よつは
明日で10歳になる磨李(まり)の冒険。
僕の特等席に君はいた。 いつも乗るそのバスは、家路につこうとする人であふれる、一歩手前の平穏さに揺れている。 日が今にも沈まんとする。 それを特等席から眺めるのが一日の終わりの日課となっていた。 バスは行きと帰りで日当たり具合が反転する。もちろん時間によっても。 僕の帰りの特等席は、運転手のすぐ後ろの席だ。 ちょうど帰りは西になる、一番目線の高い席だから。 その日も仕事が終わって、いつものバスに乗り込んだ。 定期をかざし、いつもの席に座るべく手すりに手をかけて、違和感
祖母からもらったタネが、我が家の祖先である。 祖母は料理の上手な人だった。家にあそびに行けば、ごちそうをこしらえて、もてなしてくれる。 そして植物を愛する人でもあった。庭には愛情いっぱい受けて育った花たちがニコニコと咲き乱れている。 どれくらい前になるだろうか。そのタネを祖母からもらったのは。 いつも私たちが帰る時、祖母は何かしらお土産を手に持たせてくれる。 「健康にいいから」 そんなことを言って、いつの間にかヨーグルトのタネを握らされていた。 こうしてタネは我が家に
見いつけた 見ている君は今しがた まんまと私に釣られたの 知っている 水槽なんて窮屈で 波のゆくまま泳いでて 届いたの 自分勝手に絶ってまで 伸ばし続けた手の先が 真っ先に 伝えたいのは大切な 幾重に纏ったきみばかり だからお願い、もう一度 流れ星よ、落ちてきて。
【登場人物】 磨李:まり。好奇心旺盛な9歳の女の子。 瑛大:えいた。磨李の弟。怖い話が好きなわりに怖がり。5歳。 パパ:磨李と瑛大の父。 ママ:磨李と瑛大のママ。 ランケイ:? また追って更新します。 **************************************** 小説『ジバグルイ』の第1話はこちら。 **************************************** 小説『ジバグルイ』の連載を始めて、昨日で1週間が経ちま
小説『ジバグルイ』の第7話です。前回のお話はこちら。 **************************************** いつの間にか着替えたママにさっそうとかわされ、磨李は口を尖らせながらすやすや寝ている弟のほうへ向かうしかなかった。 「瑛大、起きてー。」 そんな生ぬるい声かけが届くわけもなく、布団から瑛大の手を引っ張り出し、むんずとつかんで上半身を起こさせる。焦点が夢と現実世界の狭間をただよっている。 「瑛大、こわい話好きでしょ?磨李ね、今日見
小説『ジバグルイ』の第6話です。前回のお話はこちら。 **************************************** ママとパパに知らせなければ。命が危ない。 気が付けば、あたりは白んでいる。スズメたちは挨拶を交わし、小声で世間話まで始めている。まもなく太陽も起きてくるだろう。 太陽が夜空の布団から顔を出した頃、磨李はママとパパと瑛大の寝ている部屋までスリッパを履くのも忘れて走っていった。 「ママ!パパ!起きて!ママとパパ、殺されちゃう!」
小説『ジバグルイ』の第5話です。前回のお話はこちら。 **************************************** 「ニンゲンにバレたら一貫の終わりだ。ランケイ様は我々を…ああ!考えるだに恐ろしい!そうなる前に一刻も早く“これ“を盛って、ニンゲンの寿命を縮めるのだ!」 奴らが運んでいたモノは何だったんだろう。 運ぶ先は、冷蔵庫のドアポケット、食糧棚のコーヒーの棚だった。 確か昨日、パパがビールやらお酒やらをたくさん買い込んでいた。パパもママもお
小説『ジバグルイ』の第4話です。前回のお話はこちら。 **************************************** 磨李は今にも歯が鳴りそうなのをなんとか堪え、空気を揺らさぬよう細心の注意を払って寝床へ向かった。カタツムリになったかのような心持ちであった。 布団に潜って時計を見ると、時刻は三時をまわっていた。廊下を歩く奴を見てから一時間も経っていたらしい。 今日は弟、瑛大(えいた)の七五三の前撮りで朝が早い、とママが言っていた気がする。磨李も晴
