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なぜ日本のメディアで、貨物船わかしお座礁石油流出事故の報道が少ないのか?

 2020年7月26日(日本時間)、モーリシャス沖で日本の大型貨物船が座礁して重油が流出した事故、私が購読している海外メディアでは、かなり大きな扱いです。しかし、日本のメディアでの報道は「なぜ?」と疑問が持たれるほど小さい感じがします。

 そこで、世界でどのように報道が拡大していったかを確認してみました。なお、本記事の下書きは、こちらのブログです。

最初から世界的大事件だったわけではない

 Google検索で日付を指定して検索してみると、座礁から数日間に見られた報道は、現地ローカルメディア、海運業界メディアなどに限定されていたようです。「ようです」というのは、多くは私がちゃんと読めない言語だからです。

 8月6日、燃料油が流出しはじめると、世界のメディアでの報道が少しずつ見られるようになります。8月7日、フランスの名門新聞「ル・モンド」に記事が現れました。その時点で、フランスでは大きな社会的反応があったようす。

 8月8日、世界の大手メディアが続々と報道し始めました。たとえばニューヨーク・タイムズも。内容は、美しい海に座礁船から黒い油が流れ出しているようすを上空から撮った写真、環境への影響、モーリシャス政府の環境非常事態宣言など、どの記事もかなり似通っています。おそらく、ロイターはじめ通信社から提供を受けた記事なのでしょう。それ自体は、世界のどこでもメディアの当たり前。世界のあらゆる場所に特派員を常駐させ、あらゆるテーマを取材しつづけられるメディア企業はありません。こちら、本家ロイター記事

 以後、数多くの報道が続いています。日本以外では

にほんにも ほうどうが あらわれた!

 この日以来、日本でもポツポツと報道が現れはじめました。
 たとえばNHK記事

商船三井運航の貨物船 モーリシャス沖で座礁 大量の油流出(2020年8月8日 12時30分)

 7月下旬、日本の海運大手、商船三井が運航する貨物船が、インド洋の島国モーリシャスの沖合で座礁し、現場の衛星画像から、周辺に大量の油が流れ出ていることがわかりました。商船三井は、関係当局と連携して対応するとしています。

 なんともいえない他人事感が気になりますけれども、とにかく報道は現れました。しかし、扱いが小さいんですよね。
 私が愛読している東京新聞電子版(紙の新聞のフォーマット)でも、間違っても第一面にデカデカと出るわけではなく、第二社会面や国際面にチラホラ。数多くのニュースがある中で「これを特に」と言えない事情があることくらいは想像つきますが、それにしても「このニュースがモーリシャス沖の日本船の原油流出事故より優先されるべきなのかなあ?」という疑問を抑えきれません。8月14日、15日、16日は記事ゼロ。

置き去りにされているのは紙の新聞の読者だけではないかも?

 Webでニュースチェックしている人には伝わっているのでしょうか? どうも、それも期待できなさそう。国際ニュースとして掲載されてはいるのですが、扱いが慎ましすぎる印象です。
 本日8月16日夕方、「東京新聞 TOKYO Web」のトップページには、この重油流出事故のニュースそのものが見当たりません。ただし国際ニュースとしては、さすがに取り上げられています(PDF)。

 今、紙の新聞を買ったり図書館で読んだりして比較する余裕がなく残念ですが、他紙も似たりよったりではないかと思われます。

 朝日新聞の「Asahi.com」では、一応はトップページに存在します。ただ、意識して読もうとしないと気づかない感(PDF)。

 良い意味で異色を放っているのは、NHKです。
 8月16日夕方、「NHK NEWS WEB」のトップページには、気づかない人の方が多そうな配置ながら、ピックアップニュースとして写真が掲載されています(PDF)。
 さらに国際ニュースを見ると、目立ちませんが、記事はあることはあります(PDF)。この記事は、8月16日17時台のアクセスランキング5位でした。

NHKランキング


 「読まれるべき記事が読まれるようにしたい」というNHKの中の方々の思い、それに応える読者さんたちの思い。嬉しいじゃないですか。ただ、NHKのTVニュースが情報源の中心になっている方々に、どの程度届いているのか。TV持ってない歴37年目の私には分かりません。

世界的な関心は冷めていない

 世界的な関心は、当初よりは若干下がってきた感もありますが、かなり注目されているニュースの一つではあり続けています。

 こちら米国の CNN International トップページ、8月16日夕方。
 国際記事のコーナーではありますが、やはり目先の大統領選挙と関係する半分内政のような記事が大きく取り上げられています。しかし、そういった記事のすぐそばに、この重油流出事故のニュースが現れます。「これオオゴトなんだから、関心を持ってもらわなきゃ」という「中の人」の思いが透けて見えるようです。

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 こちらBBC。同じく8月16日夕方。
 国際ニュースではなく一般ニュースの中ですが、少しスクロールすると出現します。目を引く写真つきで。

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 これだけの国際的大事件、しかも「日本が世界の世間様にご迷惑をおかけしまして」という事件でありながら、なぜ日本ではこんなに報道されないのか。不思議です。

報道しないように”忖度”する必要があるのか?

