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   「トライアングル」その2

連載ファンタジー小説     
       わたしはだれ?    
         

       

         第四章 準備

三人が白フクロウ屋敷に着くと、ばぁばがサラダッテに出す手紙を書き終えたところだった。

「トンデンじいさん、無理いってすまないねえ」

「なーに、いいってことよ。おれも・・」

トンデンじいさんが話し終わらないうちから、カンタンが口をはさんできた。

「サスーラばあさん、おれ、頼みがあるんだ。なあ、今度の旅に、おれも一緒に連れて行ってくれないか?」

「おまえは、かってに口をだすな。サスーラ、こんなやつのいうことなんて、きくことないぞ」

「おれは、じいさんにきいてるんじゃあないぞ」

ばぁばは、思いもよらない申し出に最初はとまどったけれども、すぐに

「いいよ、カンタンもいっしょに行っておくれ。私もサラダッテも、まだまだ丈夫なつもりでも若い頃のようにきびきびとは動けないからね。カンタンがいれば助かるよ」

といった。実のところばぁばはカンタンを見て、今度の旅ではどんなことがおこるかわからないので、こんな用心棒も必要だと判断したのだ。

「ちぇ、しょうがねえなあ。おい、おまえはおなさけで連れて行ってもらえるんだからな」

「わかってるって。で、いつ出発するんだ?明日か?それともあさってか?」

 カンタンは今すぐにでも出かけるような口ぶりだったが、ばぁばは首を横にふった。

「雲の波号をまた飛べるように整備して、積みこむ物を準備するだけでも最低でも六日はかかるよ。さあさ、これから忙しくなるからね、みんながんばっておくれよ」

それからは、やることが山ほどあった。
トンデンじいさんとカンタンは、十年以上もガレージにしまったままになっていた雲の波号をすみからすみまで点検して、使えなくなった部品を交換したり、機械に油をさすなどの整備をしていた。

ばぁばとダフネは、長い旅に必要な食料や水、そのほかにも必要な物のリストを作って一つ一つそろえていった。
そうしているうちに、サラダッテに手紙を書いてから一週間がすぎようとしていた。

白フクロウ屋敷のロビーには、飛行船に積みこむ荷物が山積になっており、雲の波号の方は整備が終わっていた。もういつでも出発できるというのに、サラダッテからの返事がこない。

「おかしいねえ、速達で出したから、もう返事がきてもいいころだよ」
ばぁばが、一休みしているトンデンじいさんとカンタンのカップにお茶を注ぎながらいった。

「サスーラばあさん、本当に手紙を出したのか?もしかして出し忘れてるんじゃないのか?」

カンタンは、ケーキの大きなかたまりを口一杯にほおばっている。

「失礼な。いくら七十になったからっといって、私はまだそんなにぼけていないよ。それに、そのばあさんっていうのはよしておくれ。ばあさんなんて呼ばれると、気持ちが落ち込んでくるからね、これから私に話しかけるときは、サスーラだけでけっこう」

カンタンは、肩をすくめた。

「けどなあ、手紙を出したのなら、どうして返事がこないんだ?もうひとりの、ほら名前はなんていったっけ?」

「サラダッテ」

ダフネが答えた。

「そう、そのサラダッテになにかあったんじゃないのか?」

カンタンのことばに、その場にいた三人が不安になり始めたその時

「車の音がする」

とダフネが叫び、それから五分もしないうちに、ばぁばたちの耳にもブッブーとクラクションを鳴らしながら走ってくる車の音がきえてきた。

「こっちにくるわ」

「あの車、そうとうガタがきてるぜ。ひでえ音だ」

ダフネとカンタンが窓から見ていると、門の前にギギギーッバタンとものすごい音をたてて小さな青い車が止まり、その中から誰かが叫んだ。

「サスーラ、来たわよ」
 
その声をきいて、ばぁばが外に飛び出していった。

「サラダッテ」

「まあまあ、サスーラ元気にしてた?すぐにでもあなたに抱きつきたいのだけれど、一人でここから出られないの。だれか私を引っ張ってくれないかしら」

カンタンに両手を引っ張られ、サラダッテはようやく車から出ることができた。頭の上で小さな髷を結ったサラダッテの髪は、短くカットしたばあばと同じようにまっ白だったが、体は細いばぁばとは正反対の、どこをさわってもやわらかなまんまるマシュマロのようだった。

「ああようやく出れた。まあま、みなさんこんにちは。あらっ、あなたダフネ?ダフネね。まあ大きくなって。私サラダッテよ、覚えてる?覚えてないかもしれないわねえ、なにせ最後に会ったのは・・・」

