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実話怪談の周辺#5 怪談本におけるコンセプト

初めましての方は初めまして。どこかでお会いした方はいつもお世話になっております。実話怪談作家の神沼三平太です。この記事は、実話怪談の執筆をめぐるエッセイ風の内容になっています。実話怪談そのものではありませんが、一部の内容には神沼がどのように実話怪談を書いているかというような舞台裏のような内容も含まれています。一記事100円ですが(公開後約一ヶ月間は)全部読めます。面白かったら投げ銭してください。

今回は「実話怪談本にもコンセプトが大事」という話をします。やたらマニアックですね。それでは始めましょうか。

コンセプトは差異をもたらす

もし実話怪談を書いたものが、相応な分量(だいたい文庫本一冊は8万文字から10万文字くらい)蓄積できたとして、これを何らかの形で「本」にする、と考えた場合、そのルートは色々とあります(もちろん最初から出版社から出すことを目標とする人もいるでしょう。しかしこの辺りはまた別の話として書きたいと思います)。出版社から出すこともあるでしょうし、AmazonからKindle Direct PublishingでKindle本として出す方法もあります。もちろんコミックマーケットや文学フリマで、同人誌としてリリースする方法もあるでしょう。その時に、少しだけ頭の隅に置いて欲しいのは、「その本のコンセプトは何ですか」ということです。

ここでいうコンセプトとは、その本を貫く基本的な「売り」だと思ってもらえれば良いかと思います。実話怪談本の場合、「一冊に収録されている掌編は、全て実際に体験者がいる話を元にしています」というだけでもコンセプトとして成立しているのですが、これは全ての実話怪談本について基本的に横並びですので、差別化が難しいということでもあります。それではどうやって他の本と差別化を行うべきか。そこがコンセプトになります。それでは実話怪談本においてどのようなコンセプトがあり得るのかを例とともに見ていくことにしましょう。

コンセプトの例 〜百物語本

定番となっているコンセプトには「百物語本」と称されるものがあります。怪を百語れば怪に至る。百物語という伝統的な怪談会のあり方を書籍に取り入れたものであると考えられるでしょう。百物語を擬似体験するというコンセプトは(今はありふれてしまいましたが)、「新・耳・袋 ― あなたの隣の怖い話」(木原浩勝・中山市朗, 扶桑社 1990)の頃には魅力的なコンセプトだったと考えられます。

ただし百物語をベースとするコンセプトは、遡ること江戸時代初期には「伽婢子」13 巻(浅井了意, 1666)にもありますように、百物語の技法は既に知られたものになっていました。。また百物語という怪談会をベースとしたと考えられる読み物に関しても珍しいものではありません。このあたりについては、「江戸時代の怪談研究 : 百物語怪談集を中心に」(金永昊,
広島大学留学生センター 2000)を参照されると良いでしょう。面白いですよ。

コンセプトの例 〜地方別怪談本

最近の怪談本の流行に「地方別怪談本」または「地域限定怪談本」があります。つまり、収録されている怪談が、ある地域(例えば都道府県や地方)に限定されているという怪談本です。例えば「恐怖箱 青森乃怪」(高田公太, 竹書房 2018)などがそれに相当するでしょう。書籍タイトルからも読者にコンセプトを伝え、またそのコンセプトに合った内容が含まれていることが重要になります(青森といいながら京都の怪談ばかり含まれていたら読者としては騙されたという気持ちになるでしょう)。

このような地方別怪談本、地域限定怪談本は読者に対して、ある地域の特色、ある地域に特徴的な怪異を伝えるというコンセプトがあると考えられます。もちろん営業的な意味もあるはずです。ある都道府県にフィーチャーした怪談本は、その都道府県での売り上げが大きいという話もあります。

どこでも起こりうる怪異を並べたものよりも、場所が特定されることによって、読者にとっては怪異自体がより身直に感じられること、また場所が近いことによって情景の想像がしやすいことなどもあるでしょう。心霊スポットの名称が伏せられていたとしても、「ああ、あそこのことだな」とピントくる人も多いはずです。総じて地元に住む読者の方々にとって、このコンセプトは有意義に働くはずです。

