半導体の無いクルマなんて

ちょっと1950年代に立ち戻って旧いフォルクスワーゲン・カブト虫の配線図を見てみます。バッテリーは今と違って6ボルト。後席の下で黙々と電気を出し入れしています。ヒューズ・ボックス経由でさまざまな場所へ電気を届ける回路が書き込まれています。フロントのヘッドライト、スピード・メーターの照明ランプやワイパー、ルームランプにひとつだけしかないリアのテールランプ。方向指示器は初期の時代には左右に張り出すアポロ型と呼ばれる腕木が上下するタイプが一組だけでした。そしてエンジンの点火プラグに火花を飛ばすため、点火コイルに繋がるケーブル、エンジン周りではスターター・モーターも大電流を要する大お得意様です。

そしてたとえばライトを点灯するとき,計器盤のスイッチはリレー(電磁石)をオンオフするだけで、各ライト類の配線はこのリレーから分岐していきます。エンジンキーをひねるときも、リレーがモーター回路をオンにし、エンジン回転のほうがモーター回転数を追い抜くと,(フライホイールとの)間に挟まった可動式のギアが外れて、モーター回転が切り離されるようになっています。

主な配線はざっとこんなもの。プラスとマイナスで別々にコードを引っ張らなきゃならないか?というとそうではなく、鉄で出来たボディの場合はバッテリーのマイナス端子をボディ直結にして、鉄で出来た車体自体を電線代わりに使っています。だからむき出しの電線が直接ボディに触れたりしたら、ショートの危険大です。

大きな電流を要するスターター・モーターなどは、ケーブルの抵抗を減らそうと、なるべくバッテリー近くに置かれます。いや、バッテリーのほうが近くにある、ので大抵はエンジン・ルームを棲家としています。これには例外もあって、前後重量配分のために重たいバッテリーをわざわざエンジンから遠く離れた場所に置くこともあります。古い車の場合この長い配線の抵抗も馬鹿にならないもので、エンジンがかかりにくくなったときなどバッテリー端子からセルモーター近くまでのアース線側をブースターケーブルなどで直結してやると、簡単にエンジンが回りだす。こともあるので参考にしてください。

オプションのラジオが加わったり,ブレーキペダルと連動するストップランプ、前後左右のウィンカーやナンバープレートの照明灯・・・・時代とともに電装品は増え続けます。

さて、軽量を旨とするトライアル用のバイク等には発電機もバッテリーも持たない車種が稀に存在します。なのにどうして点火プラグに火花が飛ばせるのか?実は発電コイルがエンジンに内蔵されていて発電はしています。スーパーカブにも発電機は見当たりませんが、バッテリーはこの発電コイルのおかげで飢え死にせずに済んでいます。

時代とともに配線の束は増える一方。たくさんの線は束ねられて、一箇所のコネクターで幾つもの配線コードを一度に接続できるようになっています。自動車生産ラインの中で、塗装工程を終えたばかりの裸のボディにまず装着されるのがこのハーネス(配線)類、総延長は何メートルといった単位ではなく何kmにも及ぶそうです。ヘッドライトやテールランプ類も最近はモジュール化されて一箇所のカプラーだけで接続できるようになりました。万が一にも一箇所断線しようものなら診断も交換も大ごとですが・・・

大抵の電装品は点火コイルを除けば直接はエンジン回転には係わりのないものでした。が、時代とともに電気の力を借りずにはエンジンも回り続けられなくなっていきます。たとえばガソリンタンクの中の電磁ポンプ。電気を使わない方法はあるものの今やスーパーカブですら電磁ポンプからのガソリン供給を受けています。

1970年代日本ではいすゞや日産が燃料噴射を電子制御するECGIを採用しました。車載用コンピューターの走りといえる存在で、もうこれは電気なくして語れないエンジンとなります。アクセルの開き具合、水温からエンジン回転数など数多くのデータをセンサーで集めて集積回路に届けます。排気ガス規制が厳しくなると、これに排気温度センサーが加わったり、酸素の濃度を測る02センサーが加わり、そこで最適な噴射の量を演算して実際の噴射装置をコントロールする、これを毎秒ものすごい回数で計算してガソリンを気化させるわけです。

次に電子制御を取り入れたのがオートマチックの変速制御です。それまで一般的だったボルグワーナー社などの3速ATは油圧ですべてを制御するため、迷路のような複雑なオイルの流路が仕切られており、電気がなくてもエンジン回転や車速に応じたギアに変速することが出来ていました。そのオートマチックを4速化するために、とても油圧回路の増設では対応しきれず、各種のセンサーを使って変速のあり、なしを判断する電子機構が取り込まれました。油圧と電子回路の併せ技です。

1980年代になると、今度はブレーキの制御にも電子回路が登場します。雪道や凍結路でもブレーキをロックさせないためのアンチロック機構、これには車輪の回転を知るためのセンサーとブレーキの油圧を一時的に弱める仕組みが必要です。車速センサーと減圧するためのバルブを動かすソレノイドコントロールが演算装置に繋がれて、ドライバーはブレーキペダルを踏んでいるだけで電子回路が一秒間に何度もブレーキを弱めたり強めたりを繰り返します。

この時代、まだ家庭でパソコンを使いこなしている人はごくわずか。でもカーオーディオにコンパクトディスクが加えられるようになると、これはもうマイクロコンピューターの演算なしにはデジタル信号の束を音楽として楽しむことは出来ません。演算装置の恩恵には知らず知らずのうちに浴していたわけです。

90年代にはエアバッグの装備が進み、ここでも衝突を検地するセンサーや電気で火薬に着火するシステムなどにもマイクロ・コンピューターは必須。カーナビゲーションという衛星からの電波受信を前提にしたシステムもアナログ回路では実現不可能なハイテクです。もう、半導体なしでのクルマ作りなんて考えられなくなっていました。

2021年の初頭、自動車業界は空前の半導体不足に見舞われ生産を抑制せざるを得ない状況に陥ってしまいます。半導体がないと工場が何故ストップせざるを得ないのか?お分かりいただけるでしょうか・・・・・・もしも、2008年まで南アフリカで生産されていた日産サニートラック(1970年型B120系の末裔)1400がいまだに生産され続けていたなら、半導体不足など関係なしに生産が続行できていたのか・・・・・・・・・も?

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