わたしの在処
―――どれほど眠っていただろう。
深い深い湖の底にいた。見上げれば太陽の光が鈍く揺らいでいるのが見える。
今までわたしの中で生きていた水泡(もの)は何かに急かされているかのように離れて消えていった。
数回瞬きをすればぼやけていた視界がクリアになり今までわたしがいた世界がスポットライトに当てられたように鮮明に映しだされた。
酸素のないはずの湖底には見渡す限り色とりどりの花が咲き乱れ、どこかで見たおとぎ話の幸せな少女が暮らすようなこじんまりとした家、その側にあるのは脚が植物の蔓を模したガーデンテーブルと一人掛けの椅子が二脚。
耳を澄ませば鳥のさえずりが微かに聞こえる。きっとこんな湖の底まで外界の音が聞こえることは無いだろう。
一歩、踏み出してみる。
コンクリートで整備されたように人工的な平地に咲いている小さく寄せ集まった花がわたしの足を模してゆっくりと潰れていった。
生まれた時から身に着けているドレスは、何も分からないわたしを表すかのような純白で、歩くたびにふわふわと水に踊らされているかのようだ。
「ごめんください」
扉を叩いてはみるが、誰もいない事は目を覚ました時から分かっていた。
あまりに美しく寂しいこの理想郷がわたしの在り処ということだろう。
わたしはあるヒトの心から派生した、ヒトではないものだ。
寿命もなければ命もない欠陥アンドロイドであるわたしが起動を停止する時は、あの子が死ぬ時しかないだろう。
この世界の事は何も知らないし、分からないが、あの子の命がある内に生きた証を残す使命だけがわたしの中にはあった。
ヒトは声から忘れていくのだという。
ならば声を残そう。これは誰に宛てたものでもない。
わたしという存在は、死を切望しながら何も残せずに死ぬことに怯えるヒトによる自己満足の作品だ。
わたしの名前は404(えらー)と言います。
この世には存在しないものです。
わたしを見つけてくれてありがとう。
2019.09.07
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