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【連載】黒煙のコピアガンナー 第三十二話 後編 手掛かり濃厚

[第三十二話 後編]手掛かり濃厚

 アマンダがバークヒルズの近況に心を痛めている頃、カズラ達一行はフレイムシティに到着した。

 山岳鉄道の始発駅から終着駅まで1週間、その他のローカル鉄道を乗り継いで3日間、計10日間の長旅だった。

「わあ、広―い!」

「綺麗!」

「でけえ……!」

 フレイムシティの中心地のとある駅で降りたニッキー、パリス、ジョンはそれまでの駅とは比べ物にならない立派な駅舎にはしゃぎまくる。

「お前ら、迷子になるなよ」

「おい、あんまり目立つな」

 ジェシーとカズラがほぼ同時に3人をたしなめる。だが、初めての大都会にテンションを抑えられない3人は早速土産物売り場で派手な色のパッケージのお菓子に夢中になっている。

「青いぞ! 何だこれ?」

 ジョンがげんなりした顔で青い着色料で染まったチョコレートがかかったドーナツを指さす。

「何味なんだろう?」

「チョコレートドーナツって書いてある」

 ニッキーとパリスはじっくりとパッケージを観察してどんな食べ物なのか想像を膨らませる。

「青くする意味あるのか!?」

 ジョンは完全に青い食べ物への拒否反応が出ていた。

 話を聞いていない3人にイラ立ったジェシーが店へと足を向ける。

「そんなとこで時間を潰してる場合じゃない。ホテルを探さないと今夜寝る場所がないんだ。早く行こう」

 ジェシーは内心焦っていた。アマンダを探すためにバークヒルズを無許可で抜け出しついに首都フレイムシティにまで来てしまった。COCOの追手が来ないとも限らないし、リヴォルタにバレたらバークヒルズの待遇がさらに悪くなりかねない。そんな中、ニッキー、ジョン、さらにはパリスまでもが初めて見る物に目を輝かせて飛びついて騒ぎ回っている。変に目立っていい状況でもないし、珍しい物に割いている時間もないというのに、のんきなものだった。

「じゃあ、これ買って行っていいですか?」

 ニッキーは上目遣いでチョコレートドーナツの箱を見せる。

「え、それ買うのか?」

 ジェシーより先にジョンが返事をする。

「だって、食べてみたいんだもん」

「お、俺は食べないからな」

「いいよ。パリスと2人で食べるから」

「ジェシーさん。いいですよね?」

 パリスもニッキーの隣で上目遣いをする。

「あのな、遊びに来てるんじゃないんだからな」

「ねー、お願い。これ買ったらあとのお店は見なくてもいいから」

「私からもお願いです。ジェシーさん」

 目の前には見たことがない色をしたお菓子の箱。妹のようにかわいがってきたニッキーと信頼しているパリスの物欲しそうな顔。どんなに緊張感を保とうとしても、ジェシーはこの女子2人のかわいい圧に勝てる自信がなかった。

「わ、わかったよ」

「やったー!」

「カズラさん! お金ください!」

「はいはい」

 ニッキーとパリスがカズラの方へと飛んで行く。カズラが会計をしている間にニッキーがチョコレートドーナツの箱を嬉しそうにカバンに詰める。ジョンはそれを気味悪そうに見ている。ニッキーとパリスはルンルンしながらホテルを探すカズラの後ろをついていった。

「大丈夫だよ、ジェシー。皆、目的を忘れてるわけじゃないと思うから。ね、コーディ?」

 アトラスがコーディにも同意を求める。コーディは斜向かいの店でどんな飲み物なのかわからない名前の缶を物色していた。

「あっ! もうカズラさん行っちゃったじゃん!」

 コーディは気になっている缶を置いてカズラを呼び戻そうとする。

「はあ……」

 ジェシーはため息をついた。

「大丈夫……のはずだよ。うん」

 アトラスは無理矢理な笑顔でそう言った。


*      *     *


 フレイムシティは現在午後9時半を過ぎていた。昼夜を問わず賑わっている繁華街のような場所は明るいが、それ以外は徐々に店が閉まっていき、閑散としていた。

 比較的リーズナブルな価格のホテルを当たるが既に満室で断られ続けてしまった。足がつくのを恐れてホテルを予約することができなかったため、現地で探すことにしたのが仇となった。バークヒルズの面々は次第に疲れを見せ始め、カズラもやけくそになりかけていた。

