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「オペラ座の怪人」の正体が地味に哀しかった件

劇団四季で観た「オペラ座の怪人」

子供がぜひ見ろというので一緒に観劇することになった。実は最初は気が進まなかった。私の子供は静かだが決して諦めない性質。時間をかけ、つぶやいたり感想を述べたり世間話を交えながら、回りくどく時にはストレートに、真綿で首を絞めるように家族を自分の好きな方向に導いていく。

劇団四季が、「キャッツ・シアター」というか巨大なテント劇場を開設したのを職場のそばで見たのは遥か昔。一体あれは何だ?と遠目に思っただけで近づいた事はなかった。

ミュージカル映画は好きだったし舞台劇も好きだった。でも、劇団四季にはほぼ縁が無く、詳しいことは知らないまま時が経った。一度触れた事があるのが「エルコスの祈り」という子供向けミュージカル。

子供向けと侮ってはいけない。AI、意思と心を持つロボット、高度化された監視&管理社会、教育界の腐敗など、てんこ盛りのテーマで深い。

子供が小さい頃学校の観劇会で見てはまり、その後DVDを購入し一緒に見た。何十回も。。私の子供は洗脳のプロだ。自分の好きなものを周囲に確実に浸透させる。その頃から四季のタネが蒔かれ芽を出していた訳だ。

芽を出してから収穫まで

ぜひ見て、一緒に見よう、いつ見る、予約は?の波状攻撃を経て私が払う決断をするまで3ヶ月くらいはかかったと思う。のらりくらりかわしていたが、次第に興味が勝った。作戦負け、心理戦負け。私が勝つ事はない。

会員になった方がお得よという囁きがあり、なぜか私が会員となり東京公演のチケットを予約。私は完全にお釈迦様の手の平の上にいた。

※2022年7月現在、「オペラ座の怪人」は大阪でロングラン公演中。

演目の「オペラ座の怪人」は全く知識がなく興味もなく、劇団四季というものが何か分かればという浅い期待しかなかった。創設者の浅利慶太は既に他界していたし、自粛期間の延長で世間の空気もまだ淀んでいた。

見たいという必然性を感じないまま、予約した上演日が近づいていた。

劇場には幸せ感が満ちていた

四季専用に作られた劇場はなかなか良かった。観客も老若男女、女性客の方が多い気がした。入場時から盛り上がっている。自粛期間のため会話控えめ、マスク着用、消毒、飲食禁止、観劇履歴をQRコードで登録など、野戦病院のような厳戒さであったが、人々の顔は明るかった。

久々の本格的な再開。きっと、この日をずっと待ちわびていた人たちだったのだろう。期待感とわくわく感が会場に満ちあふれ開演の時間となった。


ところで劇団四季には独特の発声方がある。詳しくはこちらの書籍に詳しいが、他劇団とは違う独特のメソッドをとっている。何となく聞くと分からないかもしれないが、意識して聞くと面白いかもしれない。

この熱気は一体何だ?

終演の盛り上がりは人生初の体験だった。劇が素晴らしかったせいか、自粛期間の終わりが観衆の感動を高めたのか、キャストの誰かの演技が素晴らしかったのか、最後は劇場総立ちのスタンディングオベ-ションだった。

拍手は鳴り止まず、キャストの答礼も幸せ感一杯。待ちに待ったこの日という凄まじい熱気が劇場全体を揺らしていた。確かに良かった。音楽も歌も演出も。それにしても凄い熱気。一体これは何だろう?

後に知ったのだが、これは四季劇場のお作法らしい。いつ、どのように始まったものかは知らないが、フィナーレの一体感が四季の演出に含まれている。子供は泣いていた。周囲も泣いていた。私ももらい泣きをしそうだった。浅利慶太の集団幻想論的な空間演出は確かに成功しているようだ。

ストーリーに腑に落ちない点が

終演後に冷静になり食事をとる内、私は怪人の正体が気になって仕方がなかった。あの怪人とは一体何者なのか?劇は怪人の詳細な背景を語らず、怪人とは何か観衆が理解している前提で作られているとしか思えなかった。

子供に怪人の正体を尋ねたが良く知らないとの事だった。<お父さん>だと思うと言う。私もそんな気がしたのだが、どんな経緯でお父さんが怪人になったのか、どうして醜くなったのかが分からない。

私もお父さんなので、その点が気になって仕方なかった。映画や劇を見ると、それが研究テーマになるという私の病気がまた始まった。

昔のDVDで「オペラ座の怪人」を研究

謎を追う内、たまたま昔の映画「オペラ座の怪人」のDVDが向こうからやって来た。気になって念じていると解答が空からやって来る事がある。受験生の時には一度も起こらなかったが、趣味の世界では割とある。

こんなパッケージだった。

1943年の映画「オペラ座の怪人」

劇を見ただけでは分からない背景が詳細に理解できる内容だった。四季の劇は物語はもちろんだが、キャスト、音楽と歌唱、舞台造形と環境的な演出が主役だが、この映画は物語が主体。お父さんが怪人になるプロセスが全て分かり、子供も見てびっくりしていた。

怪人と呼ばれてしまう哀しみ

お父さんは怪人ではなかった。なりたいと思ってなったのではなかった。世の中に裏切られ仕方なく怪人になったのだった。怪人は、とてもやさしいお父さんだった。

私は、四季劇場の上演も素晴らしいと思ったが、この古いDVDを見てお父さんへの感情移入が進む事になった。

もし最初に、このDVDを見ていたら、劇からは全く違う印象を受けたかもしれない。舞台装置や舞台上の劇場、殺人事件の背景もすっきりと分かったと思う。

しかし、四季劇場で見るポイントは、きっとストーリーそのものではないのだろう。同じ題材を扱っていても、独特の演出とオリジナルな舞台空間で新たな世界を描くのが劇団四季の「オペラ座の怪人」。生身の役者が演じ、生オケで、観衆がキャストやスタッフと密な一体感に包まれる場。それが四季のゴールなんだろうと思った。

この機会を与えてくれた子供に感謝したい。