繋がりの場所
「趣味は温泉巡りです。」
近頃そんな話をよく耳にする。
泉質の違い。壁に描かれた絵。
楽しみ方は人によって、さまざまだろう。
趣味というよりは日常に近いのかもしれないが、
地域の人向けの温泉や銭湯には、また違った楽しみ方があるように思う。
それは、街の人の集う場になっているということ。
今回は、そんな温泉という場がつくる、コミュニケーションの在り方に注目する。
心身共に、裸のコミュニケーション場。
先日、自転車で20分ほどの温泉「みなと湯」さんに行ってきた。
定員6名ほどの、こじんまりとした浴場だ。
受付のおばあちゃんと会話始めると、一緒にお風呂に入る展開に。
さすがはこの街で暮らして数十年。
まずはウォーミングアップとして、温泉の正しい入り方から教えてくれた。
「5分入って。3分涼んで。5分入って。3分涼んで、その繰り返し。」
水分補給を交えながら、この工程を1時間30分ほど続けると、身体の痛みが消えるとのこと。
私も最近肩が凝っていたこともあり、おばあちゃんのアドバイスをそのまんま受け入れた。
とはいえ、1時間30分。
おばあちゃんと共に過ごすには、それなりに話す内容量が必要そうだ。
まずは昔の話から始まった。
おばあちゃんの経歴や、元々住んでいた場所。
結婚してからの転勤先。
続いて娘の話。孫の話。習い事の話。
おばあちゃんは休む暇なく語ってくれた。
週に何度スーパーに行くのか。休みの日は何をしているのか。どんどん続く会話の中、気がつくと、あっという間に1時間30分が過ぎていった。
目標時間に達したので、脱衣所に向かおうとする。
そこで最後に言われた一言が、今もなお忘れられない。
「姉ちゃん。もう帰るんか?明日もおいでや」
おばあちゃん。満足してくれたのかなあ。嬉しかったなあ。
温泉や銭湯に行ったとき、見ず知らずの人と会話をするなんてことがこれまでにもあった。
その先連絡先を交換するわけでもない。一期一会でしかない。
それでもその場で心も身体も裸な状態でさらけだす。
日常の中に、そんな溜まり場があることを嬉しく思う。
帰り道、5キロほどの道のりを自転車を漕ぎ続ける。
夕方になり、冷たい風で身体は冷えてしまったものの、心はほくほく温まっていた。
昭和前期。家庭にお風呂のない時代には日常的に利用されていた温泉。
あの時代の温泉は、地域の人の集う場として、コミュニケーション媒体の役割を担っていたように感じる。
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