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なんのはなしですか。【長編小説】27

 心地悪いアラームで目が覚める。こんな気分で路地裏へ行く気にはなれない。行ったところで良い成果に繋がる気がしない。
 宮下は冷たいコーヒーを片手に窓を開け、外の風に当たった。風が心地良い。ゆっくりと背伸びをする。こうやって自分の機嫌は自分で取っていくことが平常心を保つにおいて大切だ。宮下は街ゆく人を眺め、その人達の生活を思い、少し英気を養った。
 さて、路地裏へ向かうか。宮下は本部を出た。

 華金の今日はやはり人通りが多い。難民も溢れているのだろうが、多いが故にどの住民が難民なのか検討もつかない。
 宮下はいつもの酒場『魑魅魍魎』に入った。これまで直近で2度訪れている。ある程度の雰囲気やシステムは把握済みだ。

 それにしても賑わっている。店内を見渡し、空いてる席を探す。4人がけのテーブル席に見覚えのある姿、パーカーにヘッドホン、間違いなく蒔倉だ。そして、蒔倉の向かい側の席に女性が1人座っている。
 女性は長髪に重めの切りそろった前髪。昼間カフェで見た麗子像の女性だ。
 こんなチャンスはない。宮下は真っ先に蒔倉の座るテーブル席へと向かった。

「蒔倉さん、こんばんは」宮下が声をかける。
「あ、宮下さん。こんばんは。つい昨日ぶりですね」と蒔倉は笑った。
「満席みたいだから相席しても良いかな?」宮下が訊く。
「私は大丈夫ですよ。青豆さんは大丈夫ですか?」
「はい。かまいません」青豆はほんの少しだけ微笑むように答える。
「すみません、無理言ってしまって」榎本は蒔倉の隣に座った。

 まさかここで今朝、電話で聞いた内容と繋がるとは。宮下は青豆を一瞥し、メニュー表に目を落とす。
 理生の口から出た名前『青豆』は昼間カフェで会った麗子像の女性。それに、難民である蒔倉と理生が関わる人物となれば、青豆は難民の可能性が高いと考えられる。
 宮下は注文を終えると2人の話に耳を傾けた。
 何やら小説の創作についての話であり、至っておかしな点はない。

 宮下の注文していただし巻き玉子が届く。
「だし巻き玉子、私もこの前作りました」青豆が微笑む。
「え、凄いですね、青豆さん」蒔倉が応える。
 青豆はおもむろにスマホを取り出すと、フライパンと割られた卵が4つ入ったボールの写真(なぜか白黒)を表示した。

「そういえば昔働いていた美容室の社長から言われたことを思い出したの。『セルフプロデュースをしなさい』って話」青豆は静かに話し始めた。
 この写真でセルフプロデュースの話となると、料理をする、または得意であるという自己アピールをした。ということだろうか、宮下は黙考した。
 蒔倉は黙って写真を見つめている。
 青豆は話を続けた。
「社長からは『半年間、同じスタイルを貫いて、半年後にガラッと変えなさい』そう言われたわ。たしかにその社長も一定期間オールバックにしたり、ハットにしたりしてた」
 青豆は写真をスライドさせて、卵をボールで溶いている写真(これも白黒)に変えると、「卵は4つ使います」と呟いた。
 料理のスタイルを変えろという話だろうか。
 蒔倉も写真を見つめながら青豆の話を真剣に聞いている。
「社長の顧客の多くは半年で3回も来店する方々だったから、3回とも同じ格好の社長を見て、半年後4回目に社長の雰囲気がガラッと変わっているのを喜んでいた…のかもしれません」
 青豆はまた写真をスライドさせ、「エイッ」とフライパンへ卵を流し込む写真(白黒)に変えた。
 青豆はその後も続ける。

「たしかに、同じスタイルを貫くと覚えて貰いやすくなるから、戦略として良いわ。美容室は数ヶ月ごとにしかお客様と会わないから、私であれば“黒髪ロングの人”という印象を与えて、まずは覚えてもらうというのは有効よね」
 次は一度巻かれた(形の危うい)玉子焼きがあるフライパンへ、もう一度卵を流し込む写真(白黒)へスライドさせ呟いた。「ダイジョブカ?」
 しかし、青豆は止まらない。

「他にも社長からは、インパクトがあるから『お前は下の名前でデビューしろ』と言われたわ。たしかに私は周りからも『ノノさん』と呼ばれることが多かった。社長は考えがあっての事だったけど、当時は恥ずかしくて断わってしまったの。でも、今思うとやってみれば良かったわ」
 青豆は静かに写真をスライドさせた。次もまだ玉子焼きを巻いている工程だ。(白黒)

