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焼きそば一皿11万円なり

※本日はKOBE豚饅サミット®着想譚はおやすみです。

20年近く前、まだ山陽明石駅の商業施設にお店があった頃の話である。
とある日の午後、一本の電話が私に入る。
通知された番号は山陽明石駅のお店から。

「大変申し訳ないのですが、苦情がひとつ入ってしまって上の者が出てこないと収まらないとお客様がお怒りで・・・。」

と第一声から涙声のその店の店長からのヘルプコールだった。
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事件が起こったのはこの電話の前日。
店長が出社した12時前、店内は騒然としており、一人の女性客が怒号を振りまいていた。ただごとではない様子を察知して取るものもさておき店長は激高している女性客の下へ駆けつけ事情を聴いた。

すると注文した焼きそばの中に虫が入っていたという。それも食べ終わる頃に発見して、中国人の店員に伝えたところ作り直すという対応にひどく憤って怒鳴り散らしていたところに店長が来たという流れだ。

この段階では150%当店が悪い。そして水際の対応も最悪だ。
その話を聞いた店長は誠心誠意のお詫びの言葉を述べ、心からのお詫びの印のつもりだったのだろう。自腹で1万円を包んで女性客に手渡した。

それを受け取り女性客は一言。

「あんたに免じて今回は許したるわ」と店をあとにした。
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うろたえる店長からその後の顛末を聞くと、
店長が出勤した時間にまた昨日の女性客が神妙な面持ちやって来たらしい。

「昨日の晩から腹痛がひどく下痢が止まらない。きっとあの虫入りの焼きそばを食べたからに違いない。夜はお店をしてるのだけど、それも当分開けない方がいいと医者が言っていた。一体どうしてくれるんやっ!?」

その女性客はお店のある商業施設のとなりの施設で占い師をしている人物(夜は自称スナック営業)で周囲の評判もあまり良くない人物であるということだった。店長は昨日にお詫びとしてお金を包んで許しを得たのでは?と女性に伝えると、

「それはあんたの気持ちやろ?今は会社の対応としてどうしてくれるのかと聞いてるねん。」

典型的なゆすりたかりの手口だ・・・。

その報告の電話を受けて食中毒保険に入っている保険会社に相談した。
保険が下りる条件としてはその腹痛がうちの焼きそばを食べたことが原因によると因果関係が立証されれば保険は下りる。そのためには医者の精密な診断書が必要で腹痛を訴えている者にも証明義務があるということだった。
保険会社の助言としてはそのような人間は保険があることが分かれば、とことん取ろうと考えるのであまり表立って保険のことは言わない方が良いとのことだった。

その話し合いを経て一路、明石のお店へ。
お店へ私が着くなり、平身低頭で謝罪を繰り返す店長。何も悪くないのにその姿に心が痛む。

指定の時間になり、女性客の職場であるとなりの商業施設の占いブースへ店長とともに向かった。そのブースは書籍売り場の一角にありエスカレーターと壁の隙間を生かした空間で、着席すれば書籍売り場の視線はあまり気にならない配慮がとられていた。

その女性客(以後インチキ占い師)の特徴、年の頃は50代半ば、色眼鏡をかけ深く刻まれた眉間の皺が底意地の悪さを物語っていた。

店長と私が到着するとインチキ占い師は笑顔で占いのお客さんが座る椅子に店長とともに座るよう指示した。本来ならこの二人掛けの椅子に座って相性占いとかをしてもらうのだろう。前にいる人物ではなくまっとうな占い師にこれからどうなるのかを占ってほしいと思わず考えた。

挨拶もそこそこに私は名刺を差し出した。インチキ占い師は役職を確認し、自分は障がい者手帳を出して名前を名乗った。第一声としてお詫びの言葉を述べた。インチキ占い師はそこでは席に案内した時の笑顔を崩さず、