サラダッテの話は、止めなければずっとつづきそうな勢いだ。

「サラダッテ、その話はあとにしておくれ。それより、どうしてすぐに返事をくれなかったんだい?」

ばぁばが、サラダッテをにらんだ。

「あらあら、ごめんなさい。返事を書くより、直接来たほうが早いと思って、とりあえず必要な物だけ車に積んで、すぐに出発したのよ。でもねえ、ほらこの車オンボロでしょ?何度もエンストして、ようやく直ったと思うとまたすぐにエンスト、なんてことしていたからこんなに遅くなっちゃったのよ。そうそう、車の話よりも、まずこれを見せなくっちゃあね」

サラダッテが、車から目もさめるような青い花が咲いた鉢植えを取り出した。

「ブルーフェアリー」

ダフネがつぶいた。

「ダフネは、この花を見たことがないでしょ?それなのに、これがブルーフェアリーだなんてよくわかったわね」

サラダッテにこういわれたが、ダフネ自身も、どうしてその花の名がでたのか自分でもわからなかった。

「さぁみなさん、これがたった一輪だけ咲いたブルーフェアリーよ。どう、きれいな花でしょ?」

サラダッテが鉢を持ち上げると、花びらから甘い香りがこぼれおちてきた。ダフネはこの香りをかいだとたん、せつなくて、それでいてなつかしいような不思議な気持ちがこみあげてきたのだった。
そんなダフネの足元に、白フクロウ屋敷に十年以上住みついている猫のミラクルがすりよってきて、ブルフェアリーの花にむかってニャアニャアと鳴き始めた。

「あらまあ、なんてよぼよぼのネコちゃんだこと。ねえダフネ、このこはなんていう名前なの?」

「ミラクルっていうの。このこ、いつも寝てばかりで、めったに外に出てこないのよ」

「あらあら、じゃあ、わざわざ私にあいさつに来てくれたのかしら?よろしくねミラクル」

サラダッテがミラクルをなでていると、そのうしろでトンデンじいさんが、ゴホンゴホンとわざとらしく咳をした。

「おい、猫より先にあいさつする人がいるんじゃないか?」

「おやまあトンデンじいさんじゃありませんか。あんまり小さかったので見えなかったわ」

たしかにトンデンじいさんの背は、サラダッテの肩ぐらいしかなかった。

「ふん、おまえさんこそ。またいちだんと大きくなったんじゃないか?」

「ほほほ、大きくなるなんて、まだまだ若い証拠よ。それよりとなりにいる人はだれなの?」

陽気なサラダッテには、トンデンじいさんの皮肉もつうじない。

「おれはじいさんの甥っ子のカンタンっていうんだ。今度の旅は、おれも行くからさ」

「そう、よろしくカンタン」

「さてとサラダッテも来たことだし、今晩からさっそく旅の日程を組むよ」



           第五章  出発

その夜、ばぁばとサラダッテとトンデンじいさんの三人は、どうやってフラリアに入国するかを話し合った。けれども、いい案は一つも出てこない。

「なあサスーラ、フラリアが今どうなっているのか何もわからないんだろ?だったら、ああだこうだって考えるより、とにかく行ってみるしかないんじゃないか」

「それは無茶ですよ、私は、もう少し情報を集めたほうがいいと思うけど・・・」

「だけどなぁ、あの国に関しちゃあ、その情報がこれっぽちもないんだぜ。それなのにまだ情報を集めるなんてことをして時間をつぶしていたら、ますますばあさんになっちまうからな、サラダッテさんよ」
サラダッテはトンデンじいさんを無視して、ばぁばにきいた。

「サスーラはどう思ってるの?」

「あんたたちには黙っていたけれど、じつはね、ダフネをこの家に連れてきてからすぐにフラリアについての調べてみたのさ。あの子を拾った位置とあのときの風向きからして、もしかしたらと思ってね」

「で、なにかわかったの?」

ばぁばは肩をすくめた。

「なんにもわからなかったよ。あそこは、ほとんど鎖国状態の国だっただろ?だから謎が多すぎるんだよ。いろいろ手をつくしても、針の先ほどの情報も入ってこず、すぐにお手上げさ」

「じゃあどうするんだ。あきらめるのか?」

「もちろん行くよ。わたしは約束は守るからね。とにかく手がかりがないんだったら、気が進まないけれど、まずフラリアと砂漠をはさんだドラチ公国まで行ってみようじゃないか。あそこまで行けば、もう少しましな情報が手に入るかもしれないからね。それでいいかいサラダッテ」

