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ガザの上にも月はのぼる 究極Q太郎

ムクドリの群れが
暗い夕空のなか
投げられた網と舞って
やがて近くの農家の一本だけ高い欅の樹にとまる。
そうしてけたたましく囀ずっている。
…気がふれたように。
以前、仕事にゆく途上
通りがかった川でムクドリの行水を見かけた。
日頃は水が流れていない「空堀川」という名の涸れた川だが
直前に降った夕立が川底に水溜まりつくって
そこで鳥の群れが囀ずりながら行水をしていた。
かたわらにならび
前のものが終わり順番がくると飛び込み
ひとしきり翼をバタつかせまわりに飛沫をはねとばす。
済ませると近くの電線にとびうつってほかのものを待つ。
それはなんとものどかな光景だったが
すぐそばの
豊かな雑木林が伐られたばかりで
そこから追い出された
気の毒な避難民の列のようにもうつった。

その夜、仕事が終わった夜更けの帰り道。
またそこへさしかかると
近くの農家の高い欅の木から
けたたましい響きが聞こえてきた
鳴りっぱなしのアラーム音のような声が
気がふれたようだな、と思う。
夕方に見かけたムクドリの群れが/そこに宿っていたのだった。

別の日に通りがかると
樹の幹に高い梯子が立てかけられ
枝がバサバサ
躊躇なく伐られていた。
そうしてだんだん骸骨のような丸坊主へと変えられていった。
それがムクドリの群れを追い払う農家の苦肉の策だとしても
なんとグロテスクな
救いのない光景だったことか。

※ ※ ※

最近、SNSで
ガザからの投稿をみるのを日課としている。

“I’m still alive.Gaza”

しばらく救いのない画面に見入ったあと
あげた目の先に月がある。
たとえこの世界の全てが目を瞑り、晦まされても
かならず月は見ているのだと
私には分かる。なぜなら…

ひところ仕事の後、
毎晩四時間ほどかけてゆっくり
長い道を歩いて帰っていたのだった。
その前まで私は
誰からも見捨てられた気持ちで
ひっそりと酒に逃れた
やけっぱちな生活に心身を荒らして
深みにどんどんはまっていた。だが、ふとしたことを理由に
その三昧を散歩三昧にかえようと思いついた。

飼い犬が
夜の散歩に出かけられなくなった。
老いて腰を痛めるまで
飼い主を引きずっていく夜の散歩で
駅前の焼き鳥屋の常連客になりすまし
私を差し置いてあるじ然としていた
ちゃっかり者のわが犬だったが、
殆ど寝床から動かなくなってしまった。
そうして私は早く帰宅する理由がなくなった。
浮き世の手で荒々しく
扱われてすり切れてしまった心を
しずかに繕いなおす時間に
ひたるように夜ごと住宅街の人気ない道を辿る日々だった。
すれ違う人は殆ど誰もいない
だんだん私は世界にただ一人いるという離人感につつまれ
月が高みからいつも
覗き込んでいるのをみた。

帰宅すると
待ちわびた老犬が
悲鳴のような声をあげて鳴いた。
夜更けに近隣にそれがけたたましく響く。
それは夜毎のことで
なにか異様な
気がふれたようなことが起きていると
疑われても仕方がない状況にあったが
私が腫れ物のように扱われていたため
近所からそのことを
面と向かって
聞かれたり咎められたり
対処をもとめられたりはしなかった。

それから私は犬と
一緒にシーツにくるまって寝た。

誰もひとのことなどほんとうには気にかけない。
星々が次第に
離れて背きあいもはや互いのもとへは
気がふれたような金切り声しか届かないこの宇宙に
放り出されたままこれっきり
離ればなれに
ならないように抱き合いながら。

※ ※ ※

雑木林が伐りひらかれたあとには
家が建てられていた。
相続税を支払えない持ち主が土地を売ったのだと
犬を散歩させている飼い主仲間から噂をきいた。

私の同僚たちも
子供をもうけるとそんな家を買うのだった。
マイホームを建てることは
「おめでたい」と当然のごとく寿がれる。
そんなことによってようやく報われる
労苦。その式でいけばいけばローンも済むだろう。

※ ※ ※

かつて
動物のように追い立てられた歴史をもつ人たちが
今度は
動物を追い立てるようにひとを追い立てる
土地を奪って家を建てるつもりで
それを「あれはひとではない動物なのだ」と合理化するのだが
軽くアイロニーと呼んですますにはどうにも救いがたい
幾重にも気のふれたようなすがたにみえる。
もはや生き物を敬わない世界の主のために
とうとう底が抜けてしまった地獄のはじまりのようだ。

私はそれを見つめる
…月の使いなのか…

嘲笑いながら
トロフィーの骸骨と
記念撮影

殺されたとき
誰のものか分かるように
からだのパーツの肌の上に書く名前。


(究極Q太郎さんの2024年1月9日のTwitterより)

究極Q太郎 プロフィール

3K16 詩の朗読会@新宿 2024年2月12日(月祝)

究極Q太郎、小森岳史、カワグチタケシ、イニシャルKの3人による3K朗読会です。第16回。今回は、新宿・歌舞伎町で開催です。

3K16 3人のKによる朗読会 第16回 

日時:2024/2/12(月祝)13時半開場 14時開演
出演:究極Q太郎、小森岳史、カワグチタケシ
入場料:2000円(スイーツ&ドリンク込み)
会場:CAFE & BAR Crospot
   東京都新宿区歌舞伎町2-40-5
   La'gent Hotel Shinjuku Kabukicho
   https://lagent.jp/shinjuku-kabukicho/


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