「で、どうしてくれるの?」

とニタニタとした薄ら笑いを浮かべ促した。

「まずはこちらをお受け取りください。」と持参した菓子折りを渡した。

そして謝罪方針を述べていった。この時点で相手の薄ら笑いは消え能面のような表情になっている。いたって不気味である。
当社としては腹痛は当社の商品に起因するものであれば治療費等を負担させていただくが、まずはその腹痛の診断書をお医者さんから取ってきてほしいと頼んだ。すると、

「診断書はあるで、、、」

とカバンの中から書類を一枚取り出し提示してきた。
確認すると、【診察証明書】とあり、内容としては某月某日に○○様を診察し、下痢の薬を処方したというようなことが書いてあった。
一通り目を通し、この証明書では要求している事案(治療費とお店の一週間の休業補償)は受けかねることと、虫入りの焼きそばに対する謝罪は昨日店長が渡した1万円でなされていると会社としては判断することを伝えた。するとインチキ占い師はおもむろに立ち上がり、

『ちょっっっとぉぉっ!!!!聞~~~い~~て~~~!!一貫楼っていう中華料理屋は客に虫入りの焼きそば食べさせて謝りもせ~~~へんねんで~~~~~~~~~~~~~!!!!私が障がい者やから舐められてるぅぅぅあぁあぁぁぁあぁぁぁぁ~~~~』

本屋フロア全体に響き渡るような絶叫である。一瞬ミュージカルの舞台に迷い込んだかと錯覚するほどリズミカルな暴言。。。。
いやいや落ち着いてくれとインチキ占い師に懇願する。出迎え時の薄ら笑いいからの、この突然の絶叫。心理的に揺さぶるのは占い師の真骨頂だと今これを書いていても感じる。

「で、なんて?」

また同じ説明をする。するとまた立ち上がる。今度は叫ばず、こちらの静止を待ってまた座る。ええようにやられておるぞ20代の私、、、
こんな人物に目を付けられるなんて何たる悪縁、だいぶこの辺りで辟易としてきている。とりあえずこちらばかり喋っているのでインチキ占い師の方の主張を聞くターンとして具体的にどうすればいいのか聞いてみた。

「とりあえず示談書書き!起きた事実に謝罪の文言、それにあとは気持ちそれだけ書いたら許したるわ。」

明らかに金銭を要求している。相手方が焼きそばと腹痛の因果関係を示していないのにこの要求を受け入れることは出来ないと思い、書かないという意思を示す。

「書け!」「書きません!」「書~け!」「書きません!」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このようなやり取りを延々2時間ほどしたと思う。出直すという手段も冷静な時なら取れるのだろうが、こちらも意地になっていた。
ついに私が根負けして言ってはいけない一言を口にしてしまう。

「もう!そしたら書きますわ!そのかわり金輪際うちの店に立ち寄るなよ!なんぼ欲しいねん!?」

「ええで。なんぼはあんたの答えるとこやろ?なんぼ出すねん??」

心の底からこの悪縁を断ち切りたくなり、一発勝負に出ようとマインドが揺れた。

「10万円でどうや!」

インチキ占い師は膝を打ち

「決まりやっ!書けよ!」

プロの手口に完全にしてやられた・・・。

私はその場でインチキ占い師に現金で10万円を支払い、示談書を書いた。
今であれば途中で席を立ち、警察でも裁判所でもどこへでも行けと三味線を弾く芸も出来ただろうが、いかんせん当時の私には経験があまりにも少な過ぎた。ただこの経験をしたことで大抵の苦情クレームは怖くなくなったが。
思い出したくもない苦い苦い経験である。

非常に後味の悪い話であるが、この話に後日談がある。
これだけの損害と屈辱を私と店に与えたインチキ占い師に対して忘れたいとは思いつつも風の噂などでそれなりに情報を集めたりしていた。
あの事件以降1年ほどで占いブースは撤去された。施設と金銭的なことで揉めたらしい。そしてほどなくして原因不明の病気で死亡したと聞いた。奴は自分の中では目先の10万円を得ること(余罪もいっぱいある)と寿命とを引き換えにしたんだと折り合いがついた。悪いことをすればバチが当たるという言葉。あれは真実だ。この話のほかに自分の中ではあと2本この手の話がある。それはまた後日に。

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