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【声劇台本】のんたいとる! 2:2

◆登場人物◆
山田在人(やまだあると)
 演劇部の部長。自己中心的で横柄な態度が目立つ。
田中小宇宙(たなかこすも)
演劇部の部員。バカだけど運動はできるタイプ。体育祭のリレーでは敵なしだった。
天鳴響子(あまなりきょうこ)
 演劇部の副部長。実質的なまとめ役。運動は苦手で足が遅い。未だにガラケー愛用者。
陸奥燐(むつりん)
 演劇部の部員。背が低いので幼い少女役をやらされることが多い。絶賛利き腕骨折中。

※この台本では劇中劇があります。『』内は劇中劇のタイトルで、その下に配役を書いています。


『KNIGHT+CRISIS(ナイトクライシス)』
山田(ダルトン)

 代々王宮に仕える騎士家系出身。タナティスの兄貴分
田中(タナティス)
 平民出身だが努力して特級騎士となった若者
天鳴(マナリー)
 タナティスの幼馴染
陸奥(ツリン)
 マナリーの妹

 二人の騎士が剣をかまえ対峙している。

山田 (ダルトン)「よもや、お前と剣を交えることになろうとはな……タナティス」

田中 (タナティス)「ダルトン……運命とは皮肉なものだな。王国一の騎士になって、国を守りたい。ただ、それだけを願ってきたはずだったのに」

山田(ダルトン)「今ならまだ無かった事にできる。馬鹿な真似はよせっ」

田中(タナティス)「……」

山田(ダルトン)「タナティス!」

田中(タナティス)「なあダルトン。騎士の役目とはなんだと思う?」

山田(ダルトン)「?」

田中(タナティス)「裕福で権力のある貴族を守ることか? 神の血を引くという王族を守ることか? それが国を守ることになるのか? いいや違う。民だ。国を支えている民こそ守るべきなんだ。それこそが騎士の役目。俺が目指したエルディンナイトは、そういうもののはずだったんだ」

山田(ダルトン)「……」

田中(タナティス)「お前も見ただろう。あの焼け落ちた教会で、床に転がったいくつもの黒焦げの遺体を」

山田(ダルトン)「あの光景は忘れられん。不運が重なった可哀想な事故だった」

田中(タナティス)「事故……? 違う! マナリーは殺されたんだ」

山田(ダルトン)「!」

 タナティスの脳裏に過去の記憶が浮かぶ。

天鳴(マナリー)『タナティス、庭のアルテミスの花が咲いたの。とっても綺麗よ』

天鳴(マナリー)『ねえタナティス。騎士の仕事が大事なのもわかるけど、たまには自分の体もいたわってあげてね』

天鳴(マナリー)『タナティス! 念願のエルディンナイトに昇格したのね! おめでとう。もう幼馴染だからって気軽に呼び捨てできないね。えっと……タナティス、様?』

田中(タナティス)「平民だからと……安い命だからと……身勝手な貴族どもの避難を優先させたりしなければマナリーが死ぬことはなかった! マナリーだけじゃない。名も知らぬ幼い子供も、その父も、母も……みんな貴族の為に犠牲になったんだ!」

山田(ダルトン)「いや、あの時教会にいた全員を救出するには人手が足りな過ぎた。助かる見込みが高い者から助け出すしかなかったんだ」

陸奥(ツリン)「嘘です!」

 身体のあちこちを包帯で巻かれた少女が現れる。

山田(ダルトン)「君は……?」

田中(タナティス)「マナリーの妹のツリンだ。火事があった日、この子も教会に居た」

山田(ダルトン)「!」

陸奥(ツリン)「崩れた柱に挟まれた姉を、助けて下さいと……その場にいた騎士様に何度もお願いしました。ですが、聞き入れて貰えず……姉は亡くなりました。ダルトン様、覚えておられませんか?」

 顏の包帯を取るツリン。少女の顔には無残な火傷の痕が残っていた。

山田(ダルトン)「き、君は、あの時の……」

陸奥(ツリン)「助かる見込みが高い者から? そんなの嘘! もう息の無い貴族が何人も運ばれて行くのを私は見ました。なのに……! あのとき姉はまだ生きていたんです! 助かるはずだったのに!」

