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【ピリカ文庫】京浜東北サディスティック

報酬は入社後平行線で、弊社は愛せど何もない。

「仕事終わったらみんな裏口のとこ集まって。そこで会費も集めるから」
会社内でリーダー的存在の人の声が聞こえた。
どうやらこの後、飲み会があるらしい。
でもオレは飲み会に誘われていない。
新卒から入っているオレを横目に、自分よりも遅く入った中途がニコニコしながら仕事を片付け始めた。
誘われなかったことは別にいい。別にいいけど、なんだか久々にビールを飲みたい気分になった。
華金で浮かれている同僚達の隣を往復するも、何も言ってこないため会社を後にした。
普段は寄らない最寄りの駅のキヨスクで自然と缶ビールに手が伸びた。

"The next station is OKACHIMACHI."
車内アナウンスってこんなに発音よかっただろうか。31年間生きてて初めて気がついた。オレも英語の授業をもっと真面目に受けていれば、こんな風になれたのだろうか。

"The next station is UENO."
金曜日のこの時間はさすがに混んでいる。
乳酸の溜まった足を庇うように、ドア近くの壁に寄りかかった。
電車の窓は色とりどりの街の灯りで溢れていた。

"The next station is UGUISUDANI
さっき買った缶ビールを開けた。電車の中で酒を飲むのは初めてだった。
周りから嫌な視線を感じる。
オレの姿はどこからどうみても、電車の中で酒を飲むヤバめなおじさんになっていた。

"The next station is NIPPORI."
ワコマリアのシャツを着た人からの視線を感じたあたりで、さすがに無視できなくなった。
せっかくのビールも、味が美味いかどうか分からない。
気を紛らわすために、缶のラベルを読む。
周りの視線はいつもこうやって無視してきた。
「リキュール(発泡性)?」
ビールかと思って買ったものは厳密にはビールではなかった。純粋な発泡酒でもない。第3のビールと呼ばれるものだった。

"The next station is NISHINIPPORI."
オレもこのビールと同じだ。
人間にもランクがあるとすれば、オレは第3の人間だ。
今までの人生を振り返った。

"The next station is TABATA."
遠足のバスの席でいつも指定されていた、通路中央の補助席。

"The next station is KAMINAKAZATO."
誰にも注目されなかった、足の骨折。

"The next station is OJI."
一人で遊んでいた、ピクトチャット。

"The next station is HIGASHIJUJO."
共感できすぎてしまう、aiko。

"The next station is AKABANE."
YouTubeで毎回流れる、脱毛の広告。

"The next station is KAWAGUCHI."
いつも曇りで見れない、皆既月食。

"The next station is NISHIKAWAGUCHI."
右耳だけ充電が切れる、AirPods。

"The next station is WARABI."
絶対に綺麗に食べられない、モスバーガー。

"The next station is MIMAMIURAWA."
ずっと嫌な視線が消えないので、周りを睨み返した。
すると見覚えのある一人の男がオレをずっと見ていた。
会社の後輩だ。
目が合ってしまったので会釈する。

"The next station is URAWA."
気まずいが、平然を装いオレから声をかけた。
「あれ、飲み会じゃないの?」
「いや、僕誘われてないんで」
「そっか、そうなんだ」
気まずさより、少し救われた気持ちが勝った。

"The next station is KITAURAWA."
「先輩、酒飲むんすね。いつも飲み会とか参加してないんで、酒飲めないかと思ってました」
まるでグレッチで殴(ぶ)たれたような発言にオレは黙った。
さすがに後輩も察したのか、少し会話をズラしてきた。
「そのビール、いつも家で飲んでます」
「あ、まぁ、第3のビールだけどな」
「いや、僕これ、本物のビールより美味いと思って飲んでるんで。本物のビールの苦すぎる感じ、ダメなんです」
「そっか、ありがとな」
自分が褒められているように感じ、思わずお礼を言ってしまった。

"The next station is YONO."
「この後、飲みに行く?」
オレは咄嗟に言ってしまった。
「まじすか?行きましょう。丁度よかったっす。先輩にしか話せない会社の愚痴が溜まってるんで」

まだ外は色とりどりの街の灯りに溢れている。

オレはずっと出せずにいた辞表をビールの空き缶と一緒に捨てた。

(1912文字)

ピリカさんにお誘いいただきまして、書かせていただきました。貴重な機会をいただきましてありがとうございました。

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