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新学期

 新学期になり、僕とミハエルはともに二年生に進級した。

 始業式も恙なく済み、次の日のこと。
 学校に行くと、辺りがざわついていた。
「おはよう、リヒャルド」
 いち早く、僕の姿を認めたクラウスが近寄ってきた。
「クラウス、おはよう。なんの騒ぎ?」
 ふしぎそうに尋ねた僕に、クラウスは耳打ちする。
「上級生が来てる。噂の四年生」
 このギムナジウムは、一年から三年までの下級生と、四年から六年までの上級生で、校舎が別棟になっている。だからおなじ上級生でも三年生ではなく、四年生と云うのは、たしかに珍しいことだ。
「四年生?」
「そ」
 そこで先程のクラウスの云い回しを思い出した僕は、重ねて訊いた。
「それに、噂って?」
 クラウスが目を丸くした。
「なんだ、リヒャルド、知らないのか?」
「なにを?」
「編入してきた超大物の四年生。なんでも、前の学校でやらかしたらしい」
 クラウスが声を潜める。自然、僕も潜めた声で訊く。
「やらかした?」
「問題を起こしたってこと。超大物だから、勿論伏せられてるけどな」
「何者なの?」
 話に夢中になっていた僕たちは、まったく気づいていなかったけれど、いつの間にか周りの状況は変化していたようだ。頭上から低い声が降ってきた。
「シュナイザー・ハートランド」
 驚愕して貌(かお)を上げると、件の四年生だった。
 いつの間にか周囲は、水を打ったような静けさだ。
「はじめまして、センパイ」
 動揺を気取られないように、いつもの超然とした態度にもどり、僕は微笑んだ。誰もを魅了する僕の微笑み。
「ほう、やはり美しいな。君のことは、聞いているよ、リヒャルドくん」
「そうですか、どうせろくな噂ぢゃない」
「そんなことはない。新二年にすごい美人がいるから、一見の価値ありってね」
 シュナイザー・ハートランドは微笑みを浮かべた。大柄な体躯に隠れ、気づかなかったが、意外に人好きのする美丈夫かも知れない。まあ、まったく好みではないけれど。
「それで、態々(わざわざ)見に来たわけですか? 案外、暇なんですね、上級生も」
「つれないね、逢いに来たのに」
「期待はずれで、申し訳ありませんでした」
 僕はかたちだけ謝罪してみせた。シュナイザー・ハートランドは、破顔した。
「まさか! 想像以上だったさ。つれないくらいが、堕とし甲斐がある」
 外野が息を飲むのを感じた。
「ご自由に」
 相手にせず、話を切り上げた心算だったが、相手には通じていないようだ。躰(からだ)から受ける印象どおり、厚かましいタイプらしい。
「いいかな?」
 云って、シュナイザー・ハートランドは胸ポケットを指した。だが、返答を待つ気はさらさらないらしい。長い指で煙草を抜き取ると断りもなく、火をつけた。
「できれば、遠慮してほし……」
 云いかけた矢先、紫煙の刺激で盛大に咳き込む。僕は、煙によわい性質(たち)なのだ。
「リヒャルド!」
 飛び出してきたのは、ミハエル。咳き込みつづける僕を庇うように、シュナイザー・ハートランドとの間に立った。
「ミハ……エッ……」
 呼ぼうとして、また咳き込んだ僕を気遣うように覗き込みながら、ミハエルは僕の肩を抱く。
「行こう、リヒャルド」
 歩きはじめた僕たちは、シュナイザー・ハートランドに進路を塞がれた。
「待てよ、」
 ミハエルは僕の肩を抱いたまま、シュナイザー・ハートランドに一礼し、脇をすり抜けようとした。
 しかしシュナイザー・ハートランドは赦さず、ミハエルの肩を押し留めた。
「聞こえなかったのか、お前? お姫さまを守る騎士(ナイト)でも気どってんのか?」
シュナイザー・ハートランドがせせら笑う。ミハエルは、つめたく云い放った。
「上級生だって威張っているわりには、ずいぶんなにも見えていないんですね」
「なんだとっ」
 シュナイザー・ハートランドはミハエルに詰め寄る。
「だってそうでしょう? 彼が厭(いや)がっているのが判らないんですか?」
 ミハエルは涼しい表情(かお)で冷たく云った。
 シュナイザー・ハートランドはますます勢いづく。ミハエルに掴みかからんばかりだ。
「だいたい、なんなんだ、お前!」
「リヒャルドの友達です。ミハエルと云います」
 冷静に応じるミハエルの態度は、火に油を注ぐ。
「なめてんのかよ、お前」
「いいえ。質問にお答えしただけです、センパイ。それより、」
 ミハエルはあくまで冷徹だった。鉄の冷徹さ。
「そろそろ、リヒャルドを保健室に連れて行きたいんですが、」
 ミハエルは冷徹な態度を崩さないまま、シュナイザー・ハートランドを睨めつけた。
 その圧力に屈したのか、シュナイザー・ハートランドは道を空けた。
 まだ、咳き込んでいた僕は、殆どミハエルに抱きかかえられるようにしてその場を後にした。気圧されたような同級生たちの視線を感じながら。



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