山田(ダルトン)「……」

田中(タナティス)「階級という差別にマナリーは殺された」

山田(ダルトン)「す、すまない……俺は……」

田中(タナティス)「ダルトン。お前を責める気はない。だが、このままではダメなんだ。マナリーの悲劇を繰り返さない為には、根本から国を変える必要があるんだよ」

山田(ダルトン)「まさかお前……革命を起こす気なのか?」

田中(タナティス)「信頼できる仲間が必要だ。ダルトン、俺と一緒に来い」

山田(ダルトン)「!?」

田中(タナティス)「この国から階級を無くし、皆が平等な国を作ろう」

山田(ダルトン)「そ、そんなこと、できるわけ──」

田中(タナティス)「できる。やるんだ。俺たちの手で」

山田(ダルトン)「…………」

 ダルトン、剣を鞘に収める。

山田(ダルトン)「お前たちはここに居なかった。そう報告する」

田中(タナティス)「ダルトン! この国は変わる必要がある! 民衆から養分を吸い取り、己だけが綺麗に咲こうとする奴らを、このままにしていいはずがない!」

山田(ダルトン)「もういい。他の奴に見つかる前に、早く行け」

田中(タナティス)「一緒に来てくれないのか?」

山田(ダルトン)「俺は……お前と行くことはできない」

田中(タナティス)「…………」

山田(ダルトン)「俺は、国の内側からお前たちに協力する」

田中(タナティス)「ダルトン!」

山田(ダルトン)「ツリン」

陸奥(ツリン)「!」

山田(ダルトン)「マナリーのことは、本当に済まなかった」

陸奥(ツリン)「……謝ったって姉は帰ってきません」

山田(ダルトン)「その通りだ。だから君に誓うよ。もう二度と、マナリーのような犠牲は出さない。必ずこの国を差別のない平等な国にしてみせる」

陸奥(ツリン)「ダルトン様……」

田中(タナティス)「ダルトン!」

 天鳴が手を叩く。

天鳴 「はい! 終了~~!」

山田 「うおーい! ここからがいい所だろう!? 最後まで演らせろ!」

天鳴 「(無視して)むっちゃん、腕のほうは大丈夫だった?」

 陸奥は片腕を骨折しているためギプスを付けての参加だった。

陸奥 「はい、片手で台本をめくるくらいは何も問題ないです」

山田 「聞けぇい!」

天鳴 「何言ってんの、今日中に台本決めなきゃいけないのよ? 何本候補あると思ってんのよ」

陸奥 「時代劇、学園もの、魔法もの、ロボットもの」

田中 「さっきのと合わせて合計5本っすね」

天鳴 「そう! そして台本決定の期限は今日の6時ジャスト!」

山田 「……」

天鳴 「田中くん、いま何時?」

田中 「ちょうど5時を過ぎたところっすね」

天鳴 「あと1時間ないのよ!? もーさっさとやってかないと間に合わないんだから! つぎつぎ!」

山田 「ちっ、仕方ない。じゃあ次、どれをやるんだ?」

天鳴 「そうねえ……私はどれでもいいけど」

山田 「陸奥、どれをやりたい」

陸奥 「えー……別にどれでも。内容知りませんし」

山田 「じゃあ田中、どれがいい」

田中 「俺もどれでもいいっすよ。内容知りませんし」

山田 「何故知らんのだ!? お前ら伝統ある我が部の過去作品をチェックしとらんとは勉強不足だぞ! 天鳴からも何とか言ってやれ」

天鳴 「私も知らないわよ」

山田 「え?」

天鳴 「興味なし」

山田 「な、何故だっ」

天鳴 「地区大会すら通過できない弱小演劇部の過去作品に、興味あるわけないでしょ」

山田 「き、貴様ッ! たとえ事実としても言ってはならん事を口にしたなぁ!」

天鳴 「ふん」

田中 「でも去年は天鳴先輩が入部してくれたおかげで、地区大会を余裕で通過できて県大会まで行けたんスから!」

陸奥 「うん。天鳴先輩様様。部長はもうちょっと先輩を敬ったほうがいいですよ」

山田 「どうして部長の俺が副部長にヘコヘコせねばならんのだ! おかしいだろうが!」

田中 「確かに。いっそ役職交換したらどうすか?」

陸奥 「あ、それ良いねー」

山田 「貴様らぁ……! あのなぁ、天鳴(コイツ)は演技力は多少あるかもしれんが、とんでもない運動音痴なのだぞ!」

陸奥 「いや今それ関係あります?」

山田 「大ありだっ! お前も知っていよう。昨年の体育祭のリレーでトップを走っていた我がクラスは、天鳴の破滅的な鈍足によって一気に最下位へと転落したのだ!」

天鳴 「あ、足が遅いのは仕方ないじゃない! みんなにはちゃんと謝ったし……」

山田 「謝ればいいという問題ではない! クラスの勝利に昼飯代を賭けていた俺は、1食分の金を失ってしまったんだぞ!」

陸奥 「自業自得じゃないですか」

田中 「あぁ。だからあのとき」

山田 「なんだ」

田中 「いや、あのリレーのあと、クラスの奴らからメシ代貰ったんすよね。1位取ったからって」

陸奥 「そういえば田中くん、リレーで3人くらいゴボウ抜きして女子がすごい歓声挙げてたよね」

田中 「へへっ。俺、昔から足だけは速いんすよ」

陸奥 「それでなんで陸上部じゃなくて演劇部なの?」

田中 「走ってる間って、走ることしかできないし、暇じゃないすか? 別に走るのが好きってわけでもないし。だからっすかね」

陸奥 「なるほど」

山田 「田中。金を返せ」

田中 「え?」

山田 「お前が手にしたメシ代は俺の金だ。返せ」

田中 「いいですよ」

山田 「いいのか」

田中 「ええ。結局使わなかったんで。えーっと……(財布を漁る)あ、あった。はい部長」

山田 「……なんだこれは」

田中 「雷鳴軒の食券っす。これをもらったんすよ」

山田 「しかも期限が切れているではないか!」

