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【ショートショート】夏のおねえさん(春ピリカ2023応募)
風鈴が鳴る。
近くで霊柩車が通った。
「霊柩車を見たら親指は隠すんだよ。大事な人の死に目に会えなくなるんだって」
おねえさんは私の親指を両手で包んで言った。
私は小学4年生。霊柩車は何回か見てきたけれど、親指はむき出しだった。
それどころか手を振ったりしていたと思う。
おねえさんは、私の従姉妹で大学生だ。
夏休みに私の家に遊びに来てくれる。
おねえさんは優しくて、毎年いろんなことを教えてくれる。
私が小1のときはこんなことを教えてくれた。
「鰻と梅干しを一緒に食べると、鰻が生き返るんだよ」
私が小2のときはこんなことを教えてくれた。
「烏龍茶で髪を洗うと髪が染まるんだよ」
私が小3のときはこんなことを教えてくれた。
「人は死んだとき、いいことをした人は天国に、悪いことをした人は地獄に、真ん中の人は中国に行くんだよ」
おねえさんは毎年、小学生でもギリギリ嘘だと気づく事を言い残す。
だからおねえさんは天国じゃなくて中国に行くだろうと思った。
でもさっきおねえさんが言った霊柩車の話は、少しリアリティがあり怖かった。
「バイバイ」
おねえさんはピカピカの軽自動車に乗って帰って行った。
私はとっさに親指を隠した。
おねえさんともう会えない気がしたからだ。
風鈴の音が、少しずつ小さくなって消えた。
次の夏、おねえさんは遊びに来なかった。
お母さんに聞くと、私の予感は当たってしまったようだ。
おねえさんは天国、いや中国へ旅立った。
霊柩車に手を振ったバチがあたったのかな。
涼しい風が吹いていたけど、風鈴が鳴らなかった。あ、少し前に私が割ってしまったんだった。
何か別のことを考えようとしたけど、すぐにおねえさんが浮かんでくる。
しばらくして閃いた。
おねえさんの嘘が本当になれば、中国から天国に送れるかもしれない。
これが私ができる弔いだった。
私はお風呂場で烏龍茶を頭から被った。
でも髪色は変わらない。
凹んだペットボトルの戻る音がお風呂場に響いた。
土用の丑の日、おねえさんを思いながら、鰻と梅干しを一緒に食べた。
鰻の濃厚な脂と梅干しの爽やかな酸味が、意外に相性が良かった。
何もできなかった。
おねえさんを天国に送れなかった。
高学年になったのに。
次の夏。この日は涼しい風が吹いていた。
風鈴の音が聞こえる。
そういえばお母さんが買い直したみたい。
今度は割らないように気をつけよう。
風鈴の音が徐々に大きくなった。
そして家の前に軽自動車が止まった。
「久しぶりだね。はいお土産」
おねえさんだ。パンダの絵が描かれたクッキーを持っている。
おねえさんは本当に中国へ行っていたようだ。
おねえさんはずっと微笑んでいる。私が烏龍茶を被ったことを知らないからできる表情だ。
「このパンダクッキーは実際にパンダが作っているんだよ」
「おねえさん嘘ばっかつくから嫌い」
私はおねえさんに初めて嘘をついた。
おねえさんと再会できた喜びを、親指のようにそっと隠した。
(1184文字)
以下企画に参加させていただきました。
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