見出し画像

灯台の夢

今回のヘッダー画像は、CanvaのAI画像生成機能を使って作成したものだ。そういうお題を見かけてたまにはお題に参加してみるかーと思ったのと、AI画像生成に興味があったのと。そんな経緯で書き始めている。
画像生成に入れたキーワードは、「灯台」と「夢」と「夜」。どうしてこのキーワードにしたかというと、今回私が記録しておこうと思っているのが私の「灯台の夢」の話だからだ。


私はあまり夢を見ない。寝ているときに見る夢の話だ。今現在もそうだし、幼いころもあまり夢を見なかった。見るとすれば、目を覚ましたときに「またこの夢か」と思うような夢ばかり。私はいくつかの「定番の夢」を持っていた。その中の一つが「灯台の夢」だ。おそらく一番古くて、一番多く見た夢。幼稚園に入る前くらいから小学生くらいまでの間に見ていたと思うが、もはやその辺りも曖昧になってきている。


あまりに何度も見るものだから忘れることはないと思っていた。けれども、寄る年波には勝てない。と言うにはまだ早いが、それでもやっぱり記憶が朧気になってきたのも事実。このあたりで記録しておこうと思う。


舞台は夜。
幼い私は幼稚園児くらいの大きさで、夜の灯台から夢は始まる。灯台とは言っても、最初に気がつくのはただの倉庫のようなところで、全然灯台らしくはない。薄暗い倉庫の中にいて「自分は誘拐されてここに来たのだ」と認識する。
近くに誘拐犯の気配はない。何度もこの夢を見たけれど、彼らは明確に登場したことはない。けれども、今「彼ら」と書いたように何となく男性の二人組であろうと認識している。監視されているわけでも、拘束されているわけでもないので、私は倉庫の中を自由に動くことができる。小さい子どもだから舐められているのだ。


私は車に乗せられてこの灯台まで運び込まれた。ということを夢の中の私は知っている。そう思いながら辺りを見渡すと、私が乗せられてきた車がそのままとまっているのを見つける。鍵はかかっていない。そこで私は運転席へ乗り込む。鍵はかかっていないどころか差し込まれたままで、難なくエンジンをかけることができる。この行為をなぜこんなにスムーズにこなせるかと言うと、実際に当時の私は自分の家の車のエンジンをかけたことがあったからだ。(もちろん私有地だし、音楽やエアコンをかけるだけで1mmも動かさない)


問題はここから。エンジンはかかった。ライトもつけられる。ここからがいつも大変なのだ。このあと夢の中の私は、なんとひとりで車を運転して家まで帰るのである。先にも述べたとおり、夢の中の私は幼稚園児くらいの大きさなので、本来ならばペダルに足が届かないし、ペダルを踏むとなると前が見えないので運転は不可能である。でも、そこはさすが夢。夢の中でも体の小ささは影響するのだが、ギリギリなんとか走行できるように補正がかかっている。


車をゆっくりと倉庫から出し、夜の中に滑り出すと、このとき初めて私の目に灯台の姿が映る。私が灯台をなんとなくずっと好きなのは、もしかしたらこの夢のためかもしれない。灯台から家までの道のりは何故か覚えているのだが、目が覚めると忘れてしまう。真夜中なので、ほとんど他の車は走っていない。不幸中の幸いである。誘拐犯たちも私が逃げ出したことには気づいていない。途中、高速道路まで利用して私は自宅の駐車場まで帰ってくる。そして、何事もなかったかのように家に戻るのだ。


これが、いつもの「灯台の夢」の流れだ。
私はこの夢を何度も繰り返し、小学生のころにはうっすらとその記憶を夢の中でも保持していた。明晰夢とまではいかないが、車のエンジンを始動させ、夜の闇に光る灯台を見るとき「ああ、またあの道のりを帰らねばならないのか」とうんざりした気分になっていたのである。
いくら誘拐の被害者とはいえ子どもが車を運転してよいはずがないし、家に帰るまでの間に警察に見つからないようにとどきどきするので、この夢はそれなりに疲れるのである。なので灯台の倉庫で目を覚ますと「またか」と嘆息せずにはいられない。記憶を継続するようになると次第に「はいはい、帰りましょうか」といったサクサクさで灯台を脱出し、ナトリウムランプのオレンジに照らされた真夜中の道を淡々と帰っていった。


こういうことを書くと「夢占い的には~~」と言われそうなので先に言っておこうと思う。当時はなんでもすぐに検索するという文化がなかったし、夢占いという言葉もメジャーではなかったので、繰り返し見るこの夢も「よく見るなあ」くらいにしか思っていなかった。高校生くらいになって身近に夢占いにハマった人がいて、そういえばと思いもしたけれど、その頃にはもう見ることもなくなっていたし「別にどうでもいいか」と思っている。今でも。なので、「夢占い的には~~」のご意見はどうかお控えください。別に私はこの夢の謎を解明したいわけではないし、そもそも謎だと思ってすらいない。これはただの記録である。


子どものころ、遊園地のゴーカートなどで運転した際に「うまいね」と言われたときは「当然だろ」と思っていた。だってこんなに運転してきたのだから。それでも運転免許証を取得した今思えば、あの頃が一番うまく運転できていた。現在の私は夜の高速道路なんて極力走りたくない。というか、夜にあまり運転したくない。鳥目だし。
それでも運転はあまり嫌いではないので、車と人が少ないところをのびのびドライブしてみたいなと思っている。


こんな感じで、夢の話でした。

おわり

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?