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豊島美術館

私が世界中で、いちばん好きな美術館は、瀬戸内にある豊島美術館です。
豊島美術館は今年で開館13年目を迎えます。私が行ったのは、ちょうど10年前、2013年の3月の瀬戸内芸術祭の春でした。
豊島美術館は、内藤礼さんという彫刻家と、建築家の西沢立衛さんが、ともに作ったものです。
豊島を自転車で漕いでまわり、山の上から、白い塊を発見、あ、あれだ!それは、まるで宇宙船のようでした。見つけた瞬間から、自転車を漕ぐペダルが速くなり、今でも、あの感動は忘れません。
やっとの思いで、美術館の近くに着くと、登り坂がありました。その坂道を登りきった先に一面、瀬戸内海が広がっていたのです。空と海の境い目がないくらい、青かったです。今までに見たことのない、青さでした。
近くに自転車を止め、チケットを買いました。
美術館の入り口までに、コンクリートのアプローチの始まりがあり、そこを1周してから入ります。森があり、瀬戸内海が一望できて、漁業の風景にも十分に触れることができます。そこにしかいない、植物や鳥たちが歓迎してくれます。
美術館に行くと、「見る」、という行為があるけど、そこは、「いる」、だけでいいのだと思わせてくれるのです。流れでる自然の音に包まれて、いつまでも、いつまでもいたくなります。雨の日でも、風の日でも、荒々しい天気でも作品になってしまいます。夜に行ってみたら、きっとまた違う景色を見ることができると思うのですが。
建物はコンクリートシェルを使っていて、シェル(shell)とは貝殻のことを指していているのですが、響きが海との繋がりを、感じます。もともとは、アイスホッケー場など、スポーツ会場で使われていたコンクリートでもあります。10年前に行った時は、豊島は水不足と言っていたけど、今はどうだろう。
22時間続けて、コンクリートを打設した、職人の方たちの魂みたいなものが聞こえてくるような気もします。明け方に仕上がったコンクリートは、きっと美しかったに違いないと思います。
遠くから、見えた白い塊も、館内に入ると、豊島の自然たちと、溶け込んでいるように思えて豊島だからこそ、ここで生きている作品かなぁと思います。
「母型」という作品名があるけど、私は、あまり、名、タイトルにはこだわる必要はないと思うのです。
軽井沢の千住博美術館には、素晴らしい滝があり、光もあって、実は豊島美術館と地続きになっているのがよく分かります。
建物と自然の繋がりのある空間だと感じます。

現代美術家のボルタンスキーは、言います。僕のことは覚えていなくていい。作品が後世に残れば、僕のことは忘れて構わない、と。
作品ってそういうものでもあるかなぁと私は思います。

「私自身が作品をつくることが自己表現というふうには思っていない。むしろ、そこからいかに離れるか、自己を表現することではないアートをさがしている。私はアートは自己表現とは限らない、別のなにかなのではないかと思っている」内藤 礼

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

追伸。私は豊島美術館が好きすぎて、粘土で小さな模型まで作ってしまいました。あまりに酷い出来でしたが。



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