田中 「ありゃっ、もったいことしたなぁ」

陸奥 「あのー、そろそろ台本決めません?」

天鳴 「そうよ! 無駄話してる時間なんてないんだから!」

山田 「いや待て、まだメシ代が返ってきていない」

天鳴 「どうでもいいからそんなの! 真面目にやりなさいよ。台本の内容知ってるのアンタだけなんだからね」

山田 「いや? 俺も知らん」

天鳴 「は?」

山田 「残念ながら俺が知っている演劇部の過去作は、お世辞にも面白いとは言えないものばかりだった。だから、俺が知らないものの中から選んできたのだ」

天鳴 「あんたね……だからってせめて、あらすじくらい把握しときなさいよ全く! どういう基準で選んできたのよ?」

山田 「台本のタイトルだ。俺ほどのレベルになればタイトルで面白いか面白くないかわかるのだ!」

田中 「さすが部長! 伊達に部長を名乗ってないっすね」

陸奥 「いやありえないわ」

天鳴 「ていうかはじめは『俺が台本を書く!』って息巻いてたわよね? あの話はどうなったわけ?」

山田 「うぐっ……! こ、今回は構想だけで手一杯だったのだ。じ、次回までには書き上げてみせようではないか」

天鳴 「ハァ……もういいわ。迷ってる時間がもったいない。さっきのがシリアス路線だったから、次は魔法ものをやってみましょ」

田中 「了解っす!」

陸奥 「ええっと魔法魔法……あった、これだ」

田中 「なんてタイトルっすか?」

陸奥 「えっと……魔法少女 まじかる☆ミルキー……」

田中 「若干地雷臭が漂うなあ」

山田 「だからこそだ。地雷臭上等ではないか!」

陸奥 「部長。なんとなくこれは、やめといた方がいい気がします」

山田 「陸奥! 読む前から先入観を持つな。いつも言っているだろう。どんなにつまらない台本であっても、それを面白くするかどうかは役者次第だと」

田中 「えっ、部長はタイトルで面白いかどうかわかるんじゃなかったんすか?」

山田 「黙れ田中。つべこべ言わずに役を頭に入れろ!」

田中 「いや、まだ配役も決めてないじゃないすか」

山田 「んん? お前の役はぁ……これだ! 主人公の相棒! 魔法の国から来た妖精!」

田中 「えぇ? オレ妖精っスか? 妖精ってガラじゃないんすけどねぇ」

山田 「お前はそろそろ壁を破る必要がある。この役でお前の違う一面を見せてみろ!」

田中 「急にマジレスっすね……わかりました。やってみます」

陸奥 「部長! 男子はいいかもしれませんが、これで地雷を踏むのは女子なんですが!? 魔法少女はちょっと痛すぎます」

山田 「陸奥よ。お前、演劇をナメてないか? まさか痛い役を演じることが恥ずかしい、とでも言うんじゃないだろうな」

陸奥 「……! だ、だって高校生にもなって魔法少女は……恥ずかしいですよ」

山田 「そんなこと言ったら高校演劇なんて全部恥ずかしいんだよ! 大人になってから思い出したら叫びたくなる黒歴史ベストテンに入るわ!」

陸奥 「うぅっ!」

山田 「だがそれがわかっていて何故演劇をやるのか? それは、今しかできないからだろう!」

陸奥 「!」

天鳴 「むっちゃん、やりましょう」

陸奥 「先輩……」

天鳴 「シャクだけど部長の言うことも一理ある。私たちは今を楽しむべきよ」

陸奥 「今を楽しむ……」

田中 「うーん、青春っすねぇ」

天鳴 「ねっ」

陸奥 「……わかりました。私、頑張ってみます」

天鳴 「うん! それに、魔法少女ものってことは低年齢向けでしょ? それならそこまで変な展開にはならないはずよ」

陸奥 「あー……先輩、その考えはちょっと甘」

山田 「(食い気味に)その通り! さすがは副部長だな! 天鳴、察しの良いお前には主人公をやってもらおう」

天鳴 「オッケー」

陸奥 「大丈夫かなぁ……」

山田 「というわけで他の配役も俺の独断で決めさせてもらった。各自、人物像だけ頭に入れたらすぐに始めるぞ」

田中 「え、下読みは?」

山田 「そんな時間はない。ぶっつけで行くぞ。我が部の一員ならこれくらい余裕で読んでもらわんと困る」

田中 「えぇー……漢字大丈夫かなぁ」

天鳴 「田中くん、本番じゃないんだから大丈夫。みんなでフォローするし」

田中 「……やるだけやってみるっす」

山田 「ただし一回噛むごとにこの貯金箱に100円だぞ。頑張れよ」

田中 「ちゃっかり昼飯代回収しようとしてません?」

山田 「さあ全員台本は持ったな! はじめるぞ! 陸奥、カウントをとれ」

陸奥 「先輩、どうかご無事で……『魔法少女 まじかる☆ミルキー』開始まで3、2、1……」

『魔法少女 まじかる☆ミルキー』
天鳴(牧葉原みるく)
高校一年生。ひょんなことから魔法少女となって戦うことに
田中(モーモー)
 魔法の国の妖精。人間界では牛のぬいぐるみに憑依している
陸奥(ムーチョ)
 ブルガモットの使い魔
山田(ブルガモット)
 魔法の国を追放された魔法使い。禁忌の闇魔法をあやつる

天鳴(みるく)「私、牧葉原(まきはばら)みるく! 地元の高校に通う15歳。部活に恋に勉強に、充実した高校生活を送るはずだったんだけど……ある時、私の前に妖精が現れたの」

田中(モーモー)「ボクは魔法の国から来た妖精モーモーだモ! ボクと契約して、魔法少女になってほしいモ!」

天鳴(みるく)「ま、魔法の国から……? 魔法少女……?」

田中(モーモー)「そうだモ。魔法の国では一人前になるために人間界に降りて修行をする決まりがあるんだモ。正直めんどくさいモ。でも、やらなきゃ魔法の国に帰れないモ。だから、君に協力してほしいんだモ!」