「パリスさん、このドーナツ開けてもいいかな」

「ニッキー! 待って! 楽しみは取っておこうよ!」

「えー、だってぇ……」

「せっかく買ったのに路上で開けたらもったいないよ!」

 ニッキーとパリスはグダグダ喋っている。カズラはうんざりして叫んだ。

「あーもうダメだダメだ! ここにする。さすがにここなら空いてるだろ!」

 ニッキーとパリスはカズラの無駄にデカい声に驚いて一瞬固まった。カズラは古びた外壁のいかにも安そうなホテルに入って行った。

「なんか怒らせちゃったんですかね」

「カズラさんってあんな大きい声出るんだ」

 カズラがホテルのフロントと話している間、バークヒルズの面々は全員で外で待っていた。ガラス扉から様子を窺うと、カズラがお金を払って鍵をもらっていたので、部屋が借りられたのだとわかった。

「戻ってきた!」

「やっと食べられる!」

 ニッキーとパリスが手を取り合って喜ぶ。

 カズラがニコニコしながら出てきた。

「全員で一部屋だったら入れた。狭いけど今夜一晩だけだ。我慢してくれ」

「はーい!」

「ドーナツ食べよう!」

 ニッキーとパリスはカズラから部屋番号を聞くや否や一斉に走り出す。エレベーターに乗ってフロアに到着するまでが長く感じられた。

 部屋に入るとそこは3人部屋だった。シングルベッドが3台と1人なら寝られる大きさのソファが1台置いてある。

「ニッキー、一緒に寝ようよ」

「え、いいの?」

「ベッドで寝ながらドーナツ食べるんだよ」

「それいい!」

 ニッキーとパリスは仲良く窓際のベッドをシェアした。

「これって……」

「まさか……」

 男性陣はさっと押し黙った。いい年して兄弟でベッドをシェアしなければいけないという屈辱的状況が生まれていた。男達の無言の探り合いが始まる。

 体格差で考えれば、大柄なコーディとジョン、細身のアトラスとジェシーは分かれるべきだった。だが、大人にもなって兄弟同士で1台のシングルベッドに寝るという精神的な抵抗感の方が重大事項だった。

「アトラス兄さんだったら一緒でもいいよ」

 口火を切ったのはジェシーだった。それを聞いたアトラスはパッと顔を輝かせた。

「もう、一緒に寝たいって言えばいいのに」

「やだよ。子供の頃だって一緒に寝たことないのに」

「それは僕が武器庫で寝てたからじゃない?」

「うるさいなあ」

 アトラスとジェシーはお互い照れながら壁際のベッドを選ぶ。

 コーディとジョンはしばらく互いに目を合わせなかった。

「消去法ってことだよな」

 恐る恐るコーディがジョンに話しかける。

「俺は別に床でもいいっすよ」

「ここで拒否するのやめて! 寂しいじゃん! 略奪部隊って無駄にそういうとこタフだよね!!」

 かわいそうなコーディの肩をジェシーがポンと叩いた。

 ベッドが決まったところで、カズラが明日の予定を全員に伝える。

「明日、協力してくれている私の親戚に再度連絡を入れる。先方の都合のいい時間に迎えが来るから、明日はなるべくこの部屋から出ないで待機する。食事で外に出るのは許可するが、なるべく団体で動くこと。それから、ホテルの東側の路地には絶対に行くな。あっちはアガットタウンといって、フレイムシティで一番治安が悪い。わかったな?」

