「適時」

近頃、中学受験にあたって、かなり早い時期から受験準備をスタートする子供たちと接する機会が増えた。

少し、厳しい表現になるかもしれないが、その昔、日本中でバレンタインのチョコを送るのが流行りだし、多くの友人が、なけなしのお小遣いをはたいてチョコを買いに走る姿をやや異様に感じたのを思い出す。
「好きな人がいるのなら、なにも2月14日でなくとも、その時点で告白すればいいのに。」
「たいして好きでもないのに、この日のために、好きになってない?」
などと友人と語り合ったりもした。

さて、話を戻そう。
塾は企業であるので利潤を追求することを非難はできないが、中学受験を目指すお子さんが右へ倣えで「さあ、小4から。」「いや、小3から。」「小2。」「小1から。」とスタート時期を早めるのもどうかと思う。

30年、受験業界にいて多くの子ども達を見てきたが、やはり子どもはみんなちがっていて、それぞれに「適時」というものがあるのだと気づかされる。

ここからは、小3からお預かりした生徒さんの話です。
3歳から塾に入り、小学校入学と同時に中学受験で有名な大手塾に切り替え、小3の頃から算数の成績がどんどん落ちてきたと、ご相談を受けた。
これまで実施された教材を拝見し、この子が「リンゴ6個と皿2枚を足してしまう」ことにすぐに気が付いた。
そこで、雑記帳に大きなコップと小さなコップとを描き、「先生、大きなコップでジュースを1杯いただきます。あなたは小さなコップでジュースを1杯召し上がれ。」
「2人とも1杯ずつだから合わせて2杯だね。」と尋ねると、うなずいてしまう。
「よーく考えて。先生ずるくない?」「先生の方が多い。」
「先生の1杯はずるいよね。あなたの1杯は先生の1杯より小さいよね。」
「同じ1杯でないから足せないよね。さあ、どうする?」

私が出会った生徒達がそうだからと言って、すべての子ども達に当てはまるとは言わないが、桜蔭から東大理1に進学した子どもは、小学校低学年の頃は学校の45分授業に適応できなかった。本格的に受験準備に入ったのは5年生の夏だ。
桜蔭から北大獣医学部に進学した子は小4まで九九がすらすら言えず、よく学校に残されていた。
渋々から東京医科歯科大に進んだ子は、5年生まで大手塾の下の方のクラスにいた。
攻玉社から慶應に進んだ子は、6年生の1年間で20以上偏差値を上げた。
今年、開成に合格した子も、スポーツを続けながらの受験で、大手塾の授業は受けられない日も多かった。
挙げればきりがないが、上位校と言われる学校に合格した子ども達は、ひたすら長時間勉強し続けていたわけではない。
誤解の無いように言っておきたいのは、少し成長してから猛勉強すれば間に合うという話ではない。
足し算とは何か、掛け算とは何か、面積とは、割合とは…
時間をかけず公式を覚え、膨大な問題数をこなすことは避けるべきだと言いたい。
もちろん、大手塾の教材はよくできていて、公式の成り立ちをしっかり解説している。
けれど、時間に追われる子ども達はさらっと読んで理解した気になってしまう。

公式を自分で立ち上げ、使いこなし、その便利さに気づき、工夫する。
見たことのない問題に楽しくチャレンジする。
そんな風に勉強してほしい。

子ども達が最も楽しんだ、平面図形・立体図形の求積では、
①    縦1㎝・横1㎝の正方形の面積を便宜上1㎠と定めた。
②    長方形の中に1㎠がいくつならぶか?
あとは、等積変形を繰り返し、平行四辺形→三角形→台形…と進んでいくだけだ。
子ども達はクラフト用紙を切りながら、自分で気づいていく。多少いびつな形を提供しても、等積変形を繰り返し、面積を導き出す。楽しそうに学ぶ姿は、ストレスをためながら勉強する子ども達とは対極にある。

道具の構造を知らなければ使いこなせない。

公式をうろ覚えして、与えられた問題を解く。先生がやった通りに解く。
こんなことを続けていると、解いたことのある問題しか解けない子になってしまう。
そうすると、合格を目指して膨大な数の問題をこなさざるを得ない。
塾側も想定問題を、頭をひねりながら作成し、結果、教材はどんどん分厚くなってくる。
子ども達はひたすら机に向かい、遊ばず、お手伝いもせず、他の習い事も整理することになってしまう。

以前、娘が大手塾に通う友人達を我が家に連れてきたことがある。
「電気抵抗の『和分の積』とはどういうことなのか?説明してほしい。」ということだった。
塾の先生には、「ただ覚えなさい。」と言われたようだ。
理解した子ども達のスッキリ感はよくわかる。

私は中学生の頃、とてもユニークな数学の先生に出会った。
今でも忘れられない授業がある。
「ピタゴラスの定理の証明を、君たち何通り考えられる?」
みんなで知恵を絞りながら、10通り、20通りと増えていくのが楽しかった。
私が気づかないことに友人が気づくことを、友人が気づかないことに私が気づくことを面白がった。
勉強は面白いんだよ!
苦しんでいる子ども達に伝えたい。

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