天鳴(みるく)「協力? って言われても……それって結構時間かかるの?」

田中(モーモー)「それはパートナーとなる人間次第だモ」

天鳴(みるく)「普通はどれくらいかかるの?」

田中(モーモー)「まあ……最近は4クールが一般的だモ」

天鳴(みるく)「4クール?」

田中(モーモー)「1年間のことだモ」

天鳴(みるく)「え! 1年も手伝わないといけないの?」

田中(モーモー)「お願いだモ! ボクのパートナーになってくれモ! ボクには君の力が必要なんだモ!」

天鳴(みるく)「そんなこと言われてもなぁ……」

田中(モーモー)「君は見どころがあるモ! ボクとキミが組めばきっと1年もかからないモ! この通りだモーッ!(土下座)」

天鳴(みるく)「ちょっとやめてよ土下座なんて! 頭上げて!」

田中(モーモー)「実は君の前に10人くらい人間に声をかけたモ。でも、みんな聞こえないふりをしたり、気味悪がって逃げ出したり、最悪蹴飛ばしたり……」

天鳴(みるく)「……」

田中(モーモー)「人間はいつからこんなに冷たくなったんだモ……しくしく、しくしく……チラッ。しくしく、しくしく……チラッ」

天鳴(みるく)「あぁ~~もう! いいよ、ちょっとだけなら」

田中(モーモー)「協力してくれるモ? 魔法少女になってくれるモ?」

天鳴(みるく)「ただし! まずはお試しってことで! ね? 私が途中でやめたくなったらやめる。それでもいいなら協力してあげる」

田中(モーモー)「それでいいモ! やったモ! 決まりだモー! じゃあ早速君にこれを……」

 片耳のイヤリングを外し、みるくに手渡そうとする。

陸奥(ムーチョ)「もーらいっチョ!」

田中(モーモー)「あっ!? 魔法のイヤリングが!」

 モーモーから魔法のイヤリングを奪うムーチョ。

陸奥(ムーチョ)「きひひ! いただき!」

田中(モーモー)「それを返すモ!」

陸奥(ムーチョ)「やなこっチョ! ご主人様、どうぞッチョ」

 ブルガモットにイヤリングを渡す。

山田(ブルガモット)「よくやったムーチョ。あーん……ごくん」

 イヤリングを飲み込んでしまうブルガモット。

田中(モーモー)「あああッ!?」

山田(ブルガモット)「んん? その間抜けな声……誰かと思えば落ちこぼれ妖精のモーモーではないか」

田中(モーモー)「お、お前は……ブルガモット!」

天鳴(みるく)「あのー……どういう状況?」

田中(モーモー)「こいつは魔法の国の不良魔法使いだモ! 昔から修行そっちのけで悪さばかりした挙句に魔法の国を追放されたんだモ! まさか人間界に居たなんて……」

陸奥(ムーチョ)「ご主人様ァ、こいつらやっちゃうチョ?」

山田(ブルガモット)「それも一興か……好きにしろ」

陸奥(ムーチョ)「そうこなくっチョ!」

天鳴(みるく)「な、なに?」

田中(モーモー)「みるく! こうなったら君の力に賭けるしかないモ」

天鳴(みるく)「わ、私なにもできないよ!?」

田中(モーモー)「君には魔法使いの素質があるモ。さあ、ボクのもう片方のイヤリングを君に託すモ! これを付けて呪文を唱えるんだモ!」

天鳴(みるく)「呪文って!?」

田中(モーモー)「イヤリングをつければ自然と頭に浮かぶはずだモ! さあ、早く!」

天鳴(みるく)「は、恥ずかしいけど……ううん! やるしかない!」

 受け取ったイヤリングを付けるみるく。

天鳴(みるく)「ミラクル! ミルクル! マジカルッ……トラーーーーンスッ!」

陸奥(ムーチョ)「こいつバカチョ! 残ったイヤリングを人間に渡したチョ!」

田中(モーモー)「みるく、頼んだモ……!」

 みるくの変身。派手なエフェクトの中、魔法少女の衣装を纏っていく。

天鳴(みるく)「白き光は無垢なる証! ミルキーホワイト!」

 ビシッと決めポーズ。

田中(モーモー)「や、やった……モ……」

 明らかに衰弱しているモーモー。

山田(ブルガモット)「ミルキーホワイト……? くっくっく、白は一点でも汚れたが最後……最も脆弱な色だと言うのに」

天鳴(みるく)「モーモー!」

田中(モーモー)「みるく……いや、ミルキーホワイト……ボクの目に狂いはなかったモ……」

陸奥(ムーチョ)「馬鹿な奴チョ。イヤリングは魔法力の源。それを手放せば妖精なんかが人間界で生きていけるわけないチョ」

天鳴(みるく)「えっ!?」

田中(モーモー)「ボ、ボクのことなら心配いらないモ……ミルキーホワイト、キミの力を見せてやるんだモ……」

天鳴(みるく)「で、でも私、どうしたらいいかわかんないよ……!」

田中(モーモー)「……」

天鳴(みるく)「モーモー? モーモー!」

陸奥(ムーチョ)「そいつはもうただの人形チョ。魔法の力を失って憑依が解けたんだチョ」

山田(ブルガモット)「フン……無様な奴よ」

 モーモーだった人形を足で踏みにじるブルガモット。

陸奥(ムーチョ)「ぎゃーっはっはっは! 馬鹿すぎて笑っちまうチョ!」

天鳴(みるく)「…………許さない」

陸奥(ムーチョ)「チョ?」

天鳴(みるく)「あなたたちが何者か知らないけど、良い人じゃないのはよくわかった」

山田(ブルガモット)「くくく。ならばどうするというのだ?」

天鳴(みるく)「牛に代わって……お仕置きするわ!」

山田(ブルガモット)「愚かな人間風情が。どこからでもかかってくるがいい!」

天鳴(みるく)「(とは言ったものの……)」

山田(ブルガモット)「どうした? かかって来ぬのか?」

天鳴(みるく)「(いや魔法ってどうやって使えばいいのよぉ!?)」

山田(ブルガモット)「ならば……こちらからゆくぞ! 来たれ闇の波動……ダークネスプリズン!」

天鳴(みるく)「きゃっ!? ウソ、体が動かないっ!? ひ、卑怯よ!」

山田(ブルガモット)「勝負に卑怯もクソもあるものか。獲物の動きを封じてから存分にいたぶる。これが私の戦闘スタイルだ」

天鳴(みるく)「くうっ……! い、嫌! 来ないで!」

陸奥(ムーチョ)「ご主人様に楯突くとどうなるか、思い知るといいチョ」

山田(ブルガモット)「くっくっく……ミルキーホワイト。その体……私が黒く染め直してやるぞ」

天鳴(みるく)「嫌ぁ! も、もうダメぇ……!」

 カッ! 突如みるくのお腹にある4つの突起物が光輝く。

天鳴(みるく)「こ、これって!?」

山田(ブルガモット)「!?」

天鳴(みるく)「わかる。これが……これが私の魔法! ブルガモット! 覚悟しなさい!」

山田(ブルガモット)「ほざけ小娘ッ!」

天鳴(みるく)「ミラクル! ミルクル!」

山田(ブルガモット)「小賢しいわァ!」

天鳴(みるく)「ホワイトォォォ……ミルキーーースプラーーーッシュ!!」

 ブシャアアァァ! みるくの腹部から猛烈な勢いで純白のミルクがほとばしる。

山田(ブルガモット)「なっ、なにいィ!? ぐわあぁ!」

陸奥(ムーチョ)「お、おっぱいからミルクを出すなんて! なんという破廉恥な奴チョ! ご、ご主人様ァ~~~!」

 大量のミルクに押し流されていくブルガモットとムーチョ。

天鳴(みるく)「言っとくけどこれ魔法で出来た牛のおっぱいだから! 断じて本物じゃないから!!」

田中(モーモー)「よくやったモ、みるく。やっぱり君には魔法使いの素質があるモ」

天鳴(みるく)「モーモー! 無事だったのね!」

田中(モーモー)「いまの攻撃でブルガモットがイヤリングを吐き出したモ。おかげで力が戻ったモ」

