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20240416-0421 ながい一週間


四月十六日(火)
 かなしい報せ。

四月十七日(水)
 まだ受け入れることができない。帰ってきてほしいけれど、そんなことは叶わない。帰ってきてほしい。帰ってきてほしい。嘘みたいなのに嘘じゃない。今までありがとうとか、ゆっくり休んでとか、あなたの分までとか、そんなことは言えない。帰ってきてほしい。私は知っている。時間は解決してくれないことを。この「帰ってきてほしい」をずっとずっと抱えて生きていかなくてはならないのだということを。私はこんなにも無力だ。部屋の中で白い花が少しずつ枯れていく。
 夜、強くやさしい人たちの言葉を読む。
 私、ちゃんとついていけないかもしれないけれど、ずっとずっと愛しているよ。

四月十八日(木)
 ハナミズキが白い花を咲かせている。
 まだ何も聴く気にはなれないのに、頭の中にはいろんな曲が勝手に、とめどなく流れて、それをかき消さないと涙があふれてしまうけれど、かき消すなんてしたくなくて、困ってしまう。今日は仕事が忙しく、へろへろしながら、休憩に入ったとたんまた泣きそうになる。仕事をしていると気が紛れ、けれど帰り道で思い出して、こんな大切なことを忘れていたなんてと思って嫌になる。ものすごく気をつけていなければ、あっという間に引きずられていきそうで、でもそこはどこなんだろう、と思う。直感的によくない場所だと思うけれど、本当にそうなんだろうか、と。
 帰るとめずらしくポストにいろいろ入っていて、その中に、薄紫色の封筒を見つける。いつも誕生日の頃に手紙をくれるMさんからで、この手紙を書いた時、ポストに出した時は、Mさんもまさかこんなことが起こるなんて思ってもいなかったんだ。一枚の手紙が、二つの世界を渡ってきたんだ。そう思うととても不思議。
 夜、スーパーのつめたい巻き寿司を食べる。

四月十九日(金)
 朝、掃除をして、いちごジャムを煮て、スコーンを焼く。小粒のいちごは洗って拭いてヘタを取るだけでなかなか大変な作業だけど、やっぱりちいさな瓶に半分ほどにしかならない。儚い春のジャム。昼は残りもので炒飯。バター醤油。
 窓の外はぴかぴかと緑でまぶしい。よく晴れていてあたたかいけれど、黄砂のため洗濯ものは部屋の中に干している。
 夕方、聞いたことのない、うつくしい鳥の鳴き声。

四月二十日(土)
 Rさんのブログを読む。かなしく、くるしく、でもその純粋な言葉はとてもきれいだと思う。ハナミズキの白い花や、昨日の鳥の声のように。
 時間は解決してくれないとわかっているけれど、日に日に疲れていく脳とからだに困り果てる。元々苦手な選択や決断がさらに難しくなる。何を着る、何を食べる、何を買う、途方に暮れる。
 私は救われていた。それは勝手に救われていただけなんだけど、あなたを救うことはできなかったんだね。どうしてこうなってしまったんだろう。
 夫は美容院へ。帰ってきて、産直とスーパーへ。産直はいつもより遅い時間だから、あまり野菜は残っていない。海苔と、はるかという柑橘を買う。昼は春キャベツとハムのサンドイッチ。夫は実家へ、絹さやをもらいに行く。
 夜は親子丼。食後に、MOWのバニラ。

四月二十一日(日)
 生きるよ。書くよ、つくるよ。
 声を上げていかなくてはならない、みたいなことが苦手だ。私はおしゃべりで、つい余計なことばかり言ってしまうし、それで後悔ばかりしているし、だからできるだけ黙っていたい。声を上げたって、結局伝わらないし、かなしくなるだけだし。
 大きな声の出せる子供だったので、よく褒められた。でも本当は、ちいさな声の子がうらやましかった。
 書くことは、しゃべることとは違う。
 私は沈黙したい。そういう言葉を、文章を書きたい。私は書くことで、何かを訴えるような、示すようなことはしたくない。ただそこに咲いた花がきれいで、まぶたを閉じた裏側に描いて遺すみたいに。
 私の好きなバンドのボーカルは、音楽で人は救えない、とインタビューで言った。そのやさしさに、私は救われる。彼の書く歌詞、つくる曲、歌う声、まなざし、そのやさしさとかなしさとくるしさに、私は救われる。
 ホームセンターで、フランネルフラワーとラベンダーの鉢を買う。フランネルフラワーは一輪、ちいさなびんに生けた。白くてやわらかい花。夫が買いものに行っている間に、トマトを切り絹さやを茹で、小松菜を梅とおかかで和え、たまごやきを焼き、ひじきを煮る。砂糖とみりんと醤油のあま辛い匂い。こうして薄まっていた生活が濃さを取り戻していくことに、私はいつもおびえている。おびえながら、狂ったように書いたり描いたりする。何も救えない、何の意味もない世界を必死でつくる。そうしないと生きていけないから。
 十五時、ぼんやりした味のケーキを食べる。
 一輪だと思っていたフランネルフラワーが、もう一輪咲いた。

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