アルバムレビュー:『Morph the Cat』 Donald Fagen
最近、TSUTAYAが『旧作アルバムレンタル10枚で1000円』キャンペーンをあちこちの店舗で実施してるんですよね。どうせ借りるんなら10枚以上借りろと。なかなか挑発的です。
僕はその挑発にまんまと乗せられて、この2ヶ月でたぶん100枚くらいアルバムを借りてしまい、iTunesの中身がいよいよ30,000曲を突破しました。我ながらバカですねえ。でも一応ぜんぶ聴いてるんですよ(←ヒマ人)。
さて、今回はこちら。
・Donald Fagen 『Morph the Cat』(2006)
Donald Fagenといえば、Walter BeckerとともにロックバンドSteely Danの中心人物として活躍し、2001年にはMichael JacksonやQueenらと共にロックの殿堂入りを果たしたミュージシャン。自身のソロプロジェクトにおいても名盤『The Nightfly』(1982)を世に送り出すなど、ロック界に与えた影響は計り知れない。
などと、Wikipedia風に書いてみたけど、とりあえず70~80年代のロックを語る上で外せないアーティストの一人です。日本では、ロックというよりAORというジャンル(←ちょい定義の曖昧なジャンルですが)の中で語られることも多い気がしますね。代官山の蔦屋書店ではAORコーナーに並んでました。
で、Fagenを語るならやっぱ『The Nightfly』でしょ、っていうのが社会通念ではあるんですが(「ナイトフライ 録音芸術の作法と鑑賞法」という300ページ級の本が出てたりもする。著者は冨田ラボこと冨田恵一氏)、そんな通念にあらがって、あえて3rdアルバム『Morph the Cat』を引きあいに出してみたいと思います。
(ちなみにこちらが『The Nightfly』のジャケットです↓。個人的にもっとも好きなジャケットの一つ。いやー、かっこいいなあ。)
さて、Fagen氏はこれまでソロでは4枚アルバムを出していて、最初の3作『The Nightfly』(1982)→『Kamakiriad』(1993)→『Morph the Cat』(2006)は三部作と言われてます。24年かけて三部作を完成させるって、もはやアーティストというより芸術家では。
そんなFagen氏の音楽の魅力は、まずその緻密さにあります。意表をつくようなコード進行とひねりの利いたメロディを取り巻く、一分の隙もないアンサンブルは、あたかも精巧な箱細工のよう。そのクラフトマンシップには畏敬の念が溢れ出てやみません。
そしてもう一つの魅力が、小説的で意味深な歌詞。まず『Morph the Cat』というタイトル自体がすでに難解なメタファーですからね、モーフ・ザ・キャットってなによ?
表題曲「Morph the Cat」のLyricsについては、海外の批評家やらレビュアーやらブロガーの方々が熱く議論しまくってくれてるので今さら僕が付け加える解釈は何もありませんが、まあとにかくカッコいい。
High above Manhattan town
What floats and has a shape like that
Fans like us who watch the skies
We know it's Morph the Cat
マンハッタンの上空を漂い、歓びを連れてくるモーフ・ザ・キャット。ダクトから漏れ出し、壁から浸み出してくるモーフ・ザ・キャット。
Fagen自身の謂いによれば「巨大で幽霊のような猫らしきもの」とのことだけど、歌詞全体からは死のメタファーともアメリカン航空11便の仄めかしとも読みとれる。
そんな含意を煙に巻くかのような非常にユーモラスな曲調がまた曲者なんですね。
ベースとギターのユニゾンで始まるイントロは、音の重みに反するようなひょうきんな旋律と、後から加わる金管のおどけた響きと相まって、いっそ間の抜けた感じさえするし、重厚なコーラスが絡みつくサビではFagen独特の切れ味鋭いボーカルが軽快に跳ねて、その後にはすぐ金管の音色が、まるで王の後を追う道化のようにそそくさと割って入る。
そんな具合だから、最初に聴いたとき抱いた印象は「楽しくて面白い曲だなあ」だったんですが、アルバム全体を聴き進めるうちに重さを増していくムードを吸い込んで、サイコホラー映画のような8曲目「Mary Shut The Garden Door」の後で幕を引く「Morph the Cat(Reprise)」を聴く頃には、軽快に思えたイントロの響きにも、押し殺した不穏さが隠れていることに目を向けざるを得ませんでした(実際、1曲目のときはメジャー調だったイントロのフレーズが9曲目のリプライズではマイナー調になっています)。
アルバム全体が〈老年期の沈思と死〉をテーマにしているとも言われ、ポスト9.11の世界を皮肉な視線で見渡しながら現代を包む不安感を描いた作品、というレビューもあったりしますが、まあ本当にそんな感じのするアルバムです。
といっても、決して難解で敷居の高い音楽、ということは全然ありません。濃厚な主題をキャッチーでグルーヴィーなロックミュージックに昇華させてしまうFagenの手腕を、ぜひ感じてみてください。
余談:Donald Fagenはアルバム単位で聴くべきとは思いつつ、単体で好きな一曲を挙げるなら2ndアルバムの「Snow bound」が大好きです。今はちと季節外れですが。
クリスマスシーズン、小雪舞うニューヨークの街角で何か一曲聴くとしたら、僕は絶対これ(そんなシチュエーションに立てる日が果たして来るのかという点は置いといて)。真夏に言うのもなんですが、今年の冬にぜひどうぞ。
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