天鳴(みるく)「良かったぁ……ヘ……ヘックシュン!」

田中(モーモー)「モ?」

天鳴(みるく)「さっきの魔法のせいでお腹が濡れて寒いよぉ~……ん? てかクサッ!? これ牛乳? くっさ!!」

田中(モーモー)「みるく、牛乳臭いモ。近寄らないでほしいモ」

天鳴(みるく)「ちょっと! 命の恩人に向かってそれはないんじゃない!?」

田中(モーモー)「臭いもんは臭いモ!」

天鳴(みるく)「ひっどーーーい! へ、へ……ヘーックシュン!! ダメだ、風邪ひいちゃう。早く帰ろ」

田中(モーモー)「あっ! モーモーも連れてくモ!」

天鳴(みるく)「え? うちに来る気!? うちのマンションペット禁止なんだけど!」

田中(モーモー)「問題ないモ。魔法で大家さんはボクの言いなりだモ」

天鳴(みるく)「問題ありありでしょ……」

 みるく、モーモー、はける。

山田(ブルガモット)「牛乳臭い……」

陸奥(ムーチョ)「臭いッチョ……」

田中 「カーット!!」

陸奥 「はふー」

田中 「いやあ緊張したッス! でもマスコットキャラもやってみると案外楽しいっすね~」

山田 「田中。初見にしては上出来だったぞ」

田中 「えっ、本当っすか!」

陸奥 「思ったよりセリフもすらすら言えてたし、上達したね」

田中 「へへっ……壁、破れたかなぁ」

山田 「そうだな。まだ小さな穴が開いた程度だが、これから広げていけばいい」

田中 「部長……」

山田 「だが噛んだ分の100円は入れてもらうからな」

田中 「うぉお俺の小遣いが消えていくッ!?」

天鳴 「…………」

陸奥 「先輩、大丈夫ですか?」

天鳴 「うん……ちょっと、かなり恥ずかしいわねこれ……」

陸奥 「こういうのって、後からじわじわ効いてきますよね」

山田 「いや立派だったぞ天鳴。さすがは副部長だ! 特に必殺技の掛け声は気合がこもっていたなァ! ミラクルミルクルぅ……だったかァ? ふっははは!」

天鳴 「ううッ……! あ、あんたの方こそ、ダークネスなんとかーって叫んでたくせに!」

山田 「台本に書いてあるのだから仕方ないだろう。俺は別に恥ずかしくなどない」

天鳴 「くうう……! つ、次の台本! どれやるの!?」

田中 「残りは時代劇と、学園もの、ロボットものっすね」

陸奥 「次からはせめて、あらすじを読んでからにしたほうがいいと思います」

天鳴 「そうね。ナメてかかると痛い目を見るわ」

山田 「つまらん。事前にストーリーが分かっていては面白くないではないか」

陸奥 「部長は読むのが面倒臭いだけじゃないですか」

山田 「ふん!」

田中 「うーん、時代劇と学園ものはまあいいとして、ロボットものってどうなんすかね?」

山田 「どういう意味だ」

田中 「高校演劇でやるのはちょっと……ほら、見てくださいよ」

山田 「ん?(台本に目を落とす) おおっ! 想像通り、巨大ロボ同士が熱いバトルを繰り広げる内容ではないか!」

陸奥 「どれどれ……”超巨大昆虫型変形合体ロボ、ギガヘラクレスが炎のオーラに包まれる。頭部のツノが赤熱(せきねつ)し、必殺技の動作に入る”」

天鳴 「これ、演劇で表現できる? 大道具とか効果音を用意するだけでも大変よ」

陸奥 「”ここで必殺技バンクシーンに切り替え。必殺ギガンティックホーンが命中し、爆発する敵ロボット。飛び出す脱出ポッドにズームイン。負け惜しみゼリフは新規アフレコ。アドリブも可”」

天鳴 「っていうかこれアニメ用の台本じゃないの!? バカなの!?」

陸奥 「これはやってみなくても却下ですね」

山田 「待て待て! そこはコックピットだけのセットとか! 創意工夫でなんとかすればいいだろう!」

陸奥 「じゃあ部長がセット作ってくれるんですか?」

田中 「部長が効果音用意してくれるんすか?」

天鳴 「演劇で巨大ロボット出す意味がわからない」

山田 「う、ぐぐぐ……! が、学校と巨大ロボは親和性が高いのだぞ! ほら、昔そういうアニメあったじゃん! 校舎が変形してロボットになるやつぅ!」

田中 「あったっすねー」

山田 「な? だから候補として入れてみてもいいかなって思ったんだよぉ!」

天鳴 「却下」(二人同時に)

陸奥 「却下」(二人同時に)

山田 「くうぅっ! 男のロマンが理解できぬ奴らめ!」

田中 「面白そうではあったんすけどね」

天鳴 「さ、バカはほっといて、ちゃっちゃと行くわよ。残りは時代劇か学園ものか。どうする?」

山田 「どっちでもー」

陸奥 「ロボット却下されたからって拗ねないで下さいよ」

山田 「拗ねてなどいない! 時代劇でいいんじゃない!」

天鳴 「なんか投げやりなのが気に食わないけど。いいわ、じゃあ時代劇やりましょ」

 ピロン。天鳴の携帯電話が鳴る。

天鳴 「あ、メールだ……」

山田 「お前、この令和の時代にまだガラケーを使っているのか? さっさとスマホに変えてしまえ」

天鳴 「うっさいなぁ。私は画面じゃなくてちゃんとボタンを押したいの。それとガラケーは死語だから。フィーチャーフォンって言ってよね」

山田 「ガラケーのほうが短くて言いやすいのに、わざわざフィーチャーフォンという呼び名を流行らせようとしている風潮は一体何なのだ!」

天鳴 「知らないわよ」

田中 「えっと、時代劇のタイトルは……戦国牛魔伝 -MIROKU-」

天鳴 「時代劇っていうか、伝奇ファンタジーね」

陸奥 「タイトルがダサい」

山田 「何を言う。漢字とアルファベットが並んだニューエイジな感じがかっこいいではないか!」

田中 「それが逆に古臭いんすよねえ」

山田 「やる前から文句を垂れるな! さっさと配役するぞ! やりたい役がある奴は挙手しろ」

山田以外 「「「………………」」」

山田 「やる気がないのかキサマら。もっと積極的にならんか!」

陸奥 「下読みもしてないのに、役の違いなんかわかるわけないです」

田中 「百理ありますね」

山田 「ちっ! もういい。こちらで役名にマルをつけた台本を配る。もらった台本を開いてマルがついているのが自分の役だ」

陸奥 「そんな勝手な!」

天鳴 「ちょっと山田! アンタねえ!」

山田 「(食い気味に)時間がないのだろう? テストなんだから配役なんか適当で構わんのだ」

天鳴 「もう……わかったわよ」

 全員に台本が配られる。

山田 「では準備はいいな? はじめるぞ」

陸奥 「まだあらすじ読めてません」

田中 「そうっすよ、これ以上噛んだら俺の小遣いがもちません」

山田 「小遣いがなんぼのもんじゃい!」

田中 「月3000円っす!」

山田 「金額を聞いているのではないわ! 時は金なり! 時計を見ろ! もう5時半だぞ!」

天鳴 「え! もうそんな時間!?」

陸奥 「まだ学園ものもあるのに」

山田 「時代劇に10分、学園ものに10分、台本決定と先生への提出に10分だ! もう一刻の猶予もない!」

天鳴 「仕方ないわね……みんな、無理は承知の上よ。とにかくやりましょう」

陸奥 「今は時間が最優先……わかりました。やります」

田中 「りょ、了解っす」

山田 「それでは戦国牛魔伝 -MIROKU- 開始まで3、2、1……」

『戦国牛魔伝 -MIROKU-』
天鳴(みろく)

 農民の娘。ひょんなことから牛魔術師となって戦うことに
陸奥(べこ)
 みろくの飼っている家畜の牛でスサノオという神様の使い
山田(トンチョ)
 豚魔族の悪魔。豚魔術をあやつる
田中(N)
 ナレーション

