

出川哲朗バリの(失礼)英語力で解説しながら、やはり百聞は一見にしかず。

コタツ布団をめくって見せた。
床の底がオレンジ色に輝いている。

「WOW!」

インド人の彼が大きな瞳をさらに大きく見開いて叫んだ。

こうやって足を入れて座ると温かくて、正座しなくていいから楽だよ。ということを伝えたくて実践してみせた。
恐る恐る私の真似をして掘りごたつに足を入れるインド人の彼。

「Uuu……WOW!」

2回めのWOW! が出た。
じんわり、遠赤外線の温かさがインド人の彼の足元を包む。

今度は自分でコタツ布団をめくって中を覗き込むインド人の彼。

「ファンタァァァァァースティック!」

と叫んだ。

ファンタスティック
Fantastic

デジタル大辞泉の解説によると、
1.非常にすばらしいさま。感動的。
2.幻想的で、夢を見ているようなさま。
と書かれている。

私は今までの人生で掘りごたつを見て「ファンタスティック」という言葉が出てきたことがない。日本ではごく普通の見慣れた掘りごたつに、こんなにも歓喜の声をあげてくれるなんて。

インド人もびっくりだ。

さらに続けて、
「ジャーパニーズ クール テクノロジー!」
と叫ぶインド人の彼。

ファンタスティックなだけでなく、掘りごたつの理にかなった構造に対して日本の技術力の高さを褒めてくれた。出川哲朗バリの(失礼)英語力の私にも分かる言葉で。

異文化との対面。

妹の国際結婚によって、インド人の彼の存在によって、ここから怒涛のごとく私もファンタスティックでクールな体験をすることになる。日本での結婚式も、インドでの結婚式も、その後の暮らしも、ふたりの出逢いがなければ起きなかった新しい世界が、待っていた。

結婚式での出来事は、自分の語彙力が追いつかない衝撃が多すぎたので、次の機会にじっくり書くとしよう。

当たり前だった日常が変わる

インド人がびっくりするほど美味しい日本の本格カレーが誕生した東京オリンピックの年から56年後の2020年。
再び巡ってきた東京オリンピックが延期になるなんて、誰が想像できただろう。まして、中止の可能性も含んだ延期など。

夫婦となった妹とインド人の彼は、海外数カ国での暮らしを経て、昨年の春に生活の拠点を日本へ移すことを決め、1歳になる可愛いベビーを連れて都内に住み始めていた。
実家のある栃木からも日帰りで行ける距離なので、「これからはいつでも会えるね」と、孫の誕生に目を細める両親と一緒に、2歳の誕生日を祝う日を楽しみにしていた。

その矢先の、新型コロナウイルスの流行。

お互いに、感染しないように、感染させないように、直接会うことは我慢せざるを得ないまま、今日に至る。寂しさはつのるけれど、海外にいた時からiPadのFaceTimeでビデオ通話していた妹家族と実家の両親は、リモート帰省も慣れたもの。

毎晩、FaceTimeでその日の出来事を話しているという。両親が使っているiPadの画面はいつも指紋でベッタベタ。画面の向こうで孫が「じいじー、ばあばー」と手を伸ばすたびに、手のひら全部で触れようとするからだ。
届かないその手を、どれほど握りたいだろう。体温を感じ、この数ヶ月で背も伸びて体重も増えた孫の「重さ」を、抱き上げていっぱい感じたいのだろう。

近くなのに、遠い。

きっと日本中、いや世界中で、大切な人と会えない時間の長さを感じている。

夏頃には、リアル帰省ができるようになるのだろうか。

インド人パパが「ファンタスティック」と驚いた掘りごたつは、動き回る2歳児にはちょっと危ないから、落ちないように対策が必要だ。さすがに夏は電源を抜いているから火傷はしないけれど、子供目線ではかくれんぼに絶好の場所だし、おもちゃやボールを投げ入れてみたり、何が起きるかわからない。いつでも遊びに来られるように、じいじもばあばも、安全対策をあれこれ考えている。

柿の種がつなぐ家族

妹がインド人と結婚してから遅れること数年後、
姉の私は大阪人と結婚した。

栃木の田舎で生まれ育った姉妹が、インド人や大阪人と結婚するというのは、両親の想像にはなかったようだ。しかし、妹が先に結婚相手としてインド人を連れてきた経験をしているので、姉の私がどこの国の人を連れてこようと大丈夫。そんな心境だったらしい。

縁あって夫の職場が栃木ということもあり、私の実家近くで夫婦ふたりで暮らしている。会うことを我慢するのは大阪行きも同じで、もどかしい。

日本語がカタコトだったインド人の彼(義弟)は、元々の語学力もあって、日常会話が飛躍的に上達している。子供から見た私のポジションを日本語で何というのか妹に尋ねていたことがあり、「伯母さん」と教えてもらってから、私に対して「オバサン、オバサン」と呼び始めた時があった。あわてて妹が「普通に名前で呼んであげて」とフォローしてくれて助かった。

私はというと、英語力は低迷したまま。大阪出身の夫と暮らすうちに、いつしか中途半端に関西弁のイントネーションが身についてしまい、若干の栃木訛りにエセ関西弁が混ざった言語を喋るようになった。さらにコロナの自粛期間中に任天堂Switchのゲーム「あつまれどうぶつの森」にどハマリして、何かと語尾にゲーム内のキャラクターが使う「だなも」を付けたくなったりするから手に負えないだなも。


何が言いたいのかというと。


人との出会いは世界を広げてくれる。

インド人がびっくりするのは日本のカレーだけじゃないし、掘りごたつも視点を変えればファンタスティックで、

インド人の彼が日本でどハマリしたものが
1.わさび
2.みたらし団子
3.歌舞伎揚げ
だったりするように、心が通じる瞬間は、日常にあふれている。

「当たり前」が変わってしまったコロナ後の世界でも、変わらない何かは残っているはずで。


会いたい、
会いたいねぇ。

インドの家族にも、大阪の家族にも。

「わさび味の柿の種」をインド人の彼(義弟)に
「餃子味の柿の種」を栃木土産で大阪の家族へ。

そう思ってまとめ買いしてある。どちらも、以前お土産に持っていったら喜んでもらえた。

柿の種はすごい。(え、結論そこ?)
インドと栃木と大阪をつなげてくれている。

次に会えるその日を待ちわびながら、届いて欲しい想いを込めて、ここに綴る。

















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