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季節の博物誌 6 烏瓜

 蒸し暑い夏の夕暮れ。草むらに目を引く花が咲いているのを見かける。星形の花弁から純白のレースが裾をなびかせているような不思議な花だ。これがカラスウリの花だというのは大人になってから知った。夕闇が降りてくるにつれて開いていくその花は、暗くなった周囲からぼおっと白く浮かび上がっている。その姿は清純にも、妖艶にも見えた。夜に飛び交う蛾たちにとっては、さぞ魅力的な花なのだろう。夜が更けて蛾達が群がる妖しい光景を想像しながら、夜の闇に溶けこんでゆくこの花を見ていたことがある。
 晩夏のころ、同じ草むらを通ると、蔓の先端に青い実が出来ていた。実の表面に瓜の仲間らしい縞模様が現れて、猪の子供の「うり坊」のお尻のようで可愛い。この実が秋が深まるにつれ、赤く色づいていく。
 烏瓜の実を好む人は多い。毎年どこからか沢山の烏瓜を取ってきて、窓にぶら下げている店がある。秋の野山を歩いている時、烏瓜があると、つい持って帰りたくなる。日本画の題材としても烏瓜は頻繁に登場し、画家が描きたくなるモチーフであることが分かる。
 烏瓜の葉は一枚一枚がすべて違った色付き方で紅葉し、くるくるとゼンマイのように巻いた蔓の曲線は、オブジェとしての存在感がある。それらを背景にして、野原中に散らばっていた真紅の色彩を集めて一点に凝縮したような紡錘形の実が、秋の空気の中で冴え返り、高くなった青空と互いの鮮やかさを引き立て合っている。
 冬が近づき、周囲の植物が枯れてきても、烏瓜の実だけは色褪せずに蔓にぶら下がっていて、日に日に目立つ存在になってゆく。衰えていく太陽の力が、まだそこにとどまっているかのように。
 やがて霜の降りる季節、周りが枯れ色一色になった風景に唯一残ったその真紅の色は、原色を渇望する散歩者の目を潤し、心を少しだけ暖めてくれる。

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