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季節の博物誌 9 カマキリ

 冬のある日、庭の金柑の木の枝に、親指の先くらいの大きさの奇妙な白い塊があるのを見つけた。ひしゃげた袋状で、薄い黄色の縞模様がある。これと同じものを確か子供の頃に見たと思い、しばらく記憶をたどって、カマキリの卵であることを思い出した。カマキリの卵は春に孵る。この卵は、寒さに耐えて冬を越すために、秋に母カマキリが産みつけたものだろう。遠い昔、図鑑を開いて調べ、名前が分かった時は、とても嬉しかった。
 カマキリが卵を産むのは見たことがないが、獲物を捕まえる姿は、半年前にこの金柑の木で見かけた。旧盆の時期の夕暮れ時、外でビビビビ・・・とモーターがうなるような音が響いてきたので、びっくりして庭に出ると、金柑の木の枝に一匹の大きなカマキリがいて、アブラゼミを捕まえて食べていた。セミは全身を激しく震わせて逃げようとしているが、動けない。セミにとっては最悪の災難であろう。しかしそれは庭の隅で淡々と進行する儀式のようにも見えた。
 その時のカマキリがこの卵を産んだのかどうかは分からないが、この卵が産まれるために、カマキリによって奪われた命は沢山あったはずだ。そのカマキリも、鳥など天敵によって多く犠牲になっているのだろう。すべての生物には自然界でそれぞれ果たす役割があり、他の生き物を支えるための糧となる事もそのひとつだ。食べる側であれ食べられる側であれ、全ての命はひとつの大きな流れの中で繋がっていて、個々の生死に大きな意味はないのではないか。昆虫たちを見ていると、そんな気持ちになる時がある。
 カマキリというと、数年前に、もうひとつ思い出がある。秋晴れの日、庭で草取りをしていると、いきなり大きなカマキリが飛んできて、目の前にポトリと降り立った。動く私の影を見て、獲物と思いこんだのだろうか。カマキリは、何か変だぞというように少し戸惑うような動きをしたあと、私に向かって前足の鎌を振り上げて、間の悪い威嚇をして見せた。逆三角形の冷酷そうな顔が、その時は妙に滑稽に見えたことを覚えている。


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