小説『ジバグルイ』の第3話です。前回のお話はこちら。 **************************************** 「あ!」と磨李は思わず声をあげそうになり、慌てて口を塞ぐ。 なんとか音は飲みこんだものの、言葉を乗せそびれた空気は振動する。 ふいに一番手前にいた奴が立ち止まり、ピクンと体を震わせる。続いて、その周りにいる奴、その前をいく奴、またその周りにいる奴…と次々に波紋状に振動が伝染していく。冷蔵庫の扉のところで指揮をとっている奴のと
小説『ジバグルイ』の第2話です。前回のお話はこちら。 **************************************** 磨李はそっと布団から抜け出し、廊下へのドアに手をかけた。 隙間から見えた奴の姿はもう見えない。ひんやりとした暗闇を纏い、廊下に両手と両足をつく。物音の立たぬよう細心の注意を払い、這ってキッチンへ向かう。キッチンのドアは奴が通れるほどのわずかな隙間が開いていた。 そっとドアを開けると、ぼわんとした明かりが目に入る。冷蔵庫のあたりだろ
「時間の流れは、年を重ねるごとに速くなる。」 周りの大人はみんな言っていた。子ども心にはよくわからず「へえ、そうなんだ」としか思っていなかった十代に入る前の最後の夜、磨李(まり)は見た。 大きさは大人の薬指くらいだろうか。見るからに手入れを怠ってチョボチョボとヒゲが生えてしまったのであろう、皮と骨ばかりの痩せた、人相の悪いニンゲンが、おぼつかない足どりでリヤカーにどっさり積んだ何かをキッチンへ押していくところを。 磨李はまぶたを閉めて、開けて、という一連の動作を5
夢中になる。 子どもたちがあそんでいる様子は、まさにこれだ。 手が、真新しい服が、顔が、泥だらけになっても、へいちゃらだ。泥がついても気付いていないのか、はたまた気付いて気にならないのか。 大人たちの思惑とは裏腹に、当の本人たちは輝かんばかりの笑顔であそびに打ち込んでいる。 目が眩んで初めて、私は大人になってしまったのだと気付かされる。 なんでこんなに眩しいのか。 彼らは全力なのだ。エネルギーの調節のしかたを知らない、と言った方が適切かもしれない。全力であそびに打ち込み、
身の丈に合ったものを履きなさい。 そういう教えがある。 小さい頃の靴を思い出してほしい。自分のサイズより小さいものは足を痛める。成長を阻む。窮屈で、窮屈で、しかたがない。だから踵を踏む。そして靴を傷める。 自分のサイズより大きいもの。これは一見お得に見える。しかし、ぶかぶか歩きづらい。こけやすい。何より全速力で走ることは難しいだろう。 「素直に」という言葉がある。 これは「好き勝手に」やるのとは違う。「好き勝手」というと、他人に迷惑がかかるイメージがある。「素直」は、あり
世の中には数え切れないほどたくさんの素晴らしい作品がある。 絵、彫刻、音楽、物語、演劇… しかし、それらの作品の作り手の大半はこの世にいない。 芸術には自由がある。 作品を見て、聴いて、読んで、どう感じるか。自由だ。 素晴らしい作品たちが作られた当時、それは現代アートだったり現代音楽、現代文学だったりした。作曲家の思いを生で聞けた。 先日、産まれたてホヤホヤの作品を片手に、作り手の声を、思いを聞いた。 ロマンの塊じゃないか。 後世に愛される作品になるよう、私は深く息を
桜の開花を目にすると、とある人の言葉を思い出す。 「何足ものわらじを履いている人は遅咲きだよ。」 と。目に見えぬ糸にがんじがらめにされていた私の目の淵に、小さな泉が涌いた。 聞くところによると、バイリンガルな赤ちゃんは他の赤ちゃんたちに比べて、言葉を発するようになるまでかなり時間がかかるらしい。 親は無論心配する。もしかすると発達障害を懸念し始めるかもしれない。そこで医者は言う。 「心配いりませんよ。じきにしゃべり出します。」 人よりも多くわらじを履いて
物思いに耽る時にビビっとくる音楽。それは思考の行き先と、殊に結びつきが深いように思う。 大切な人はいますか。 あなたはその人にプレゼントを贈る。 君は何が好きだろう。 何がぴったり合うだろう。 何を喜んでくれるだろう。 贈られたモノは 形があれば見る度に、 形がなければ思い出す度、 ふうわり、君を風孕む。 あなたはその人とキャッチボールをする。 どんな球を投げるだろう。 どんな球を投げてやろう。 ぜんぶぜんぶ受け止めて、 ぜんぶぜんぶ受け止められ、 風はふうわり、過