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実話怪談の周辺#1 最近足を運んだ現場の話〜人喰い踏切

初めましての方は初めまして。どこかでお会いした方はいつもお世話になっております。実話怪談作家の神沼三平太です。この記事は、実話怪談の執筆をめぐるエッセイ風の内容になっています。実話怪談そのものではありませんが、一部の内容には神沼がどのように実話怪談を書いているかというような舞台裏のような内容も含まれています。100円ですが(公開後約一ヶ月間は)全部読めます。面白かったら投げ銭してください。

それではそろそろ始めましょうか。

最近足を運んだ現場の話〜人喰い踏切

実話怪談を書く時には、現場に取材に行くこともある。

関東在住の著者にとって、なかなか足を運ぶことのできない地方や、そもそも古い時代の体験で、もう取り壊されてしまった場所が舞台の場合には、さすがに取材に行くことはできない。しかし、もし許すのであれば実際にその体験者が怪異と出会った場所に足を運ぼうとは思っている。

最近は便利になったもので、住所さえわかっていれば、Googleマップのストリートビュー機能を使えば現場の周囲の状況がわかる。国土地理院のウェブサイトにある「地図・空中写真閲覧サービス」を使えば、その土地の古い時代の状況も色々と推測できる。土地がらみの話で、正確な住所がわかっている場合には、「登記情報提供サービス」から、土地の登記情報をネットで取ることもできる。それでも現場に行くことで得られる情報量は桁違いだ。


令和二年二月末発行となった「実話怪談 毒気草」という実話怪談本を書くにあたって、取材として怪異の起きた現場に何度か足を運んだ。そのうちの一つは、名は伏せるが、関東のとある私鉄の踏切だった。その場所とその場所にまつわる怪異を教えてくれたのは、別の怪談を取材した定食屋の大将だった。本命の怪談についての状況を教えてもらい、他にも何かないかと水を向けると、大将は体験談を二つ教えてくれた。一つは脱サラ前に彼自身が仕事の時に遭遇したという地下での怪異。もう一つは趣味のサバイバルゲームを通じて知り合った大学生が体験した話だ。

その大学生が自分の住んでいたアパートの最寄りの踏切で出会ったという怪異を教えてくれた後で、大将は丼にごはんをよそいながらこともなげに口にした。

「お客さんがもし今日車なら、その道を行けばすぐだから、実際に見てくるといいよ。でも俺は深夜とかはやめた方がいいとは思うけどね」

生憎その日は電車を乗り継いで取材に訪れていたため、直接乗り付けることは断念した。また、その定食屋で取材を行ったのが、夏至を数日過ぎた日の夕方だったという理由もある。まだ日も高く、今から行っても雰囲気は捉えられないだろうと判断したのだ。実際に足を運ぶ前に、どのような噂があるかをネットで調査する方が良さそうだと思ったこともある。ただ、帰りの列車の車窓から、その踏み切りのことは確認だけはしておこうと思い、大将に踏切の名前と、特徴を尋ねた。

「小さな踏切だから、電車からは見逃しちゃうかもしれませんけど、でもそこで俺が知っている限りで、三十人は亡くなってますからね。夜はライトが青くて不気味だよ。真っ青だから、夜のほうがわかりやすいね」

その言葉通り、帰りの列車の車窓では、地味で幅も狭く車の通れない踏み切りが、視界を一瞬で通り過ぎて行った。まさかあんな踏切で何人もの人がなくなっているというのか。


神沼が取材のために心霊スポットへと足を運ぶのは、道、トンネル、橋、踏み切り、公園といった公共の場に限っている。廃墟は不法侵入になるからだ。その意味でも、今回は念入りの現場取材が可能になる。

だが、その踏み切りを実際に訪れることができたのは、それからひと月ほど経ってからだった。それまでの間に、ネットで当該の踏切の名前を調査し、Googleストリートビューで周辺の様子を確認しておく。列車に関する人身事故は「鉄道人身事故データベース」を確認することで、日付なども確認することができる。最近ではないが、人身事故が多い踏切だということも理解できた。噂ではその多くが自殺だとみられる事故だとの話だった。