田中(N)「時は戦国。物語は、一人の娘が奇妙な牛の妖怪と出会うところから始まる」

天鳴(みろく)「ふうー。今日の畑仕事もこれで終わりだ。よっく働いたなぁ。牛(べこ)も疲れたろう。たんと干し草食ってゆっくり休むだよ」

陸奥(べこ)「おい娘」

天鳴(みろく)「ん? 誰だ? ここにはオラとべこしか居ねえはずだけど……」

陸奥(べこ)「こっちだこっち」

天鳴(みろく)「えっ? も、もしかして、べこ、おめえか……?」

陸奥(べこ)「うむ。某(それがし)である」

天鳴(みろく)「わわっ!? べこが喋った!? 化け物じゃあ!」

陸奥(べこ)「驚くのも無理はない。某は三貴神(さんきしん)の一人、スサノオノミコトの使いである」

天鳴(みろく)「す、スサノオ……?」

陸奥(べこ)「みろくよ。そなたの牛に対する慈愛の心。しかと伝わったぞ。この一年、牛の身体でそなたと共に田を耕し、某は確信したのだ」

天鳴(みろく)「なにをだべ?」

陸奥(べこ)「……そなたを見込んで頼みがある。某と契約を結び、牛魔術の使い手となるのだ」

天鳴(みろく)「ぎゅうまじゅつ……? べこが何を言ってんのか、オラにはさっぱりわかんねえだよ」

陸奥(べこ)「牛魔術とは超常の力。使いようによっては、この戦国の世に光をもたらすことができる偉大な力なのだ」

天鳴(みろく)「へえーっ。そりゃ大したもんだなぁ」

陸奥(べこ)「某はずっとそなたを近くで見ておった。そして、そなたなら、この力の使い道を誤ることはないと確信したのだ。頼む、牛魔術の使い手となり、共にこの世を救ってくれ」

天鳴(みろく)「こ、困っただなぁ、オラには畑仕事があるしなぁ……」

陸奥(べこ)「頼む。某の牛魔力は、日に日に弱まっているのだ。このままではいずれ力は失われてしまう。なんとしてもその前に継承者を見つけねばならんのだ」

天鳴(みろく)「そっただこと言われてもなぁ……」

陸奥(べこ)「この牛鈴(かうべる)をそなたに授けよう。これを胸に呪文を唱えるのだ」

天鳴(みろく)「いやちょっと待って──」

山田(トンチョ)「ブゴゴッ! トンでブーにいる夏の虫だチョ!」

天鳴(みろく)「!?」

陸奥(べこ)「キサマは!」

山田(トンチョ)「俺様は豚魔族(とんまぞく)のトンチョ! 我らが豚魔と牛魔の戦いに足を踏み入れるとは、命知らずな人間がいたもんだチョ!」

陸奥(べこ)「くっ! こやつの気配に気づけぬほど力が弱まっていたか……みろく! もはや一刻の猶予もならん!」

天鳴(みろく)「えっ? えっ?」

陸奥(べこ)「今から某に残った全牛魔力を、そなたに注ぎ込む。イチかバチか、やってみるしかない」

天鳴(みろく)「それをすると、一体どうなるんだべ?」

陸奥(べこ)「成功すれば、そなたは牛魔術の使い手として生まれ変わる。失敗すれば……さあ行くぞ!」

天鳴(みろく)「失敗したらどうなるだ!? リスク管理大事だよぉ!?」

陸奥(べこ)「牛魔術奥義ッ!」

 べこが後ろ足で立ちあがると、みろくの頭を強引に引き寄せ、自分の乳を口に含ませる。

天鳴(みろく)「ムグゥ!?」

陸奥(べこ)「牛魔・直輸乳!(ぎゅうま・ちょくゆにゅう)」

天鳴(みろく)「んんぅ!? ゴクン、ゴクン、ゴクン……」(飲んでる)

 べこの牛魔力がみろくに注ぎ込まれていく。

山田(トンチョ)「無駄な悪あがきはやめるっチョ!」

 トンチョの鋭いヒヅメが振り下ろされ、みろくを切り裂いた、、かに見えた。

山田(トンチョ)「ブゴッ!? 変わり身だチョ!?」

天鳴(みろく)「白き光は無垢なる証! 牛魔術師みろく! 見参!」

陸奥(べこ)「成功したか……あとは……頼んだ、ぞ……」

天鳴(みろく)「牛に代わって、せっかんするだよ! うっ……でもちょっとお腹パンパン」

山田(トンチョ)「ちっ! 小娘の分際で俺様に逆らうんじゃねえチョ!」

天鳴(みろく)「オラの畑で悪さする奴は許さねえだぞ。牛も豚も家畜同士、仲良くするだよ」

山田(トンチョ)「乳臭い牛と一緒にするんじゃねえチョ! これでもくらえっチョ! 豚魔術(とんまじゅつ)!」

天鳴(みろく)「!?」

山田(トンチョ)「捕縛陣(ほばくじん)!」

天鳴(みろく)「あっ!? な、何だぁ!? か、体が動かねえっ……!」

山田(トンチョ)「ブゴゴッ! いい気味チョ。これからお前をゆっくりと料理してやるチョ」

天鳴(みろく)「ひ、卑怯者!」

山田(トンチョ)「ブゴッ、まずは邪魔な服を剥いで、モザイクなしでは映せないあんなことやこんなことをしてやるチョ」

天鳴(みろく)「い、嫌っ! ちょっと! やめ……!」

山田(トンチョ)「そーれ!」

 みろくの服を引き剥がすトンチョ。

天鳴(みろく)「きゃあっ!」

山田(トンチョ)「グフフ……ほぉーれ!」

天鳴(みろく)「やっ、やめ……! あっ……! あぁ~~~っ!」

山田(トンチョ)「ここかチョ? ここがええのんかチョ」

陸奥 「カットカット! 止めて!」

山田 「グフフ……(素に戻って)なんだ? 急に止めるな」

陸奥 「何ですかこれ! さっきの魔法少女ものと同じですよね?」

山田 「時代背景が違うだろう。さっきのは現代でこっちは戦国時代だ。それに若干対象年齢も上がっている」

陸奥 「ふざけるのもいい加減にして下さい! こんな内容、演劇大会で出来るわけないでしょう!」

山田 「ちっ」

陸奥 「天鳴先輩、大丈夫ですか?」

天鳴 「あ、ありがとうむっちゃん」

陸奥 「(台本を眺めて)……やっぱり。これさっきの魔法少女と作者が一緒だ」

田中 「よっぽど牛が好きなんすね」

陸奥 「部長。こんな適当な台本選考に意味ありますか? この中でまともなの、最初にやったナイトクライシスだけじゃないですか。そもそも部長の台本チョイスがひどいです」

山田 「何を言う。どの作品も面白かったではないか」

陸奥 「いくら面白くても、高校演劇で上演するのにふさわしい内容ってものがあるでしょう! 魔法少女と牛魔伝は下ネタで却下だし、ロボットものは論外。私はちゃんとした演劇がしたいんです! これ以上部長のお遊びには付き合いきれません!」

