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ジョンレノン

俺が所詮ナンパ師として活動していた頃、ほぼ毎日川崎の夜を歩いていた。
酸いも甘いも、清濁も、味わい併せ呑みながら仲間と共に駆け抜け、収穫が無ければ飲み屋で朝まで語り合った。
セックスをした女の話、仕事、将来、恋愛…時に熱くなりぶつかり、時に励まし合い、時に共に悲しみに明け暮れていた日々から月日は経ち、今ではもう川崎で偶然仲間と出くわすことも一緒にナンパすることも無くなった俺は、いつからか気晴らしに夜の川崎をひとりで徘徊するようになった。

エドさん、モツさん、ダリさん、サキトさん、キリトさん、ナミさん、あたるさん…誰も居ない。
悲しもうが寂しかろうが彼らには今の暮らし、今の人生がある。
俺ももう、大人になるべきなんだろう。
その時が来るまではせめて、終電後の川崎の夜風とじゃれ合っていたかった。
酒を片手に仲間と待ち合わせをしたオブジェ、女の子を連れ出した公園、セックスしたホテル、泊まったネットカフェ達が目に過ぎるたびにまだ、どこかに仲間がいるような気がした。
俺は今年30歳になったがそんな大人でも歩きながら泣くこともあるんだな、と少しおかしかった。
酔いが回りボーっとした後で、駅前に目を凝らすがやはり誰も居ない。
「ちょっとぉ?」背後から声がした。
誰だ?ふざけてオカマのような声で話しかけやがって。久しぶりだな、酒買ってくるから飲めよ?前みたいに朝まで逃さないからな。
期待をしながら振り向くと誰も居なかった。いや、厳密には仲間は居なかった。そう、俺にはおかっぱ頭の黒いドレスを着たオカマの知り合いなど居ないのだ。

「お兄さんこれからぁ?よかったら一緒にどう?」
缶チューハイを片手に彼…彼女は語りかけてきた。
「始発で帰りますが。」
「大丈夫よ!そこの階段で飲もう!」
俺が失恋した時に仲間に慰めてもらった階段に誘われそこに座ると彼女…彼は俺の太ももを触り始めた。
「お兄さんどこに住んでるのぉー?」
「鶴見です。」
「最寄り私と同じじゃなぁーい!」
「おに…お姉さんはどんなお仕事をされてるんですか?」
「そういうお仕事よ。」
どういうお仕事かは大体分かってはいたがついつい聞いてしまった事に後悔した。
「お兄さん『おまんこ』したことあるぅー?」
「いや、女性とでしたら…」
「これからどう?」
「あ、嫌なんですみません…」
俺のTシャツの背中を引っ張りながら彼女は何かを叫んでいたが、そんな彼女を引っ張りながら川崎駅へ進む。
午前4時、紫色の空に光が差す。


Tシャツを掴んでいた手は俺を横断歩道を渡るまで見送り、始発の京浜東北線に乗ると鶴見川に朝日が映っていた。

仲間と俺の日々が、暮らしが、人生がまた始まっていく。


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