「ドラチは嫌いだけど、そんなこといってられないわね。その方法でいきましょう」

サラダッテはうなずいた。

「よし、そうと決まったら、すぐに出発だな」

トンデンじいさんは、立ち上がった。

「あわてなさんな。まだ飛行船に荷物も積んでないじゃないか。これには明日いっぱいはかかるから、出発はあさってとして、とにかく今晩はこれで寝るとしようかね」

バタンとドアが閉まり、だれもいなくなった部屋の中で、ブルーフェアリーをじっと見つめるミラクルの目がギラリと光った。

翌朝。

「サラダッテたちと夕べ話したんだけどね、フラリアがどうなっているかは今の段階ではよくわらないから、まず近くまで行って、そこでまた次の策をねろうじゃないかってことにしたんだよ。わかったかい?」

ダフネとカンタンは、すぐにうなずいた。

「よし、じゃあ船に荷物をのせるよ」

ばぁばのことばを合図に、山になっている荷物をダフネとサラダッテ、そしてトンデンじいさんとカンタンが飛行船まで運び、ばぁばが次々と運ばれてくる荷物を、手際よくそれぞれを納めるべき場所にきちんと片づけていった。

二本マストの飛行船雲の波は、船底に機関室と燃料室、その上に操舵室と食堂がある。食堂の両壁にはベッド兼用のソファがあり、ここがダフネやサラダッテ、そしてばぁばが寝るところになった。トンデンじいさんとカンタンは、機関室に通じる道具部屋に吊ったハンモックがベッドがわりだ。

半日もすると山積みになっていた荷物も飛行船の中におさまったので、ばぁばとダフネは、白フクロウ屋敷の雨戸は閉めた。あとは玄関の錠をかけるだけだ。
ダフネが家の外に出ると、玄関のポーチの前にミラクルが両足をきちんとそろえて座っていた。

「あら、きのうの猫ちゃんね。よしよしこっちにおいで。ねえサスーラこのこ、ずいぶん年よりみたいだけど何歳になるの?」

サラダッテはミラクルを抱き上げた。

「赤ん坊のダフネを抱いてここに戻ってきた時、この猫は、まるで私らを待っていたかのように玄関の前に座っていたのさ。そのときでもいいかげん年とっていたから、今じゃあ化け猫のたぐいだよ。
さてさて、こんな年より猫を連れて行くわけにはいかないし、しかたがない、しばらくの間隣のブルックさんに事情をはなしてあずかってもらうしかないね」

ばぁばが困った顔をしてこういったとたん、ミラクルはサラダッテの腕から飛び降り、飛行船めざしてかけだした。

「ミラクル、ミラクル、どこに行くんだい?あの年より猫にこんな元気があったなんて驚いたよ」

「ねぇサスーラ、あのこ、一緒に行きたいんじゃないかしら。きのうだってフラリアの話をじっときいていたでしょ」
「そんなはずないよ。ほらダフネ、ミラクルをつかまえておくれ」

ダフネは、ミラクルのあとを追わなかった。

「ミラクルは私たちと離れたくないのよ。ねえばぁば、私、ちゃんと世話をするからミラクルも連れて行ってあげて」

ばぁばは、ますます困った顔をしている。

「連れて行ってやれよ。夜はおれのハンモックに入れてやるからさ」

「そうそう、年よりは年より同士仲良くできるから、なんの心配もないって。なっ、じいさん」

トンデンじいさんとカンタンがいうと、ばぁばは小さくため息をついた。

「おやおや、これじゃあ、とてもだめだなんていえないじゃないか。ああ、もうわかったよ、ミラクルも連れて行くから、みんな、あの猫につづいて船に乗っておくれ」

トンデンじいさん、カンタン、サラダッテ、ダフネ、そして最後にもう一度家の中を点検してから玄関の鍵をかけたばぁばが、飛行船雲の波号に乗り込んだ。
「もう積み残しはないね?サラダッテ、地図は積んだかい?」

「万事ぬかりはありませんよ」

「トンデンじいさん、カンタン。予備の部品はあるね?」
「ああ、なにがあっても大丈夫だぜ」

「よし、じゃあ出発だよ。カンタン、エンジン始動」

カンタンがクラッチを引くと、グワングゥワンと音をたてて、エンジンが動き始めた。
それと同時にサラダッテが上部甲板に昇り、舟の主翼を広げると、雲の波号は大きく揺らぎながら、ゆっくりと上昇し始めた。

「進路を南五十度に向けて全速前進」

トンデンじいさんが、エンジンレバーを一番手前まで引っ張ると、プロペラがいきおいよく回り始めた。
ンジンの音とともに、ダフネとカンタンにとっては初めての、そしてばぁば、サラダッテ、トンデンじいさんにとっては十二年ぶりの旅が始まったのだ。

             

             第六章 船の中で

飛行船は高度を上げ、風をいっぱいに受けた帆が、パタパタと心地よい音をたてながら雲の上を飛びつづけていた。
出航のあわだたしさがおさまると、ダフネは熱い紅茶がはいったマグカップを全員に配った。