山田 「き、貴様ぁ……言わせておけば!」

田中 「ちょっとちょっと! ケンカはやめましょ? ね?」

天鳴 「二人とも、いったん落ち着きましょ。そうだ、少し休憩しましょう? さっきの途中で止めたから時間まで若干余裕あるし」

陸奥 「…………ごめんなさい」

天鳴 「ううん。むっちゃんは悪くない。悪いのはアイツ」

山田 「……ちっ」

 山田、出て行こうとする。

田中 「部長、どこ行くんすか?」

山田 「付いてこなくていい。ノドが渇いただけだ」

田中 「あぁ……はい」

天鳴 「むっちゃん、いつもごめんね」

陸奥 「え?」

天鳴 「副部長の私がもっとしっかりしないといけないのに、アイツに流されて……」

陸奥 「せ、先輩は何も悪くありません! 私の方こそ、いつも先輩に助けてもらってばっかりで……」

天鳴 「ありがとね。アイツが戻ってきたら私がしっかり言って聞かせるから、頑張って台本選ぼう?」

陸奥 「……はい!」

田中 「残りは学園ものか。タイトルは……書いてないっすね」

天鳴 「無題ってことかしら?」

 ・・・

田中 (N)「それは、突然の出来事だった。椅子に座って水を飲んでいた部長が、急に椅子から転げ落ちたのだ。糸の切れたマリオネットのように、なんの受け身も取らずに」

天鳴 「ちょっと、どうしたのよ?」

陸奥 「部長?」

天鳴 「大丈夫? えっ……」

田中 (N)「部長は床に寝そべった状態で、目を見開いたまま、ぴくりとも動かなかった」

天鳴 「ちょっと!」

 天鳴が山田を揺するが反応はない。

天鳴 「ウソ……し、死んでる……?」

陸奥 「息してません! し、心臓も止まってます……!」

田中 「いや、嘘でしょ……? 冗談きついっすよ部長」

天鳴 「部長! 部長!」

田中 「え? ま、まじすか……えぇ?」

陸奥 「嫌ぁッ! 部長っ!」

天鳴 「そ、そうだ! AED! たしか、玄関ロビーに置いてあったはず!」

田中 「おおっ!」

天鳴 「私、とってくる!」

田中 「いや! 俺のほうが早い! 先輩は職員室にいって先生呼んできてください!」

天鳴 「わかったわ!」

 ・・・

田中 (N)「その後のことは、記憶に焼き付いて離れない。電気ショックで跳ね上がる部長の体。救急車のサイレン。たくさんの人の足音。まるでテレビドラマだった。救急隊員による懸命の処置。でも、部長は助からなかった。死因は毒物による中毒死。スマホから遺書が見つかったことで、刑事たちは自殺の可能性が高いと話していた。ただひとつ奇妙なことに、部長が直前まで口にしていたペットボトルからは毒物が検出されなかったというのだ」

 二日後、部室にて。

陸奥 「台本選びどころじゃなくなっちゃいましたね」

天鳴 「…………」

陸奥 「先輩、大丈夫ですか?」

天鳴 「あ、ごめん。何? ボーッとしちゃった。ちょっと疲れてるのかも」

陸奥 「無理もないです。あんな事があったんじゃ……」

田中 「今回の件、自殺ってことになるみたいっすね」

天鳴 「そう……」

陸奥 「一番やりそうにない人だったんですけどね」

天鳴 「なにか悩んでいたのかも……副部長の私が、もっと力になってあげられてたら……」

陸奥 「先輩は悪くありません! むしろ、私のほうが……」

田中 「あれは、本当に自殺だったんでしょうか。部長が最後に持っていたペットボトルからは、毒は検出されなかったそうですよ。おかしいと思いませんか?」

陸奥 「さあ……毒を先に飲んでからペットボトルの水で流し込んだんじゃない?」

田中 「そんな風には見えなかったんすけどね」

天鳴 「今年の演劇大会は諦めるしかないわね。私たち以外はほとんど幽霊部員だし、このまま演劇部が続けられるかどうかも微妙だし」

田中 「部長がホントの幽霊部員になっちゃいましたからね」

陸奥 「田中くん、笑えない」

田中 「すんません」

天鳴 「今日はどうする? なんとなく集まっちゃったけど、もう台本を決める必要もなくなったわけだし。今日はお開きにする?」

陸奥 「気分転換にカラオケでも行きますか?」

天鳴 「うん、いいかも! 田中くんもどう?」

田中 「あの……俺、ちょっとやってみたい芝居があるんですけど」

陸奥 「珍しいね。田中くんがそんな積極的なの」

田中 「アドリブ劇っていうの、一回やってみたかったんすよね」

天鳴 「アドリブかぁ……確かにやったことなかったわね。私はいいけど」

陸奥 「わたしアドリブ苦手だなぁ」

田中 「だったら苦手克服しなきゃでしょ。やってみましょうよ」

陸奥 「……まあ、いいけど」

田中 「あざっす!」

天鳴 「じゃあ、簡単な設定だけ決めないとね」

田中 「それなら俺に任せてください。舞台はとある高校。そこで事件が起こりました。一人の生徒……演劇部の部長がクラブ活動中に謎の死を遂げたんです」

陸奥 「ちょっと、何考えてんの?」

天鳴 「さすがにそれは不謹慎じゃないかしら」

田中 「ただのアドリブ劇の設定ですよ。実在の人物、団体などとは一切関係ありませんってやつです」

天鳴 「あくまでお芝居ってことね?」

田中 「もちろん」

天鳴 「……いいわ、やってみましょ」

陸奥 「先輩?」

天鳴 「自分の実体験に近いほうがリアルな演技ができるかもしれない。そういうことでしょ? 田中くん」

田中 「はい。基本的には再現なんですが、途中で俺がアドリブを入れるんでそれに合わせてやってみてほしいんです」

陸奥 「……わかった」

天鳴 「ただし、あんまり長いとダレちゃうから3分経ったら止めるわよ」

田中 「OKっす。んじゃ、準備はいいっすね? 部長が倒れたところからいきますよ。それではアドリブ劇開始まで、3、2、1……」

天鳴 「ウソ……し、死んでる……?」

陸奥 「息してません! し、心臓も止まってます……!」

田中 「いや、嘘でしょ……? 冗談きついっすよ部長」

天鳴 「部長! 部長!」

田中 「え? ま、まじすか……えぇ?」

陸奥 「嫌ぁッ! 部長っ!」

天鳴 「そ、そうだ! AED! たしか、玄関ロビーに置いてあったはず!」

田中 「おおっ!」

天鳴 「私、とってくる!」

田中 「いや! 俺の方が早い! 先輩は職員室にいって先生呼んできてください!」

天鳴 「わかったわ!」

田中 「でも先輩、AEDは玄関よりもっと近くにありますよ」

天鳴 「えっ?」

田中 「ここから一番近いのは購買のところです。すぐ隣ですよ」

天鳴 「そ、そうだったかしら。知らなかったわ。じゃあ、急いでとってきてくれる?」

田中 「……いいんですか? それだとペットボトルをすり替えてスマホに遺書を打ち込む時間が無くなりますけど」

天鳴 「!? な、何を言いだすの?」

陸奥 「田中くん?」

田中 「わかりませんか? 部長は飲んだら即死してしまうような猛毒で殺されたんですよ。だとしたらあのとき口にしていたペットボトルに毒が入ってないとおかしいんです。にもかかわらず、ペットボトルからは一切毒は検出されなかった。誰かがすり替えたとしか考えられません」