「どうしてこんな話をしたかと言えば、今日、久々に服を買いに行ったの。そして、自分がやたら青いアイテムを探してることに気がついた」
 次に青豆が写真をスライドさせた頃には、フライパンの中で玉子焼きの形が完成していた。(白黒)「これを熱々のうちアルミホイルで包む」
 そう言いながらも、青豆はフライパンon玉子焼き写真まま話を続ける。

「私は青豆を名乗っている時間の方が多いわ。だから『青』をイメージカラーにしているの。それでついに服選びにもその影響が及んでしまったのね」
 青豆は写真をスライドさせた。だし巻き玉子はアルミホイルに包まれていた。(白黒)「15分、放置よ」

 青豆は唐突に黙り込んだ。それから数分経ったが何も話さない。
 蒔倉は目をぱちくりさせながら、青豆と写真を交互に見ている。
 もしかして、本当にここから15分、会話まで放置するつもりか。宮下はこの状況になぜか焦った。

「…で、青い服は買ったの?」宮下が耐えきれず青豆に聞いた。
「青豆さんと言えば青ですもんね。買ったんじゃないんですか?」なぜか蒔倉が宮下に向けて答える。
 青豆はおもむろに写真をスライドさせた。アルミホイルに包まれていただし巻き玉子が姿を現す。(白黒)
「買ったよ」
 次に青豆が見せた写真は、切って盛り付けられた黄金色こがねいろに輝くだし巻き玉子だった。(カラー)

 宮下は思った。今まで目の前で繰り広げられていたのは何だったのか。いったい何が本筋だったのか。

「えーっと、つまり…なんの話しですか」宮下は訊いた。
 これまでの経験上、皆が目を輝かせ「そうそれです」と言うようにこの言葉に食いついてくる。青豆も難民なら例外ではないはずだ。宮下は青豆を見た。
 青豆は平静を保ったまま微笑んで、こう言った。

セルフプロデュースとだし巻き玉子の話です」

 いや、ちょっと待ってくれ。それは分かっているんだ。
 ただその2つの話が同時並行的に進んでいき、主旨がどっちなのかが分からない。つまり、これこそ『なんの話しですか』なのに、タグは使わないだと…!宮下は困惑した。

「え、ちょっと待ってくださいよ、青豆さん。この話であのタグ使わないとかあるんですか」と蒔倉が驚いたように笑う。
 やはり難民の蒔倉も同じだったか。

「鋭いのね。これはもう一段階進んだ、あえて使わないというプレイよ」青豆は穏やかに微笑んだ。
「まさかのプレイ。まさに『なんの話しですか』なのに、あえて使わないとかヤバすぎます。えぐいです」蒔倉は驚きつつも笑いながら「あれは頭バグりますね。何が起こったのか分からなすぎて、本当にえぐぅってなりましたもん。新感覚すぎますよ」と、興奮気味に話した。
 宮下も蒔倉ほどではないが、たしかに何が起きていたのか分からず、頭がおかしくなる感覚には共感した。

「なんだか楽しめたのなら良かったわ。それにしてもエッグにえっぐぅなんてオシャレね°・*:.。.☆」青豆は満足そうな笑顔で蒔倉を見た。
 蒔倉は「なんの話しですか」と口元を緩ませて嬉しそうに言った。

 どこがオシャレなんだ。と、思わず心の中でツッコむ。宮下は繰り広げられる会話の理解に苦しんだ。

「青豆さん、この話は創作大賞へ応募するつもりはないんですか?」蒔倉が訊く。
「そうね、今のところそのつもりはないわ」青豆はさらっと答えた。
「そうなんですね。新感覚のエッセイで面白いから新しいジャンルとして良いなと思ったんですけど…」蒔倉は残念そうに目の前にある豆を摘んだ。
「まぁ、また気が向いたら書くわ」青豆はそう微笑むと、蒔倉と一緒に豆を摘んだ。
 宮下は内心ギョッとした。こんなのが創作大賞に出たらひとたまりもない。パンデミックもいいところだ。

 2人は豆を食べ終えると、そろそろお開にして、また今度話しましょう。とそれぞれお代を払って帰って行った。
 そんな2人を見送り宮下も店を出た。外に出ると、先程まで訳の分からなかった話が、とても清々しく思えた。なんだか後味が良い。また、この感覚か。宮下は街の灯りに照らされた空を遠く見上げた。




次へ続く





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