 カズラの問いかけに誰も返事をしない。

「チョコレートドーナツおいしい」

「青なのは何でなのかよくわかんないね」

「空の味かと思ってた」

「何それ。ニッキー、かわいい」

「アトラス兄さん、足長すぎるんだよ。もうちょっとそっち行って」

「無理言わないでよ。落ちちゃうよ」

「な、なあ、ジョン。一個聞くけど、俺が嫌だってことじゃないよな?」

「何言ってんすか。俺は床でも寝れるんで、コーディ兄さんはちゃんとベッドで寝てくださいよ」

「気遣ってくれるのは嬉しいんだけどさ!」

「おい、聞いてんのか!」

 一瞬にして静まり返る部屋。

「わ、わかりました」

 ニッキーが返事をした。カズラは一気に眠気が押し寄せてどうでもよくなった。

「それじゃ、私はもう寝る」

 カズラはブランケットをかけてソファに横になった。


*      *     *


 翌朝、カズラは窓から射し込む日光で目が覚めた。

「何時だ……?」

 カズラはベッド脇の時計に近づき、時刻を見る。

「まだ5時か」

 カズラがもうひと眠りしようと体の向きを変えた。その時、何か違和感に気付いた。

 ベッドの膨らみが足りない気がする。

「ジョンが床で寝てるんだっけか」

 カズラはそう独り言を言ってソファに戻ろうとする。が、そのソファにもたれて座ったまま寝ているジョンの姿が目に入った。

 カズラはもう一度ベッドの膨らみの数を確認した。

 ニッキーとパリスは仲良く寝息を立てている。コーディは初めから1人でベッドに寝ている。アトラスとジェシーが寝ているベッドに空間が多い気がした。

「おい、アトラス! ジェシーはどこ行った!?」

 カズラは布団を引き剥がしてアトラスを起こした。

「え! 何?」

 アトラスも驚いて飛び起きる。

「一緒に寝てて何で気付かないんだよ!」

「知らないよ! 走りにでも行ってるんじゃないの?」

「何考えてんだ! アイツ!」

 カズラはジェシーを探しに外へ出た。とはいえ、広いフレイムシティで人を探すのは難しい。右と左のどちらへ向かって走って行ったのか間違えただけでも見つからないリスクが頭をよぎった。

「もっと腰を落とせ! 重心を低くするんだ!」

 どこからかジェシーの怒号が聞こえてきた。

「いいぞ! そうだ!」

 幻聴かと思ったが、また聞こえてきた。

「何やってるんだ、あのバカ」

 楽しそうに誰かを指導しているジェシーの声のする方へとカズラは足を運んだ。耳を澄ましてゆっくりと進む。既に完全にアガットタウンに足を踏み入れていた。昨晩行ってはいけないと忠告したはずだが、やはり聞いていなかったようだ。

 しばらく行くと、バスケットボールの練習場が見えてきた。そこにジェシーと街の不良集団がいるのがわかった。

「お前、チョーキーっていったな。なかなか筋がいいぞ」

「ありがとう、ジェシー」

 ジェシーはチョーキーというまだ十代前半くらいの幼さの残る顔をした男子と握手をかわす。周囲の不良達もそれを悔しそうな楽しそうな目で見ている。

「おい、ジェシー。何やってんだ。帰るぞ」

 カズラがフェンス越しに声をかけると、ジェシーはあっけらかんとして近づいてきた。

「カズラさん。何でこんな所まで?」

「それはこっちが聞きてえよ。昨日東側は行くなっつったろ」

「ああ、なんとかタウンって場所か。なるほどな」

「聞いてたんだったら何で行くんだよ」

「別に大したことなかったよ。この程度の不良なんて」

「コイツらとケンカしたのか?」

「そうだよ。走ってたらいきなり後ろから殴りかかってきた」

「何でそうなるんだよ」

 不良達がジェシーとカズラの会話を聞いて近づいてくる。

「この前、俺達、ジェシーにそっくりの金髪の女にやられたんだよ」

 不良の1人が言った。

「金髪の女?」

 ジェシーが眉をひそめる。

「ああ。ジェシーと同じくらいの背丈で、金髪で、顔もそっくりな生意気な女」

「俺らその女がまた来たから遊んでやろうと思ったら、男だった」

 口々に話す不良達を尻目にジェシーはカズラに向かって行った。

「絶対アマンダだ。やっぱりアマンダはここにいるんだ!」

 ジェシーは目を輝かせて喜んだ。

「どうやらそうらしいな」

 カズラもまさかこんなに早く手がかりが掴めるとは思わず、ジェシーの引きの良さに感心した。

「そうとわかれば作戦会議だ。私は公衆電話で親戚に連絡をする。お前は先に帰っていろ」

「わかった」

 ジェシーは不良達に別れを告げてホテルに戻った。

「お前ら、ケンカもほどほどにしろよ」

 カズラは不良達にそう声をかけると、公衆電話がありそうな駅前へと向かった。

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