最近はマイナーな心霊スポットにまでYouTuberが足を運んで実況放送をしているので、それらの動画も確認する。動画にも、踏切がブルーのライトに照らされ、「いのちの電話」の看板も立てられているという様子が描かれていた。やはり自殺が多いのだろう。ただ、大将の後輩の大学生が怪異体験をしたのは、まだその踏み切りを照らすライトがブルーではなかった時代だと聞いていた。

動画では電車が通過するたびに、警報機の赤い光と、踏切を照らすブルーの光が混じり合い、周囲が不気味な紫色に染まる光景が記録されていた。その動画の光景を見て、終電後に足を運ぼうという考えは取りやめることにした。

大将の話では、怪異に遭遇した大学生は、下がった遮断機の内側に座り込んでしまったという。時期は梅雨明けの頃、下りの終電が通り過ぎる時刻。それならば、最寄駅の時刻表を確認すれば、怪異が訪れたタイミングを再現できる。警告灯の点滅も動画に撮れると良いだろう。

「すぐそばに公園があって、自殺する前にそこをうろつくんだってよ」

「何年か前に、カップルで心中したのもいるんだよ。俺の知り合い、そのカップルを見たかもって言ってたよ」

大将の言葉を思い出す。終電を待つついでに、その公園にも寄ってみることにした。


その夜はやけに蒸し暑かった。梅雨はとっくに開けていたが、夜になっても蒸し暑い日が続いていた。日付が変わる頃には少しは過ごしやすくなるかと思ったが、期待していたほどではなかった。

体験者が怪異と遭遇したのも蒸し暑い夜だったらしい。

普段神沼は、心霊スポットには一人で出向くことはないのだが、この夜は一人で車に乗って現場を目指した。単に同行してくれる人がいなかったためだ。

目的の踏切は、公園の斜向かいにある。踏切は四輪車侵入禁止になっているため、徒歩で進入する必要がある。公園の周囲には路駐禁止の標識がなく、先客の軽四が公園脇に駐まっていたので、それに倣って車を駐めた。まずは公園を確認しよう。

公園は昼間なら近隣の小学生が遊んでいるのだろうが、深夜には人っ子ひとりいない。コンクリートで固められた小山。公園内は真っ暗だった。動物を象った遊具。なぜかぽつんと佇む電話ボックス。何度も走っていく救急車の音が周囲に響いた。不気味な雰囲気を確認することはできたが、今回の怪異には公園は関係ない。その気配に押されるようにして足早に立ち去る。本命は踏切だ。

踏切から警報機の音が響いてきた。ひしゃげたガードレールと四輪車侵入禁止のポールを横目に踏み切りの前に立つ。不気味な紫色の光の中を、地面を揺らしながら列車が通過していく。横を見ると、いのちの電話の看板がある。

――公園の公衆電話はそのためか。

列車が通過し終わり遮断機が上がる。光が青一色に変わった。

踏切を渡り切ると、そこにもいのちの電話の看板があった。

「でも、生活道路として使っていると、そこで人が何人も死んでるってことなんて忘れちゃうんですよね」

体験者の言葉だという。

そんなことを考えていると、突然警報機が鳴って遮断機が降りた。警報機の赤と、ブルーライトが混じり合い、再び嫌な感じの紫色に周囲が染まった。下りの終電が行くのだろう。怪異が起きたのは、まさにこのタイミングだったという。

もし何か起きるとしたら、今の自分自身に何かが起きるのだろうか――。

だが結果からすると、残念ながら何も起きなかった。その時に撮影した動画にも写真にも、何もおかしなものは写っていなかった。

だが、終電が走り去った後の踏み切りを何往復かした時に、不意に心がざわついた。踏板の上で立ち止まり、視界の奥まで伸びている線路を見ていると、次第にここに長居してはいけないという気持ちになった。

自分の立っているこの位置は、人の命が失われた場所なのだ。

自分が見ているこの景色は、亡くなった人が最後に見た光景なのだ。

背筋を寒いものが走った。もうこの場にはいられない。現場に一礼して、取材を切り上げることにした。蒸し暑かったはずの空気は、何故か寒気を感じるようなものに変わっていた。


――この取材の成果を生かして書かれたのが、「実話怪談 毒気草」に収録されている「人喰い踏み切り」という作品である。この記事を楽しんでいただけたら幸いだ。

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