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夫の悩みを「大袈裟」「ウソ」と切り捨てられている貴女へ

(2020年10月22日後記:幡野広志さんの元記事は本日削除されましたが、元記事への言及はこのままにしておきます。元記事に含まれていた相談内容は、万が一の個人特定を避けるため、若干改変しました)

 幡野広志さんがcakesに発表された「大袈裟もウソも信用を失うから結果として損するよ」というご記事が、大きな反響を呼んでいるようです。

 夫からのDV被害を受けている可能性の伺われる女性が、自分の苦境について相談し、幡野さんに「大袈裟」「ウソ」とされています。しかし、このこと自体は、驚くほどのことではありません。
 被虐待を訴える子どもや元・子ども、DV被害を訴える大人は、周囲の人々から、このような扱いを受けがちです。自治体の児童相談所や配偶者暴力相談支援センターにも、あまり過大な期待はできません。
 本記事では、このような日本社会で被虐待やDV被害のさなかにいる方、周囲にそういう方がいるという方に対して、「私は経験者として取材者として、こういうふうに理解しています」ということと、何が可能かをお示しします。

「専門家」ではない立ち位置から

 私は心理職や援助職の資格は持っておらず、そういう職業につくための訓練を受けたこともありません(大学の教職課程でカウンセリングの手ほどきを受けたことはありますが)。
 本記事は、

・自分自身が過去に経験した
・被害を受け続ける状況からは辛うじて脱却しつつあり、かつ後遺症に苦しんでおり、未だに回復の途上にある
・報道という職業柄、そういう事例を多数見てきた

という私の立ち位置から書いています。

Mさん(20歳代、女性)の相談内容

 幡野さんのご記事で紹介されている相談内容を「Mさんと直接対面して取った取材メモ」という想定でまとめてみました。太字は、相談の文章に明示されていないけれども聞きたい内容、および推測した内容です。なお本記事では、「相談内容に書かれている内容は全て事実」と仮定することにします。Mさんが実在するのかどうかを含め、裏の取りようがありませんから。

Mさんは20代女性、アルバイト2つを掛け持ちしている。週のうち6日間は1日7時間以上就労している。
生育歴において実親との間に問題があったかどうかは不明。現在も、いざとなれば実家に逃げ込むことが可能な関係性ではある。
現在の夫とは学生結婚。既に2人以上の子どもがいる。
現在は「マイホーム」に住んでいるが、誰が資金を出したのかは不明。
夫は卒業後に就職したが、数年後、義父の経営する会社に転職した。
夫が給料を家計に入れているかどうかは不明。
夫は、Mさんの家事や育児に対して毎日、1日あたり数回、非難する。
深夜、Mさんが寝ているところを叩き起こし、やり直しさせることもある(頻度不明)
実家に帰ることを考えたところ、夫の実家に連れて行かれ、義父から数時間にわたって説教された。義母や夫のきょうだいの存在は不明。
夫妻の話し合いで円満な生活が戻る場合もあった。
数ヶ月前、夫が居眠り運転で交通事故を起こして免許停止となったことから「連日、深夜まで遊んでいた(妻子には残業と説明していた)」「事故は何回も起こしていた」ということが判明。
離婚も考えるが、踏み切れずにいる。

「DVあるある」すぎる内容とは?

 Mさんの相談から伺えるのは、Mさんが立派なDV被害者であるということです。
 肉体的DVに関しては、「殴る・蹴る」という分かりやすい暴力は書かれていません。しかし、「寝ているところを起こして家事をさせる」というのは、立派な肉体的DVです。それは、充分な睡眠が取れない状況に置いて肉体と精神を痛めつけるタイプの暴力です。
 「夫はベッドに入るけれども、妻は床に直接寝させて布団を使わせない」というパターンもあります。睡眠不足でフラフラになった妻は、家事や育児において、突っ込まれどころを増やしてしまうでしょう。夫にとっては、責め立てる口実が増えるわけです。責め立てる口実が増えれば、たまに恩恵的にねぎらってやることも可能です。それは夫の人間性の現れではなく、いかに夫が妻を支配しているかということです。夫にとって最悪のなりゆきは、自分のサンドバッグである妻に逃げられてしまい、人間型サンドバッグを失い、DVの事実が第三者に知られることですから。
 さて、夫の暴力の中心となっているのは、精神的DVのようです。家事や育児を非難したり、自分の父親に説教させたり。重大な事実を隠していたり、重大な事実に関する問いに誠実に答えなかったり。
 経済的DVに関しては、示されているとは言えません。夫の家計分担、および家事や育児に関する非協力ぶりの内容によっては、経済的DVと言える状況となっている可能性もありますが、相談内容からは分かりません。義父と夫の関係性や言動、「マイホーム」に関する費用の不明瞭さからは、義父が夫を全面的にバックアップしている可能性もありそうですが、明確に読み取れるわけではありません。
 また、気になるのは、義母や義きょうだいが出現しないことです。いるけれども、何も言えないのでしょうか? いないのでしょうか? きょうだいはともかく、義母がいないのなら、なぜ、いないのでしょうか? 過去に取材したり見聞したりしたDV事例からは、「義母が義父によるDVで逃げ出した?」「義父にとっては夫が唯一の子なので全力で抱え込んでいる?」といった可能性が浮かび上がります。Mさんが目の前にいたら、それそのものの質問をぶつけることはしないとしても、確認したいことがらです。
 性的DVについては触れられていません。存在しないのか。それとも、自覚されていないだけなのか。「少なくとも現在、Mさんにとって重大な問題ではない」ということだけは、読み取ってよさそうです。
 いずれにしても、確実に読み取れる内容だけで、夫と義父は立派なDV加害者です。MさんはDV被害者ということになります。

「DVあるある」すぎる書きぶりとは?

