東京新生活を始める貴方の為の地下鉄縦横マップ①銀座線

この春新たに東京で生活をスタートする皆さん

乗り換えアプリはご利用でしょうか?
行き先と料金だけ分かればそれでいい!!
と言うかたにはさっさと他のタイトルのnoteをお探しすることを勧めます。
地下鉄は外の景色も見えないしつまらない、と思っているならばこれからご紹介する情報は少しも役立たないかも知れません。

でも、・・・日比谷線がなぜ広尾から東麻布を迂回して虎ノ門ヒルズまで蛇行するのか?パンタグラフや架線のある無しやレール幅は何故統一されていないのか?と、不思議に思っているなら、ちょっとお時間を頂戴致しましょう。これを知っておけば電池切れでも頭に路線網が描けるはず(かも)!ついでに地下鉄好きになっているはず(なのかも)!

地下鉄車両の内側や外側には01-〇〇○とか1X〇〇○と言った車両形式が表示されているので探してみてください。頭の二桁目がおおよその路線が完成した順序.トップバッターはゼロワン系=銀座線です。

東京の街に最初に地下鉄が走った頃、地上は路面電車で埋め尽くされていました。まだまだ渋滞も酷くなかった頃、わざわざ地下鉄を選ぶお客は物見遊山が相当いたそうな、ということで日本最初の地下鉄路線は上野〜浅草間でした。
同じ頃渋谷〜新橋間を結ぶ別会社が登場し、両者は路線を伸ばして新橋経由で直通運転が可能になります。それまでは地下鉄・新橋駅が二つ存在したという・・・・マニアならご存知ですね、一つは今も使われないまま遺構として残っています。

渋谷〜新橋間には山手線も路面電車もすでに走っていました。そこに乗り込んで来る位だから、需要は確かにあったのでしょう。後になって路面電車(6系統)が廃止された後も都01路線として同じルートを都バスが走っています。
都バスの方は渋谷から六本木通りを通って、六本木ヒルズ前を経由、赤坂アークヒルズを過ぎて溜池交差点から真っ直ぐ新橋に向かいます。
これが地下鉄・銀座線だと青山通りを赤坂見附に向かい、そこから溜池交差点の方に進行方向を変えます。つまり、渋谷〜溜池間は全く別のルートを辿ったわけで、当時のしたたかなマーケティング戦略が窺い知れるようです。

青山通りと六本木通り、どちらを取るか?地下鉄開業当時の人が今日の繁栄を予測していたかどうかは謎ですが、路面電車の先客を奪わぬよう、棲み分けを考えて青山経由にしたのでしょうか。銀座線沿線には表参道や東宮御所、明治神宮外苑などの定番観光地も点在します。新橋までの時間短縮を狙うならこちらのルートは狙わなかったでしょう。
玉電=玉川電鉄や東横線が乗り入れる渋谷と、オリジナルの鉄道日本発祥の地=新橋はもちろん当時の国鉄=JR線でも繋がっていますが五反田、目黒をぐるりと遠回りしなければならず路面電車が六本木通り経由だったのは時間短縮を図ったゆえの選択だったかもしれません。

さて銀座線の車両を見ていて、何かが違うな?と思った人は観察力に優れた人です。まず車両のサイズが小さい、そしてパンタグラフも架線もない!
天井高が他の路線より遥かに低いことにお気づきでしょうか?なぜならば、
それは建設コストを抑える手段だからです。パンタグラフも架線もないのにデンキが取れるの?取れるんです!レールから!!

直流電気で走る都心の電車は架線とレールからプラス、マイナスの電気を受け取りながら走っています。これは昔からずっと。だから高さ4mほどのところに張ってある電車の架線と地上のレールは絶縁されていなければなりません。長〜いカーボンの釣竿を肩に担いで踏切を渡ることが自殺行為なのはこのためです。(詳しくは書きませんが)

駅のホームでよく見ると(今は見えませんが)二本のレールに並行してもう一本のレールが敷かれているのがわかります。進行方向右側か左側かはその場所に応じて変化します。この給電レール(第三軌条)と車輪からのプラス・マイナス2方向の電気のどちらかが途切れると停電です。(鉄道模型では左・右のレールにプラス・マイナスの電流が別々に流れています)

そうそう、昔の銀座線、丸の内線に乗った人は覚えていますね(?)。駅に近づくと一瞬、車内が真っ暗になったことを。あれが第三軌条の途切れる瞬間で例えばポイント通過の時などにこうしたデッド・セクションが生まれます。(今は充電池のおかげで照明が消えるコトはありません)車両サイズが小さいくせに銀座線のレール幅は新幹線と同じ標準軌サイズ。これは大江戸線・都営浅草線とも共通です。
というのは台車に取り付けた給電のためのソリ(パンタグラフに相当するもの)と第三軌条の間隔が広がり過ぎないための方策です。(大阪市営・御堂筋線や名古屋地下鉄東山線も同じく)

パンタグラフがなくて天井高が低いとトンネル掘削のコストがお得になる理屈はお分かりですね?昔の地下鉄工事はほとんど道路の上から真下に掘り下げて行って後から蓋をするオープン・カット工法で作られました。路面に敷き詰められた鉄板を思い出す人いますか?今ではもうなかなか見られない光景になりました。

実はニューヨークの地下鉄が銀座線のお手本になっています。車両のサイズも長さ以外はよく似ていますね。地上の高架区間では架線に邪魔されないスッキリした車両写真が撮れます。銀座線ではなかなかお目に描かれませんが・・・・

さて、東京に2番目の地下鉄路線が誕生するのは太平洋戦争も終わってしばらくののち、さて何処とどこを結ぶ路線を選ぶのががいいだろう?
当時のプランナーも色々試行錯誤したことでしょう。その話はまた次回・・・・・

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