「言葉る」記録#05〜Refuse to be〜

「怒れ、怒れ、消えゆく光に」。

映画「インターステラー」でも有名になった、ディラン・トマスの詩の一節だ。ところがこのツイートでは、ある注意書き看板の写真とともにこの一文が投稿されている。

看板には、

REFUSE

TO BE STORED IN
BLACK PLASTIC SACKS
AND PLACED IN THE
CONTAINERS PROVIDED

と書いてある。一体どういう意味だろうか。

store ~ in black plastic sacks「〜を黒いプラスチックの袋にしまう」place ~ in the containers provided「〜を与えられた容器に入れる」とあることから、おそらくゴミ捨て場の掲示だろう。

問題はこの refuse to だ。命令文だと解釈すれば、「〜ことを拒否せよ」。

そのまま読めば、「黒いゴミ袋に詰められて、与えられた容器に入ることを拒否せよ」だ。何これ? ゴミに向けたシュプレヒコール?

ゴミ捨て場のリサイタルで演者が叫んだら大層盛り上がるのかもしれないが、こんなことをわざわざ看板に書く意味がわからない。かといって、このネタツイートのためにでっちあげられた画像にも見えない。一体どういうことかしら、と思って考えてみる。


もう一度よく看板を見てみよう。1行目、refuse だけ文字が大きくなって、見出しのようになっている。するとこれは、refuse to ~ と不定詞を目的語にとる動詞ではなく、1行目と2行目以降とは区切って読むのではないか。だとすると、可能性としてこれはそもそも動詞ではないという見方がありえてくる。

ああ、ひょっとしてこれは、新聞の見出しなんかでよくある、冠詞やbe動詞を省略したり、文として不完全な句や節を連続させて簡潔に内容を伝える、いわゆる電報の「チチキトク」的な言い回しになっているのでは?

要するに、聞いたことがないので知らなかったが、おそらく1行目の「refuse」は名詞だ。おそらく「produce(名詞)」=「野菜」みたいな感じで、「refuse」だけで「ゴミ」を表す用法がきっとあるのだろう。

2行目の to be ~ は、be動詞を補って [is] to be ~ と読むか、助動詞に置き換えて will/should/must be ~ などとすれば問題なく意味が通る。つまり、「ゴミは黒いゴミ袋に詰め、与えられた(ここにある)容器に入れてください」という住民向けの掲示と取ることができるわけ。

あとはこの一見妥当に見える解釈の前提となっている、「名詞refuse=『ゴミ』」という仮説を辞書で調べて立証するだけである。ウィズダム英和で調べてみると…

ref・use 2 | réfjuːs |
(! -seは | s |)
名詞
U⦅かたく⦆ 廃棄物, ごみ, くず(→ garbage 類義 ); 〖形容詞的に〗廃棄物の, ごみの
▸ a refuse collector
ごみ収集人
▸ a refuse dump
ごみ捨て場.

ある。やった。これで勝ちである。

これで冒頭のネタツイートの謎が解けたわけだが、英語には他にもこのような単語が持つ複数の意味、複数の解釈ができる文構造によって誤読を誘う garden-path sentences「袋小路文」というものがある。有名な例で言えば、

The old man the boat.
Fat people eat accumulates.
The complex houses married and single soldiers and their family.

などがある。ところが、これらは完全文で、かつ明確に「統語的にこれしか考えられない正しい読み方」がある文だ。この Refuse to be ~ は、そうではない。最初に挙げた「〜ことを拒否せよ」も、文脈と意味が合わないことを除けば、統語的には正しい可能性がある解釈になっている。

有名なジョークに、有名な成句である Time flies like an arrow.(光陰矢の如し)には「時は矢のように飛んで過ぎる」の他にも、文脈をいっさい無視すれば、統語的に正しい「時バエ(という種類のハエ)は矢が好きだ」「飛んでゆく矢の速さを計るように、ハエの速さを計れ」「矢がハエの速さを計るように、ハエの速さを計れ」「矢のようなハエの速さを計れ」という4通りの解釈が可能だろう、というものがある。しかしこれも、すべての解釈が完全な文として成立している。
Refuse to be ~ の場合には、完全な文としての解釈以外に、省略をともなう見出し文の書き方として解釈したときに初めて見える解釈があった。

もう一つ、有名な袋小路文のパターンとして、crash blossoms と呼ばれるものがある。これは、新聞の見出し文が省略・多義語の使用などによって複数の解釈(誤読)が可能になってしまうという例だ。この呼び名は過去に実際にあった見出し文、

Violinist Linked to JAL Crash Blossoms

からとられているという。これは、linked to JAL crash を Violinist を修飾する句と読んで blossoms を述語の動詞に取るのが「正しい」解釈なのだが、見出し文であることから (was) linked to ~ を述語と取ってbe動詞が省略されていると考えると、(JAL) crash blossoms (??) という見慣れない名詞句に突き当たってしまう、というパターンだ。

今回の refuse to ~ の場合と比べると、完全な文として読んだ解釈をいったん棄却し、省略をともなう見出し文として解釈するのが「正し」かったわけだから、このパターンとは逆になっていることがわかる。

とすると、思わぬ形ではあるが、この写真を撮った誰かはよく知られる有名な袋小路文のパターンとはどれも違った、新しいパターンの曖昧な文の例に出会ったのかもしれない。

だいたい、誤読した文もなんだか響きが良いのが憎めない。「怒れ、怒れ、消えゆく光に。黒いゴミ袋に詰め込まれ、指定された容器に捨てられることを拒否するのだ」――ゴミ捨てという日常に、ちょっとした反逆のパンク精神が覗いている。全ては、ある一枚の看板から始まっていた。

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