 当事者である商船三井は、ごく当たり前と考えられる真っ当な対応をしているように見受けられます。

当社運航船 座礁および油濁発生の件(2018年8月7日)

(筆者注:座礁した「わかしお」は)日本時間7月26日(日)にモーリシャス島沖で座礁により船体が損傷し、救助作業中の8月6日(木)に燃料油が流出しました。これにより現場海域・地域に甚大な影響を及ぼしています。
 当社は座礁事故発生後より社長をトップとする海難対策本部を立ち上げ、日本およびモーリシャスをはじめとする関係当局と連携して対応しています。また、現地への早期要員派遣を含め準備しています。
 当社は、引き続き船主や関係者と協力し、早期の事態解決に向けて全力で取り組みます。

 良いプレスリリースです。危機管理に対する相当の慣れが感じられます。

WAKASHIO 座礁および油濁発生の件(その2) 2020年08月11日

 座礁した船の状況、行っている重油除去作業が説明されており、末尾に用語解説があります。

(ご参考)
 お問い合わせを多くいただいている「船主」「運航」の意味について、以下の通り記者会見より抜粋し補足します。
 船主とは、「本船を建造、所有し、乗組員を乗船させ、荷物を運べる状態にする。それにより、運航者である用船者(商船三井)に提供している」
 用船者とは、「一定期間、船主(長鋪汽船)から船を借り、荷物を付けて輸送する。『運航』とは船を実際に動かしているのではなく、『どこの港へ行ってください』などのお願い、指令をすることを指す」

 指示命令系統や責任範囲を明確にするために用いられる業界用語に対して、「責任逃れか」といったクレームでも殺到したのでしょうか。いずれにしても「素人さんが読むのだ」ということを意識したプレスリリースである点は、好感度大です。
 「記者会見で用語解説した」という記述があるところから、ふだん、記者向けにそのような配慮をしている様子も伺えます。

 商船三井のプレスリリースは、その後も続いています。

WAKASHIO 座礁および油濁発生の件(その3)2020年8月13日

WAKASHIO 座礁および油濁発生の件(その4)2020年8月16日

 新型コロナによって活動が制約されている中で、出来ることはやり、必要な情報開示は行っている印象を受けます。ただ、国家間の大問題に発展する可能性はあるでしょうね。

 いずれにしても、日本の大メディア各社から「商船三井を守らなくては」といった意図を見出すのは、難しいように思えます。すると、「何か差し障りがあるわけではないのに報道されない」ということになります。

結局、日本の報道が少ない理由は謎

 日本で本件の報道が少ない理由として、「他にも報じるべき事件事故がたくさんあるから」ということは、大いに考えられます。
 特に重油流出からの一週間ほどは、終戦記念日に向けた特集記事などが多数掲載される時期でした。
 戦後75周年、戦争を知る方々の高齢化を考えると、とにかく風化させないことが大切。というわけで、8月に入ると、日本の多くのメディアが終戦記念日モードへと舵を切り、直接知る世代に取材した記事、忘れられかけている史実に光を当てた記事を多数掲載しています。それはそれで、必要かつ重要なことです。
 しかし「より重要かもしれない記事がある」という事情は、世界のどこでも同じです。
 8月4日にレバノンで大爆発事故が起こり、その直後は、国際ニュースの半分くらい(体感)が爆発事故に関する報道でした。けれども世界の大手メディアの多くは、そのたった2日後に始まった座礁船からの重油流出も、それなりの重みをもって報道しています。
 日本は何が違うんでしょうか。謎です。
 紙の新聞に文字数の都合があるのは当然ですが、「Webニュースで充分な重みをつけて取り上げている」と言える状況でもありません。なぜ?

船体破断。日本人が関心薄いままで良いわけはない

 商船三井が「WAKASHIO 座礁および油濁発生の件(その4)2020年8月16日」で公表しているとおり、モーリシャス現地時間で8月15日14時ごろ、船体が2つに破断しました。さらなる重油流出は避けられない見通しです。
 日本メディアや日本の人々が、どのような関心を寄せているのか。世界はけっこう注目しているはずです。

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