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③⑥『白獅子夢物語』

♰36 夢物語。


 眠る前と、全然変わってなかった。
 異世界で過ごした時間なんて、ない。一ヶ月以上の時間の経過なんて、なかった。
 あたしが泣いた夏のまま。
 うだる暑さも、蝉の鳴き声も、変わらない。
 階段の隅っこで泣きじゃくっても、現実だと思い知らされるだけ。
 ――――全ては、夢だった。
 そう思うしかなかった。
 異世界で過ごした記憶があたしの頭にしかなくって、それはリアルな夢だったと片付けるべきだということは、わかっていた。
 家庭の問題から逃げたくって、異世界に行き過ごした時間を現実だと思い込みたいだけ。
 あたしの得意技、現実逃避。
 そうだと頭ではわかっていたのに、心は現実だと思いたがっていた。
 頭と心が一致しないまま、あたしは居候暮らしを送った。
 心休まるスペースなんてなくて、隅っこで膝を抱えて踞ることがほとんどだった。
 何度も何度もレオが迎えに来る想像をしてしまうから、本やDVDを観て気をまぎらわせていた。
 泣かずに過ごしてきたけれど、夢から覚めた半年後。
 あたしは泣いた。
 ノヴァの命の期限だ。
 呪いがノヴァの命を蝕み、奪う時間だ。
 いとこの家は誰もいなかった。けれども、あたしは玄関に座り込んで泣いた。
 ノヴァを救えなかったんだ。
 約束したのに、ノヴァを救えなかった。
 ノヴァが、死んだ。死んで、しまった。約束したのに。救うって約束したのに、ノヴァ。ごめんなさい。ノヴァ。ごめんなさい。ごめんなさい。
 声を圧し殺して泣いた。
 心の中で、ノヴァに謝りながら、泣いた。
 そんなあたしを見ていたのは、いとこが飼っている小型犬。整えられた毛並みのシーズ。
 おすわりして、丸い瞳で見つめてきた。見守るかのような眼差しが優しくて、あたしは余計に泣いてしまう。
 泣いて、泣いて、泣いて。
 あたしは最後に、夢だと自分に言い聞かせた。
 夢だから大丈夫。夢だから、悲しむことも、悔やむことも必要ないと言い聞かせた。
 それでも心は割りきれず、ノヴァを思い出す度に泣いてしまっていた。

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