ただし、これは一方で地元に住む人以外には、そこまで希求する本にはならない可能性があるという諸刃の剣となるでしょう。

コンセプトの例 〜テーマ別アンソロジー

続いて次のコンセプトはテーマ別アンソロジーというものが考えられます。例えば竹書房からは、春と秋とにテーマ別アンソロジーが出版されています。例えば「恐怖箱 怪画」(加藤一編著, 竹書房 2018)は芸術作品(絵画や彫刻など)に関する怪異を集めたものになります。このコンセプトは事前にどのような作品が含まれているのかを読者が知ることができます(その点、このコンセプトでもタイトルが重要な鍵を握っているといっても良いでしょう)。

現在、竹書房の例では、コンセプトに合わせて執筆された作品を10名余の著者が持ち寄る形でアンソロジーが出版されています(例えば「恐怖箱 怪画」の場合は著者は13名)。これには営業的な側面も当然あるかと思いますが、一方でテーマ別の書籍は個人で執筆すのはなかなか難しいという事情もありそうです。現実的に見て、文庫本一冊210ページをワンテーマで書ききることは、なかなか難しいという事情があります。一言で言うならば「ネタが不足する」訳です。この辺りを乗り越えるには取材力しかない訳ですが、その辺りはまた後述します。

他にも竹書房から刊行されているもの以外でもテーマ別怪談をコンセプトにした書籍を紹介しておきましょう。これには「異職怪談 特殊職業人が遭遇した26の怪異」(正木信太郎・しのはら史絵, 彩図社 2020)が挙げられるでしょう。こちらは特殊職業怪談という、余り知られていない職業と、その業務が密接に関わっている怪異というコンセプトで編まれた書籍です。よくこれだけの職業を集めたという意味でも類書がありません。面白いですよ。

コンセプトの例 〜拙著草シリーズ

最後に手前味噌になってしまいますが、竹書房怪談から出版されている拙著の中には「実話怪談 怖気草」(神沼三平太, 竹書房 2018)をはじめとして、タイトルに「草」の文字が入っているため「草シリーズ」と呼ばれる一連の単著群があります。これらの書籍は「死ぬ・消える・終わる」という三種類の後味の悪い結末の怪談だけを集めた怪談集になっています。テーマ別アンソロジーのところで、ワンテーマを一人で著すのは難しいといいつつ、なぜそんなことができるのか、という話になりますが、これはテーマに幅を持たせているから可能になっているだけの話です。

このコンセプトは「恐怖箱 崩怪」(神沼三平太, 竹書房 2014)から実に7冊にわたって、所謂「怪談ジャンキー向け」というコンセプトで基本的に変わっていません。詳しくは後述しますが、このようにコンセプトを維持することは著者のセルフブランディングにもつながる話になります。

コンセプトが明確だと何が良いのか

以上のように様々なコンセプトの怪談本があります。他にも「数行から2ページ以内」をコンセプトとした実話怪談集である「瞬殺怪談」(平山夢明ほか, 竹書房 2015)シリーズなどもあります。ここでは紹介しきれませんでしたが、他にも様々なコンセプトの実話怪談集があります。

なぜ神沼がここまで本のコンセプトにこだわるのかと言うと、一つはその分野において定番化できると考えているからです。レーベル化できるといっても良いかもしれません。例えば先述した拙著の例ですと、「神沼のこのシリーズの単著は他人が不幸になる話ばかりだから、そういう本を読みたい気分なら安心して買える」という感じで、ブランド化にプラスに働くと考えられる訳です。

このようなジャンルにおける定番化がもたらす相乗効果として、長く売り続けられるという側面もあります。例えば(2020年時点では存在していないテーマコンセプトとして「生き霊怪談のみを扱った書籍」があるとしましょう。すると、「このテーマの怪談本はこれが定番」となり得る訳です。定番化した本は例え細くとも、長く売れることでしょう(これは地方別怪談本にもいえる話です)。

皆様のせっかく出版される実話怪談本が、他の怪談本に紛れることなく、なるべく長い命を保てることを祈って止みません。

それではまた次回。

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