「ここからフラリアまでは、めいっぱい急いでも六日はかかるね。舵は、わたしとサラダッテが交代でみるとして、トンデンじいさんとカンタンも、何があってもいいように夜はどちらかが起きていておくれ」

「わたしは、ばぁば?」

「ダフネとミラクルは、夜は非番だよ」

紅茶を飲み終えたサラダッテは

「さーて、もうすることもないし、私は夜にそなえて寝るとしますかね」

といって、すぐに壁に取り付けられていたソファを引き、ベットにしてから毛布の中にもぐりこんでいった。

「おれも寝るとするか」

トンデンじいさんの方は、工具室にハンモックをつるし、その中でみのむしのようにくるまるやいなやすぐにいびきをかきはじめた。

「おれは、ちょっと下でエンジンの調子をみてくるからな」

カンタンが機関室に行ってしまうと、一人になったダフネは、食堂の舷窓からずっと外を眺めていた。
雲が夕焼けで赤く染まるまで外を眺めているダフネの膝で、ミラクルも細めた目で外を見つめている。

この空の下にフラリアがあるはずだ。フラリアは、どんな国なんだろう?もしかしたら、私はばぁばたちを危険な所に行かせようとしているのかも。そう思うと、ダフネは恐ろしくなって、ぎゅっと体をちぢめた。
「ダフネ」

ばぁばがとつぜん声をかけてきたので、ダフネはびっくりして飛び上がった。

「どうしたんだい?そんな顔をして、舟が揺れてるから気持ち悪くなったのかい?」

ダフネは、ばぁばに今すぐ引き返えして家に帰ろうといおうとしたけれど、すぐに思いとどまった。

「ううん、そうじゃない、大丈夫よ。風で舟が揺れるのは平気なの。ただ窓の外を見ていたら、私のうーんと奥のほうがおかしくなったみたい」

「おまえは、小さな木の舟にのって空を飛んでいたから、きっとその時のことを思い出したんだよ」

ダフネは、ばぁばには何もいわず、また窓の外をながめた。

夕食が終わると、ばぁばに代わってサラダッテが飛行船の操縦を始めた。ダフネは非番となり毛布にくるまっていたけれども、なかなか眠ることができなかった。
何度も何度も寝返りをうったあと、ついに眠るのをあきらめ、そっと起きて操舵室に入っていくと、そこではサラダッテが小さな声でハミングしながら嬉しそうに舵をにぎっていた。

「おやダフネ、眠れないの?」

「、そうなの」
「ダフネにとっては初めての旅だものねえ。ましてやその行き先がフラリアじゃあ、眠れっていうほうがむりかもしれないわ」

ダフネは、ふぅーと長いためいきをついた。

「ねえサラダッテ。サラダッテは前にフラリアに行ったことがあるでしょ?フ
ラリアってどんな国だった?」

サラダッテは、眠気覚ましにいれたコーヒーをごくりとのみほした。

「私がフラリアに行ったのは、もうずっと昔、そうざっと三十年は前のことよ。でも、あの美しい国のことは、今でもしっかりと覚えているわ。
あの国にはね、いつも風が吹いていたの。それもとってもやさしい風がね」

「やさしい風?」

「そう、歌っているような風。フラリアの人たちには、この風の声がきこえるってはなしなのよ。
風が種をまくとき、雨が降るとき、麦を刈るときを教えてくれるってね。だからフラリアの国では、いろんな植物がおどろくほど立派に育っていたの。麦も野菜も木の実もたくさんとれるから、フラリアの国はとても豊かだったわ」

開け放した扉のむこうから、ブルーフェアリーの甘い香りがふわっと漂ってきた。
サラダッテはこの香りをふぅーと深く吸い込み、また話を続けた。

「ブルーフェアリー、育てることが難しいこの花があの国で咲くのも、フラリアの人たちが、どう扱っていいのか風にきいていたのかもしれないわ。ねえダフネ、私のところで気難しいブルーフェアリーが咲いたのには、なにか意味があるのよね?」

「ニャア」

いつの間に現れたのかミラクルが鳴いた。

「おやまあ、ネコちゃんもそう思うの?そうね、これをふくめてなにもかもフラリアに行けばわかるわ。だからダフネも安心してもう寝るの。非番のあなたが起きているところを見つけたらサスーラが怒こるわよ」

サラダッテにせきたてられ、ダフネはもう一度ベットにはいった。今夜はもう眠れそうにないと思ったダフネだったけれども、サラダッテと話をしたことで気持ちがおちつき、いつのまにかぐっすりと眠ってしまった。


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