名曲怪説01『サーフボード』(前編)

 まずはこちらをお聴きください。

♪Antônio Carlos Jobim - Surfboard

 僕の敬愛する音楽家のひとり、アントニオ・カルロス・ジョビン先生の『サーフボード』という曲。1964年に発表したアルバム「The Wonderful World of Antonio Carlos Jobim」に収録されています。おそらくこれが初録音だったかな。
 本題に入る前に、この3pageのnoteではたぶん初登場なので、まずはジョビン(以下敬称略で失礼します。というか、それ以前に勝手に先生とお呼びしていることをお許しください)について簡単にご紹介します。ちなみにトム・ジョビンという名で知っているという方もいらっしゃるかもしれませんが、トムというのは愛称であって同一人物です。念のため。

 1927年1月25日、ブラジルはリオデジャネイロの生れ。1950年代後半にジョアン・ジルベルトやヴィニシウス・ヂ・モライスらとともにボサノヴァと呼ばれる音楽を創始。1963年、ジルベルトとともにアメリカにてサックス奏者のスタン・ゲッツと録音した「ゲッツ/ジルベルト」(リリースは64年)が大ヒット。これを機にボサノヴァが世界的に知られるようになる。代表作には『想いあふれて』、『イパネマの娘』、『三月の水』など。1994年12月8日、ニューヨークにおいて歿。ジョビンの音楽は、今なお色あせることなく様ざまなアーティストに影響を与え続けている……

 とまあ、中途半端に辞書的な役に立たない解説はこれぐらいにしておいて、ジョビンの魅力については今後このブログ的なる場所でいろいろと語っていきたいと思っているのですが、とりあえず今回は『サーフボード』です。
 はじめて紹介するジョビンの音楽としてはマイナーな曲かもしれません(あ、今使ったマイナーというのは短調と云う意味ではありませんからね・笑)。『イパネマの娘』とか『ワン・ノート・サンバ』とか有名どころを取り上げてもよかったんですけど、音楽理論的なものを書いて投稿しようというのが今回の趣旨というか動機となっているので、それならばこの曲がおもしろい、となったわけであります。

 実際に楽曲を聴いてみていかがでしょう。……いきなりいかがでしょうと言われても困る? ではまずリズムに着目してみてください。
 冒頭のメロディーを、とりあえず拍子とか小節線を無視して楽譜に書いてみます。

 一定の法則があることがわかります。
 つまり「●●○」(●=音符、○=休符)でひとつのかたまりが形成されています。

 クラシック音楽的な分析の用語を使うなら、このかたまりを「リズム動機」といっても良いかもしれません。

 さて、ここで問題になってくるのが先ほど無視した拍子です。どこに小節線を引いたらよいでしょうか。このメロディーだけをみると「●●○」のかたまり一つずつ(8分の3拍子)、あるいは二つずつ(8分の6拍子)で区切るのが最も自然なように思えます。

 しかしこれは──たぶん察しはついていると思うけど(笑)──実はどちらも不正解です。

 次はベースに着目して聴いてみます。するとメロディーとの関係はこうなっていることがわかります。

 そこで今度はベースを基準にして小節線を引くとこのような姿になります。

 つまり、これは2拍子系の音楽であるわけです。土台となっているのが2拍子系である、という言い方のほうがわかりやすいかもしれませんが。

 メロディーとベースの関係を図示的に整理すると、こういう感じ。

 ベースが4つずつの周期なのに対して、メロディーは3つずつの周期になっていることがわかります。このような周期すなわち拍子の異なるリズムが同時に進んでいく音楽構造をポリリズムといいます。

 ポリリズムというのは別に新しいものではなくて、クラシック音楽ではモーツァルトの作品などにも登場したり、またアフリカの音楽をはじめとする民族音楽ではごく自然に存在していたりするわけですが(ポリリズムという用語や概念の有無は別として)、20世紀後半になるとクラシック音楽の流れにある作曲家をはじめ、ポピュラー音楽においてもポリリズムが作品に応用されることになりました(とりわけ着目されたのがアフリカのポリリズム構造ということになるんですが、収拾がつかなくなるので詳しくは別の機会に)。

 そういえば数年前には「ポリリズム」といえばこれでしたね。

♪Perfume - ポリリズム

 間奏および後奏の部分がまさに『サーフボード』のようなポリリズムになっていることが、お分かりいただけると思います。

* * *

 沖に流されていくサーファーのごとくジョビンからどんどん遠ざかっているので、手遅れにならない前に、ここらで再び『サーフボード』に戻ろうと思うんですが、サーフィンの経験はもちろんないし、日ごろから運動不足の僕はもうだいぶ疲れてしまったので(笑)、続きは次回ということで。

 最後に、楽曲の構成を確認して終わりたいと思います。楽曲は2分の2拍子、ト長調(G major)です。

 今回はAの部分を取り上げてポリリズム的な側面をみました。次回はBの部分に着目します。キーワードは「トライトーン」です。

 では、ごきげんよう。

〔文:ryotaro〕

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