天鳴 「!」

田中 「わざわざ一番遠い玄関のAEDを取りに行かせて、その間にすり替えたんです」

陸奥 「私たちを疑ってるってこと?」

田中 「はい。あの時ここに残った二人。天鳴先輩と陸奥さんは共犯です」

天鳴 「ちょっと待ってよ、そもそもAEDを取りに行くって言ったのは私なのよ? それをあなたが代わりに行くって言いだしたんじゃない」

田中 「その通りです。でも俺がそう言いだすのを先輩は予想していたんじゃないですか?」

天鳴 「……!」

陸奥 「はぁ? そんなのわかるわけないじゃん!」

田中 「いや、天鳴先輩はリレーの順位をトップから最下位に転落させるほど足が遅いんですよ。それに対して、自慢じゃありませんが俺は俊足です。代わりにAEDを取りに行くと言い出すのを予想するのは、そう難しいことじゃないでしょう」

天鳴 「田中くん、よく思い出してみて? あのときリレーの話を持ち出したのは他でもない部長自身なのよ?」

田中 「そうですね。それはおそらく偶然だったんでしょう。でもあなたはその偶然を利用したんです。それにもし俺が取りに行くと言いださなかったら、取りに行くよう頼めばいいだけの話です」

陸奥 「ねえ待って、肝心なこと忘れてない? 部長のスマホには遺書が残ってたんだよ? それが自殺の証拠じゃない!」

田中 「部長のスマホは指紋でロック解除ができるタイプです。解除さえできればあとは誰でも遺書を残すことができるんです」

陸奥 「無理だって! 田中くんがAEDを持って戻ってくるまで5分あるかどうかだよ? そんな短い時間であの長さの遺書を入力するなんて不可能。それに見てよ」

 ギプスに固定された腕を見せる。

陸奥 「私は利き腕を骨折してるの。もちろん未だにガラケー派の天鳴先輩にも無理」

天鳴 「その通りよ。スマホのフリック入力がどうしても慣れなくってね」

田中 「……」

陸奥 「これでわかった? 私たちには絶対に無理ってこと」

田中 「俺は手を使って入力したなんて一言も言ってませんよ」

陸奥 「は? 手を使わないで一体どうやって遺書を入力するのよ?」

田中 「音声入力ですよ」

陸奥 「!」

田中 「最近の音声認識は高性能です。書きたい文章が頭に入っていればかなりのスピードで入力できますよ。200字程度なら3分かからないでしょうね」

天鳴 「……」

田中 「俺の予想では先輩が入力したと考えてます。文章の構成力や滑舌の良さからしても、陸奥さんより先輩のほうが適任でしょう」

陸奥 「く……」

田中 「ペットボトルのすり替え、遺書の偽造が終わったら急いで職員室に先生を呼びに行った……そうですよね?」

天鳴 「……ふふっ。あはははっ! 驚いたわ。田中くんにこんな才能があったなんてね。なかなかの名探偵ぶりじゃない?」

田中 「……」

天鳴 「でも、私たちが部長を殺したっていう証拠はどこにあるのかしら?」

田中 「……ありません。すり替えたペットボトルなんてとっくに処分されてるでしょうし」

天鳴 「そうよねえ。すべては机上の空論、絵に描いた餅……でも、なかなか楽しませてもらったわ」

田中 「一つだけ教えてください」

天鳴 「何かしら?」

田中 「部長を殺したいほど憎む理由です」

天鳴 「動機ってやつね。そうねえ……田中くんは部長の黒い噂を知ってるかしら?」

 陸奥が無意識に怪我をした右腕を押さえる。

田中 「黒い噂? いえ……」

天鳴 「アイツはね……」

陸奥 「やめてッ!!」

 小刻みに震えている陸奥。

天鳴 「ごめんむっちゃん……。動機を知りたければ、まずはそれから調べてみることね。探偵さん」

陸奥 「……カット。時間切れ」

田中 「…………ふー。もう少しで追い詰められそうだったんすけど、だめでしたね」

天鳴 「田中くん、アドリブもいけるわねー! 見直したわ」

陸奥 「うんうん、推理のところすごかったね。緊張感ハンパなかったし」

田中 「えへへ、まじっすかぁ?」

陸奥 「まじまじ」

田中 「でも二人の反論の所もアツかったっすよ。真に迫ってて……本当に演技かって思うくらい、もう最高でした!」

陸奥 「ふふっ」

天鳴 「うふふっ」

田中 「あははははっ」

 ・・・


 山田が手を叩く。

山田 「カット! お疲れ!」

田中 「つ、疲れた……。学園ものっていうからラブコメみたいなのを想像してたんすけど、まさかの学園ミステリーでしたね」

陸奥 「でも役が自分自身だったから意外とすんなりやれたかも。自分で自分を演じるって、なんか新鮮。これがアテ書きかぁ」

山田 「舞台台本ではよくある手法だ」

天鳴 「まったく。なーにが構想だけで手一杯よ? しっかり書いてるじゃないの」

山田 「い、いざ出来上がってみるとだな、自分の書いた話を人に読ませるというのは、その……」

天鳴 「恥ずかしい?」

山田 「と、当然だろう」

田中 「ぷっ!」

陸奥 「あははっ! 部長もちゃんと羞恥心を感じる人間だったんですね。安心しました」

山田 「うるさい黙れ!」

天鳴 「ふふっ。これは大人になってから思い出したら叫びたくなる黒歴史にランクインしたのかしら?」

山田 「チッ。文句なしのトップだよ」

 キーンコーンカーン……午後6時を告げる最終下校のチャイムが鳴る。

陸奥 「やばっ! もう6時!?」

田中 「部長の台本が結構長かったですからねぇ」

山田 「悪かったな! さっさと台本を決めるぞ! 多数決だ」

天鳴 「じゃあ、せーので一斉にやりたい台本を指さして! みんな決まった?」

田中 「はい!」

陸奥 「私も!」

天鳴 「いくわよ~!」

山田 「急げ!」

天鳴 「せぇーのっ!」

全員 「「「「これ!」」」」

 おわり。

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