名曲怪説04 - But Not For Me

今日はジャズのスタンダードを取り上げてみます。

アメリカの大作曲家ジョージ・ガーシュイン(1898〜1937)が書いた『But Not For Me』です。もとのメロディーラインの分かりやすさということで、まずはビリー・ホリデイの歌唱でお聞きいただきました。

著作権の消滅しているPD(パブリック・ドメイン)作品なので、旋律を書き出してみました。

さて、旋律に注目してください。何か気づくことはありますか?

まず[A]の部分ですが、「れみれみーれどーれみれみーーー」というフレーズが二回繰り返されます。リズムを無視して音を順番に書いてみますね。

なんてシンプルなんだ! 使われているのは「ドレミ」というたった3音だけです。これなら小学校1年生でも弾けます(笑)

「ドレミ」しか使っていないのに、こんなに個性的な音楽を生み出すことができるって、ただただすごいとしか言いようがない。

この個性は一体どうやって作られているのかというと、音の並べ方やリズムの工夫ということもありますが、水平/垂直すなわちメロディー/ハーモニーという視点で考えてみると、垂直(ハーモニー)的な工夫による部分が大きい。

おんなじメロディーを、たとえばトニック(C)とドミナント(G7)というコードで弾いたらどうか。

全然おもしろくないですね。口直しならぬ耳直しに原曲通りのコードで弾いたバージョンもどうぞ。

今みたのは「水平:垂直=単純:複雑」という構図でしたが、ついでに反対の例「水平:垂直=複雑:単純」も紹介いたしましょう。今度はトニック(C)とドミナント(G7)というたった二つのコードの繰り返しがあるとします。

これにどんなメロディーを乗せたら個性的な音楽ができるだろうか? ガーシュイン先生の解答はこうです。

そう、あの名曲『ラプソディー・イン・ブルー』です! 天才ですね……

『But Not...』に話を戻します。

[B]の部分は[A]と対照的で旋律に動きが出ます。ここも音を順番に書いて並べてみましょう。

上行していく似たようなフレーズが3回出てきます。どれも高いド(C音)に向かって上っていくのですが、開始音が違って、繰り返されるごとにミ→レ→ドと1音ずつ下がっていきます。そうです、ここにも「ドレミ」が使われているのです。[A]と[B]は対照的だけれど関連性はある。まさに絶妙なバランス感覚です。

で、開始音が1音ずつ低くなっているけど到達点は同じなので、つまり高いドとその1つ前の音程をみると、1回めは3度、2回めは4度、3回めは5度の跳躍というふうに、だんだんエネルギーが増大していくのがわかります。

そして[A]に戻って、今度は[C]の部分になります。

ほとんど[B]と同じですが、2フレーズめでの到達点が高いレになります。これが[B]と同じ高いドだったら? 理論的には間違いではないけれど、感覚的に気持ち悪いです。クライマックスなので、ここは曲全体で最も高い音にする必然性があると思います。

***

では最後にレッド・ガーランドの演奏でこの曲を聴きながらお別れです。

- text by ryotaro -

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?