 私が「DV被害者と見てよいだろう」と考えたポイントは、もう一つあります。文章に現れている特徴です。

 日本語は、主語なしの文章が成り立つ言語です。しかし被虐待児童やDV被害者の場合、「それにしても主語を省きすぎでは?」という文章や語りになりがちです。語りの場合、「今朝、(私が)目を覚ましたら」で始まる語りが途切れないまま、時間でいえば30秒くらいの間に「(夫に)職場のストレスがあって」と展開していることがあります。語りの途中で主体が変わってしまうと、誰の何の話なのか分からなくなります。取材者としては、いちいち確認が必要です。
 Mさんの相談文は、文章であるだけに、「1文の中で主体が入れ替わる」というパターンは見られませんでしたが、主体が誰なのかを考えて読まなくてはならない部分が非常に多いです。その一部を引用します。

食事や掃除、子育てについて毎日何度もダメ出しをされ、深夜だろうが叩き起こされやり直しました。そんな生活が何ヶ月も続き、嫌気がさして実家に帰ろうとすれば主人の実家に引きずっていかれ、数時間にわたる義父からの説教。

 主体や客体を補ってリライトすると、以下のようになります。

夫は、食事や掃除、子育てについて毎日何度もダメ出しをしました。深夜だろうが、私は夫に叩き起こされ、私が(食事等を)やり直しました。そんな生活が何ヶ月も続き、私が嫌気がさして実家に帰ろうとすれば、夫が主人の実家に私を引きずっていきました。そして、数時間にわたって、義父が私に説教をしました。

 ここまで推測して補わなくてはならない文章になるのは、ご本人と夫君やご義父との間に、自他の境界がないからです。DVによって境界をあいまいにされてしまったのかもしれません。もともと、境界をあいまいにされやすい育ち方をしてしまったのかもしれません。

彼女はまず、何をすればいいのか?

 客観的には、「もう離婚したら?」という状況ですよね。ご本人の気持ちも、離婚に傾いているように思われます。
 自治体のDV相談窓口や離婚に強い法律家に相談することは、必須でしょう。しかし、なかなか「今すぐに」とはいきません。
 とりあえず、時間も手間もお金もかけずに出来るアクションとして、「話したり書いたりするとき、主語や主体を可能な限り明確にする」というのはいかがでしょうか。日本語の書き言葉で主語をいちいち書くとクドくなりますが、メールやLINEメッセなら、いったん主語を全く省かずに書いてから、送信する前に適宜削除することもできます。話すときは、「可能な限り主語を入れる」という心がけだけで、だいぶ違うはずです。
 言葉づかいは、意識のありようを変えます。それは、言霊や「ポジティブ思考」の問題ではありません。自分で自分の使う言語によって、自分に対して神経言語プログラミング(NLP)や認知心理療法を行えば、認知や思考のパターンは少しずつ変わっていきます。本格的に取り組むのなら「信頼おける、かかりつけ心療内科医」といった存在を確保出来てから(注1)のほうが安全です。しかし「語ったり書いたりするときに主語を入れる」程度なら、それほど大きな危険はないと思われます。
 何よりも、自分が被害を受けていることを誰かに伝えるためには、まず自分で、「夫が、自分に対して、◯という行為を△分間にわたって継続し、自分の状態は……となった(ひどい鬱気分に襲われた、とかでも)」 ということを自覚する必要があります。そこから始めましょう。

(注1)ここで、ピア(仲間)ではなく医療専門職を例示したことに対して、違和感や不快感を感じられる方もいると思います。しかし、こういう状況の真っ只中にありながら、いきなりピアを信頼することは、概ね不可能です。ピアとつながる可能性が生まれるのは、心身の安全をある程度確保し、回復への歩みが始まってからでは?

今後の見通しは?

 Mさんの周辺の方々に知っておいていただきたいのは、「イヤになるほど同じパターンが繰り返され、時間もかかる」ということです。
 別居や離婚に向けて一歩を踏み出そうとしたとしても、たとえば子どもさんたちを連れてDVシェルターに逃げ込んだとしても、「ああ良かった」と安心するのは、まだ早い。夫や夫側親族、夫からないことないこと吹き込まれた自分の親族など(注2)に上手く説得されて帰り、しばらくは良好な関係が続き、しかし忘れた頃にまたDVがより巧妙かつ陰湿にぶり返し、逃げて……の繰り返しになる可能性が高いです。少なくとも3回、多いと10回くらい。最終的に別居や離婚が決定的なものになるまでには、まあ1年~5年くらいかかるでしょうね。
 繰り返しに慣らされた周囲が、「この前も、ひどいことを言われたからって飛び出して、でも元に戻ったじゃない?」と笑うようになり、Mさんが孤立することは、最も避けるべき成り行きですが、極めてよくあるパターンでもあります。孤立し、傷つき、何もかも失って、はじめて命からがら逃げ出すことになったりもします。

(注2)「自分の親族がDV夫一族の味方になる」というパターンは、残念ながら、結構あります。裏切る血縁者側の動機は「将来にわたって面倒くさいことになりそうだから、その面倒くさい相手と結婚している血縁者を相手に押し付けて、切っちゃえ」程度だったりします。

落とし穴に自ら望んで落ちる人はいない

 DV被害は、アリ地獄のようなもの。最初から陥らずに済めばベストですが、陥ることはありえます。そして、脱出は大変です。
 でも、そういうものであることが広く知られれば、少しは状況が変わるのではないかと期待しています。

ノンフィクション中心のフリーランスライターです。サポートは、取材・調査費用に充てさせていただきます。