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ショートショート「2021」

2020年
新たな生活様式が取り入れられ、個別の予定管理にストレスを抱える人々の嘆きが聞こえるようになった頃、脳内に働きかけるアプリ開発の噂がたった。
スケジュールを打ち込めば秒単位で正確な時間に個人の脳に刺激を与え身体を動かしてくれるらしいのだ。こうなるとスケジュールを打ち込む当人のセンスが問われる。
「言い訳ができなくなるね」
目下の心配事はその程度。スケジュール管理のストレスから逃れたい人たちは新しいアプリを試そうかという流れが大きくなってきている。

いつもおとなしいFさんが声を荒げた。「15歳から働きだしてもう7年もこうしてきたんだからそう簡単に変われないですよ!流れで出勤して習慣で飲みに行く。成長期は過ぎたからそんなに腹は減ってないけど人が美味しいものを食べているのを見るのはシャクだから奢ってもらう。若いのに痛風になったのはもちろん他人のせいですよ。コーヒーも自分で淹れるほど好きじゃないけど自分の分が無いといじける。常に胃もたれで朝食なんて食べたくもないけど出されなければ『朝から何も食べて無くて頭が回らない』とかなんとか言って職場でも何か貰ったり、身内に恥をかかせる、常に家族にキレる!当たり散らす、それがボクなんですよ!!!」
ミーティングでは日和見的な挙手をするだけでほとんど声を聞いたこともなかったFさんの思わぬ胸の内を聞いて唖然としつつも、妙に納得する人たち。思い当たる節がある人もいたが、共感とは程遠かった。
思いがけない人の告白により、古い時代への未練は吹き飛び、新たな生活様式へ進む決意を固めるのだった。

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