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第1話 最初のお客様

「…暇だねぇ…なぁ、軀?」「クルルルル…」
ここは常世と現世の狭間
中界街の32丁目 幽寂 の7番地
中界街には人もそうでないものも受け入れる店がいくつもある。ウチもその一つ…ただ、客は私が選ぶから何時も閑古鳥が鳴いているけれど。

壁の時計に目をやると、針は既に真上を指していた
「おや、もうこんな時間か」さてと、と立ち上がり準備を始める。毎日のルーティーンだ
「軀!庭の木から幾つか桃を取っておいで、今日はそれを〝お代〟にしよう」クルルと鳴いて窓から飛び出す彼の羽根に反射した光を見てその日の天気を知る。光は強く部屋を照らし、机の上の瓶を透かした「…今日は常世は晴天か…出掛けるには丁度いいね」
ニヤリと笑って支度を進める。「あの子のところは天気のいい日にしか近付けないからね」
そろそろかとカゴを引くと中にはきちんと綺麗な桃が入っていた。「ありがとう、それじゃあ行こうか」ドアを開ければ強い陽射しが見に飛び込んできて一瞬、眩暈に襲われる。常世の天候は現世の天候とは逆が反映される。現世は今日雨なのだろう。


ところで軀とは私が拾った鳥である。種類はわからないが大きさからして猛禽類の類だろう。真っ黒な羽は光が当たると七色にその光を辺りに散らす
その様が気に入って大きくなってからも自身の使いとして置いているのだ。

42丁目 御伽 4番地
「ここはいつ見ても不可思議だねぇ」
大きなイモムシに歩くタマゴに不気味なキノコと歌う花。頭のおかしな帽子屋がクツクツと嗤っていつも通りの言葉をかける「お茶でも飲んでいかないかい?今日は〝お茶会〟の日なんだよ」
「お誘いは嬉しいが今日は遠慮しておくよ」
この会話も来る度だ、それこそ最初は悪くないかと付き合っていたが、何せこの〝お茶会〟には言葉通り終わりがない。結局その日に用事を済ませることは出来ず、二度手間になった過去がある。まぁ、偶に時間を持て余した時〝お茶会〟にも参加はする。どんなに巫山戯たことを言っていても、帽子屋の入れる紅茶は美味いのだから不思議だ。

「あぁ、ここだここだ。」
4番地をまっすぐ突っ切った先にある大きな屋敷、
立派な木製のドアが威厳を放ちながら立ちはだかる。「さて…今日は何が出ることやら」少し息を吸ってからドアに耳を近づけると、中から小さな啜り泣く音がした。「なるほど、軀、今日は少しばかり上に持ち上げてもらう必要がありそうだ。もちろん、ドアノブには届く位置で頼むよ?」軀は賢い。すぐに私の言葉を理解してクルルと鳴いた後、そっと私の肩を掴んで上へと飛んだ。要望通りドアノブの少し上に。「ありがとう、お前は賢いね軀。」

「ん〜、今日は啜り泣きだったから…?」ドアノブを右へ3回、左へ2回まわして鍵穴に鍵を差し込むと、カチッと子気味のいい音がしてドアの施錠が外れる。ゆっくりとドアノブを引く━━━━と…